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シャノン・ブリッグス

シャノン・ブリッグス(Shannon Briggs、男性、1971年12月4日 - )は、アメリカ合衆国のプロボクサー。ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン出身。元WBO世界ヘビー級王者。ヘビー級の中でも大柄な身体を持ち、破壊力のある右ストレートを武器に相手をノックアウトする。一発で流れを変えるそのパンチ力から「"The Cannon"(大砲)」の異名を持っている。ここ最近はウラジミール・クリチコとデビッド・ヘイの練習場や記者会見場等にしつこく何度も現れ、挑発や挑戦状を叩きつけるなどのストーキング行為が目立っている。1971年にニューヨーク州ブルックリンで生まれ、幼少期はホームレスだった。17歳でボクシングを始めた。アマチュアボクシングで頭角を現し、1991年のパンアメリカン競技大会ではヘビー級で2位となる。さらに、1992年にはアマチュアの全米王者となった。1992年7月24日に20歳でプロデビュー。プロ転向後も強さを見せ、デビュー後数年間で30戦29勝1敗24KOという戦績を積み重ね、1997年11月22日にノンタイトル戦ではあるが、ジョージ・フォアマンと対戦し、2-0判定で勝利を収めた。既にキャリアの終わりだったとはいえ、フォアマンに勝ったことで注目を集めた。1998年3月28日には初の世界タイトル戦としてWBC世界ヘビー級王者のレノックス・ルイスに挑戦する。しかし、この試合は5回TKOで敗れて王座奪取はならなかった。その後ノンタイトル戦を挟み、2003年7月19日に空位のIBU王座を獲得。2006年3月18日にはディッキー・ライアンを4回KOで倒し、NABO/NABA北米ヘビー級王座を獲得し、さらに同年5月24日にはUSBA全米ヘビー級王座も獲得した。そして2回目の世界タイトル戦として、2006年11月4日にはセルゲイ・リャコビッチ(ベラルーシ)に挑戦する。試合は12回にリャコビッチをリング外に叩き出し、劇的な12回2分59秒TKOで勝利。WBO世界ヘビー級王座を獲得した。この勝利は、2006年8月にオレグ・マスカエフがWBCヘビー級王座を獲得して以来、主要4団体のヘビー級王座を全て旧ソビエト連邦圏出身の王者が独占する、というボクシング大国アメリカにとって屈辱的ともいえる状況に終止符を打った。しかし、2007年6月2日、スルタン・イブラギモフ(ロシア)に0-3で判定負けを喫し王座陥落、再び主要4団体のヘビー級王座を全て旧ソビエト連邦圏出身の王者が独占することとなった。2009年12月3日、マーカス・マギーと対戦して1回KO勝利を収めるが、試合後のドーピング検査で陽性反応が検出され90日間の出場停止処分が科せられる。2010年10月16日、WBC世界ヘビー級王者ビタリ・クリチコに挑戦し、12回大差(105-120、107-120、107-120)判定負けで王座獲得ならず。ブリックスは顔面骨折、左眼窩骨折、鼻骨骨折、左上腕二頭筋の断裂、鼓膜破裂の重傷を負い、集中治療室へ運び込まれた。2014年4月11日、約4年ぶりの復帰戦を行う。その後、約2ヶ月間の間に4連勝を果たし、6月発表のWBAランキングで14位にランクイン、約4年ぶりの世界ランキング復帰となった。その後はウラジミール・クリチコに挑戦すべくクリチコを挑発し続けたが2015年3月27日、パナマシティでゾルタン・ペトランディーと対戦し初回1分52秒KO勝ちを収めたが試合後元WBA世界クルーザー級王者で同年中に2年間の出場停止処分が解除になるギレルモ・ジョーンズと舌戦になりあわや乱闘寸前だった。その後「クリチコとはやりたいが、ジョーンズの行動は本当に許せない。クリチコの前にジョーンズをぶっ潰す」と話しジョーンズに照準を定めた。2004年3月27日、さいたまスーパーアリーナで行われたK-1にも出場し、トム・エリクソンに1ラウンドKO勝利を収めている。2005年に制作されたリュック・ベッソンの映画、『トランスポーター2』には役者として出演した。

出典:wikipedia

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