佐藤 賢治(さとう けんじ、1988年8月26日 - )は、東京都大田区出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)。現役時代の愛称は「サトケン」。に横浜高校に入学。当初は投手であったが後に外野手に転向した。甲子園に2度出場している(2006年春と同年夏。前者は優勝、後者は一回戦敗退)。同校の2学年上に涌井秀章と石川雄洋が、同学年に福田永将、下水流昂、西嶋一記が、1学年下に高濱卓也が、2学年下に土屋健二と倉本寿彦が所属していた。このうち土屋とは後に日本ハムでチームメイトとなった。2006年のプロ野球ドラフト会議(高校生の部)で、強肩と左右に打ち分ける打撃を評価した千葉ロッテマリーンズに2巡目で指名され、入団する。には、イースタン・リーグ公式戦75試合に起用。打率は.196だった。からは、二軍のレギュラーに定着。同年には、イースタン・リーグ公式戦で、打率.220という成績を残した。しかし、在籍中には、一軍公式戦への出場機会がなかった。5月7日に北海道日本ハムファイターズへ移籍した。同球団で当時外野手が不足していたことによる無償トレードだったため、移籍直後の同月27日には、対中日ドラゴンズ戦(石川県立野球場)で一軍デビュー。金剛弘樹から代打で適時打を放ったことによって、一軍初打席・初安打・初打点を記録した。また、6月2日の対広島東洋カープ戦(札幌ドーム)に「7番・右翼手」として一軍公式戦初の先発出場を果たすなど、一軍で9試合に出場した。には、一軍公式戦8試合の出場で、7打数1安打(打率.143)を記録した。には、移籍後初めて、一軍公式戦への出場機会がなかった。シーズン終了後には、一軍監督の栗山英樹から「来年()ダメならユニホームを脱がす」と通告されるとともに、三塁手としても起用することを明かされた。には、春季キャンプで三塁の守備に挑戦。開幕を二軍で迎えたが、イースタン・リーグ公式戦では、5月30日までに42試合の出場で打率.309、3本塁打という好成績を残した。翌31日に自身2年振りの出場選手登録を果たすと、6月2日の対横浜DeNAベイスターズ戦(旭川スタルヒン球場)で一軍初本塁打。スタメンに起用された9月10日の対オリックスバファローズ戦(札幌ドーム)では、4打席4安打で一軍初の猛打賞を達成するとともに、チームの勝利によってヒーローインタビューを初めて経験した。ちなみに、実戦で三塁を守ったのは、この年のイースタン・リーグ公式戦2試合だけであった。には、一軍公式戦で自己最多の44試合に出場。4月13日の対埼玉西武ライオンズ戦では、本拠地・札幌ドームでの一軍初本塁打を放った。シーズン通算では、一軍で自己最多の3本塁打・12得点を記録したが、打率は.196にとどまった。なお、この年には、2歳年上の一般女性と結婚している。には、春季キャンプ中の2月13日に、前述の結婚と第1子(長女)の誕生を発表。しかし、シーズン開幕後は一軍公式戦16試合に出場しただけで、10月2日に球団から戦力外通告を受けた。2015年11月10日にシートバッティング形式の12球団合同トライアウト(草薙球場)に参加したが、7人の投手に対して、6打数無安打1四球という結果に終わった。さらに、NPBを含むプロ野球他球団への移籍に至らなかったことから、現役を引退。引退後は、一般企業に就職している。
出典:wikipedia
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