マリノスタウン(Marinos Town)は、横浜市西区のみなとみらい地区(61街区)にかつて存在したサッカー練習場を中心としたスポーツ施設。横浜F・マリノスMM21トレーニングセンターとも呼称される。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟する横浜F・マリノスの本社および練習施設として知られていた。また、後述のようにアトラシアンの日本オフィスも当施設内に入居していた。それまで横浜F・マリノスの練習場ならびにクラブハウス(戸塚トレーニングセンター:横浜市戸塚区品濃町)、ホームスタジアム(日産スタジアム/補助競技場・ 日産フィールド小机:横浜市港北区小机町)、本社事務所、下部組織の練習場(横浜市神奈川区新子安)は横浜市内に点在していた。2004年11月29日、クラブハウス・事務所機能が集中することによる運営面での機能の向上と、トップチームから下部組織を施設の整った練習場にまとめることによるチームレベルの総合的向上、また、クラブ、サポーター利便性の向上、地元横浜市との地域密着などを図るため、横浜F・マリノス独自の都市部型サッカータウンの建設計画が発表された。2007年1月27日にグランドオープン(一部施設は2006年6月27日にオープン)し、クラブの全機能は当施設内に移転された。これに伴い、戸塚トレーニングセンターは、2007年2月より横浜FCが使用している。なお、クラブハウス内の選手食堂は、衛生面の問題で一時は設置が見送られていたが、2007年7月23日より稼働した()。また、隣接地(60街区)の多目的球技場「横浜みなとみらいスポーツパーク」は、。2006年12月と2011年12月にはFIFAクラブワールドカップで来日したFCバルセロナが、2007年12月には同大会で来日したACミランが練習場として使用した。なお、クラブハウスの設計には、岡田武史元監督の意見が取り入れられ、FCバルセロナのクラブハウスも参考にしている。2014年1月、アトラシアンの日本オフィスが当施設内のイタリアンレストランなどがあった場所に移転した。しかし2015年10月には、後述のように当施設が閉鎖することに伴って同オフィスも馬車道地区へ再移転している。クラブハウス等の移転や当施設の閉鎖に先立ち、2015年12月6日には当施設の一般開放・ファン感謝イベント「NISSAN presents ありがとうマリノスタウン OPEN DAY」が開催された。そして2016年1月、借地契約期間の延長などは行われずに当施設は当初の予定通り閉鎖となった(詳細は後述)。当施設は恒久施設ではなく土地貸し出しによる暫定利用施設のため、施設オープンから10年後を目処(借地契約期限は2016年5月まで)に横浜市に土地を返還する可能性があった(ただし、近年ではみなとみらい地区における暫定施設の契約期限が延長される傾向にある)が、契約の延長などはされずに2016年3月頃までにF・マリノスのチーム機能や下部組織を含めて新横浜地区などに完全移転し、当施設を閉鎖することが発表された(閉鎖についての詳細は後述)。横浜市では隣接する横浜みなとみらいスポーツパーク(60街区)の敷地と共に、返却後の60・61街区では大規模集客(観光・エンターテインメント)施設を整備する方針である。 設立・運営に関しては、まずF・マリノスを運営する株式会社横浜マリノスの親会社である日産自動車が横浜市から土地を10年間3億円で借用し、日産が施設を整備した上で、F・マリノスに年間1億円の賃料で貸し出す形式を取っている。しかし、Jリーグクラブライセンス制度で経営の面においての審査が厳正に行われるようになり、クラブの財政的な問題などから当施設の閉鎖が決まった。そのため、トップチームおよびユースチームの練習拠点とクラブハウス機能をマリノスの主本拠地である横浜国際総合競技場(日産スタジアム)やしんよこフットボールパークなどがある新横浜公園周辺に、それ以外の育成型アカデミー組織については横浜市内のほかの会場へそれぞれ移転することとなり、これらの移転計画が順調に進んだことから当施設は2016年1月に閉鎖(翌2月には建物も解体)された。
出典:wikipedia
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