たらちねは江戸落語の演目の一つである。漢字表記は『垂乳女』。上方落語で『延陽伯』(えんようはく)という題で演じられているものを東京に移植した。ストーリーは、大家の紹介で妻をもらった八五郎だが、彼女の言葉づかいがあまりにも丁寧なために起きる騒動を描く。前座噺としても寄席で頻繁に演じられる。ある長屋に住む独り者の八五郎。大家さんに呼ばれ、「店賃の催促かい?」と勘ぐりながら戦々恐々伺ってみれば、何と縁談話。相手の娘の『年は二十』で『器量良し』、おまけに『夏冬のもの(季節の衣類・生活道具)いっさい持参』という大盤振る舞い。独り者には願ってもない縁談、しかし話がうますぎる。不審に思った八五郎、大家さんに問いただしてみると、やはりこのお嬢さん『瑕』(きず)があった。厳格な漢学者の父親に育てられたせいで『言葉が改まりすぎて、つまり馬鹿丁寧になってしまい、言うことが何が何だかわからなくなった』。かく言う大家も、先だって彼女に道で出会った途端『今朝は土風激しゅうして、小砂眼入(がんにゅう)し歩行為り難し』とあいさつされ、仰天したらしい。とっさに意味もわからず困った大家、そばの道具屋の店先に箪笥と屏風があったので『いやはや、スタンブビョーでございます』と答えて煙に巻いたという(タンスとビョーブをひっくり返して並べた。無論、意味はない)。大笑いした八五郎、「そんなもの、言葉のぞんざいな俺の所にいればすぐに直る」と喜んで、嫁にもらうことにした。気の早い話で、その日のうちに祝言をすることになり、早速床屋と銭湯に行って身綺麗にしてきた八五郎。七輪を取り出し、火をおこしながら夫婦生活に思いをめぐらせた。差し向かいで飯を食う様子を妄想したり、果ては気の早い夫婦喧嘩の一人芝居をする始末、世話を焼いてくれる隣のおかみさんをあきれさせる。その内、表が何だか騒がしくなってくる。チャラコロチャラコロ……大家さんが雪駄、お嬢さんが駒下駄でも履いて来たのかと、大喜びで飛び出すとそこにいたのは何と下駄と雪駄を片っ方ずつはいた乞食。ぬか喜びをさせられた八五郎が一人で大騒ぎをしていると、そこへ今度こそ本物のお嬢さんがやってきた。話に偽りなく美人のお嬢さんに、八五郎は大喜び。さて、大家さんが帰ってしまい、二人きりになった所で八五郎がご挨拶。すると、お嫁さんの返事はとんでもないものだった。「賤妾浅短にあって是れ学ばざれば勤たらんと欲す」「なになに、『金太郎を干す』だって?」わけがわからない。動揺しながらも名前を聞くと……「自らことの姓名は、父は元京の産にして、姓は安藤、名は慶三、字を五光。母は千代女(ちよじょ)と申せしが、わが母三十三歳の折、ある夜丹頂の鶴を夢見て妾(わらわ)を孕めるが故、垂乳根の胎内を出でしときは鶴女(つるじょ)。鶴女と申せしが、それは幼名、成長の後これを改め、清女(きよじょ)と申し侍るなり」単に名前を聞いただけなのに、両親の出自から自らの誕生秘話、幼名と改名に至るまで、全部漢文調でよどみなく並べ立ててのけたから大変である。八五郎はますますわけがわからなくなってきた。あ然としつつも紙に書いてもらい、早速読んでみた八五郎。しかし、途中から読経の節になってしまい、最後には「チーン、親戚の方からどうぞご焼香を」。翌朝、お清、夫より早く起き出して朝食を用意し始める。ところが、米がどこにあるかわからないので、寝ている八五郎のところへ尋ねに来た。「アァラ、わが君! アァラ、わが君!」。八五郎もびっくり、「その『わが君』ってのは俺のことかい? そのうち『我が君のハチ公』だなんて変なあだ名がつくからやめてくんねえ」と苦情を言い、何事かと聞くと「シラゲの在り処、いずくんぞや?」。やっとそれが米のことだとわかり、米びつの場所一つを教えるのに汗だくになった八五郎はまた寝てしまう。お清は料理を再開するが、今度は味噌汁の具がなくて困った。悩んでいるとそこへ八百屋が行商にやってくる。「これこれ、門前に市をなす商人、一文字草を朝げのため買い求めるゆえ、門の敷居に控えておれ」芝居がかった言葉につい釣られ、八百屋も思わず「はぁはぁー!」と平伏してしまう。そんなこんなでご飯になった。八五郎を起こす。「アァラわが君。日も東天に出御(しゅつぎょ)ましまさば、うがい手水に身を清め、神前仏前へ燈灯(みあかし)を備え、御飯も冷飯に相なり候へば、早く召し上がって然るべう存じたてまつる、恐惶謹言」今度は八五郎が釣られて「飯を食うのが『恐惶謹言』、酒なら『依って(=酔って)件の如し』か?」要は、『今朝は風が強く、目に砂が入って歩きにくい』と言っているだけ。つまり、この文の意味は『ふつつかで無学ではありますが、(せめて)勤勉にお仕え申し上げたく存じます』ということになる。ただ単に、『清女(またはお清)』と言えば済む話だったのだが、馬鹿丁寧すぎるためにこうなってしまった。長々しいこと、渡世人が仁義を切る時の口上並みである。なお、上方で主に口演される『延陽伯』では、この嫁の現在の名前が延陽伯となっている。また、京都の公家の出自という設定になっていることが多い。名称は「縁良う掃く」(縁側(ないしは縁談)を良く掃き掃除する)のもじりである。ヒトモジグサ。要は『長ネギ』。『シラゲ』と会わせ、女房言葉に由来する。八五郎が花嫁の来るのを待ちながら、七輪で火をおこすシーン。夫婦生活を想像しつつ、つい大声で歌うのが以下の歌だ。♪サークサクーのポーリポリのチンチロリン、ザークザクのバーリバリのガーシャガシャ八五郎いわく、意味は『おかみさんの茶碗は七宝で箸は象牙。食事が始まると茶漬けが出て来てさ、おかみさんはそれを上品にサークサク、沢庵を箸で摘んでポーリポリ。箸が茶碗に当たってチンチロリン。俺の方はでかい茶碗で茶漬けをザークザーク、沢庵だってでかい奴をバーリバリ。箸が茶碗に当たってガーシャガシャ』となる。上方落語では、この噺の後日談として『つる女』という噺が存在する。嫁に来てからもなかなか丁寧言葉が直らない奥さんが、大家の夫婦喧嘩の仲裁に入り、「御内儀には白髪秋風になびかせたまう御身にて、嫉妬に狂乱したまうは、省みて恥ずかしゅうは思し召されずや。早々にお静まりあってしかるべく存じたてまつる」と仲裁。大家夫妻は煙に巻かれ、喧嘩をやめてしまった。
出典:wikipedia
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