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オサイチジョージ

オサイチジョージとは日本の競走馬である。第31回宝塚記念に優勝した。主戦騎手は丸山勝秀。※馬齢は、旧表記(数え年)で統一する。1988年8月、阪神競馬場でデビュー。2戦2着が続いたが、連闘で出走した3戦目の新馬戦で初勝利を挙げた。この後脚部不安を発症し、長期休養を余儀なくされ、春のクラシックを断念した。翌1989年の4月になってようやく復帰にこぎつけると、自己条件特別、オープン特別の葵ステークスと連勝。重賞初挑戦となったニュージーランドトロフィー4歳ステークスでは1番人気に推されたが、道中不利を被り、3着に終わった。しかし、続く中日スポーツ賞4歳ステークスでは、先行抜け出しで勝利した。この後、夏は休養にあて秋に備えた。秋初戦は神戸新聞杯だった。単枠指定の抜けた1番人気に支持され、バンブービギンに3馬身半差をつけて勝利した。京都新聞杯ではバンブービギンに1馬身4分の1差し切られ、2着に敗れた。そして菊花賞では、主戦の丸山が騎乗停止処分を受けていたため、鞍上には西浦勝一を迎えることとなった。人気は3番人気だったが、4コーナーではすでに一杯となり、バンブービギンの12着と大敗した。5歳の初戦は、京都の金杯だった。ここは2000メートルの適距離であり、1番人気に応え勝利すると、続く中京記念も58.5キロのトップハンデながらアタマ差で連勝を飾った。次走の産経大阪杯では、スーパークリークの2着に敗れ、この後は予定通り天皇賞(春)を回避し、安田記念に向かった。丸山は、オグリキャップの後方につけ、これをマークするという作戦を取ったが、オグリキャップの伸び脚についていけず3着に入るまでがやっとであった。迎えた宝塚記念では、人気はオグリキャップ、イナリワンに次ぐ3番人気だった。陣営は安田記念の反省から、オグリキャップの前で競馬をするという作戦を立てた。レースは2番手を追走し、4コーナーで先頭に立ち、そのまま押し切るという作戦通りの勝利だった。オグリキャップは伸びを欠き、3馬身半差の2着となった。同世代(1986年生まれ)の競走馬における唯一の古馬混合のGI制覇でもあった。秋以降のオサイチジョージは不振となり、適距離である毎日王冠、天皇賞(秋)は共に直線で伸びを欠き4着、続くジャパンカップは13着という大敗だった。有馬記念ではオグリキャップの4着に逃げ粘ったものの、6歳時は惨敗を続け、有馬記念でダイユウサクの8着となったのを最後に引退、種牡馬入りした。引退後は、新冠町の泉しゅう牧場で、1992年から種牡馬として供用された。30万円という安価な種付け料も手伝って、初年度、2年目こそ70頭近い種付け頭数が集まったものの、それ以降は激減。産駒成績も初年度産駒からテツノジョージを出してファーストシーズンサイアーランキングで3位に付けたもののその後は振るわず、1999年9月に用途変更となり、以後行方不明となっている。なお、同じ馬主の所有馬で帝王賞勝ち馬のオサイチブレベストも同じ末路をたどっている。産駒の中にヤマノシルエットという牝馬がいるが、所属していた中津競馬場の廃止の折に引き取り先が見つからなかったのか、屠殺という末路を辿っている。

出典:wikipedia

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