嶋田 宗彦(しまだ むねひこ、1962年2月17日 - )は、和歌山県有田市出身の元プロ野球選手(捕手)。弟は元プロ野球選手の嶋田章弘。箕島高校時代は木村竹志(旧名:石井毅、元西武)とバッテリーを組み、の甲子園春夏連覇を達成。特に夏の選手権大会3回戦では星稜高校と延長18回の名勝負を繰り広げた。この試合で、延長12回表に1-2と勝ち越され12回裏二死無走者で嶋田に打席が回ってくる。嶋田は監督の尾藤公に「ホームランを打ってきます」と言って打席に立ち言葉通り同点本塁打を放つ。阪神コーチ時代に受けたインタビューでこの時を振り返り「勝ち越されて雰囲気が暗かったのでベンチのみんなにも聞こえるように言った」と答えている。高校通算20本塁打。卒業後は住友金属工業に入社し、都市対抗野球でも優勝を経験。のロサンゼルスオリンピック野球日本代表として選出され金メダルを獲得した。同年のドラフトで阪神タイガースに4位で指名され入団。また、弟の章弘はこの年のドラフトで阪神と広島に1位指名され、抽選の末に阪神に入団した。1985年の日本シリーズ第3戦(甲子園球場)、8回表から出場していた嶋田は、9回裏2死走者無しの場面で、箕島高校の先輩の西武東尾修から本塁打を放ち、日本シリーズ史上初となるルーキー初打席初本塁打(しかも初球)を記録した。木戸克彦と正捕手を争いには91試合に出場したものの正捕手の座を獲得することはできなかった。に現役を引退。以後ブルペン捕手を務めた。からはブルペンコーチ・バッテリーコーチ・スコアラーとさまざまな役職についた。からまで一軍のバッテリーコーチ、からまでは二軍バッテリーコーチを務めた。からはスコアラーを務める。
出典:wikipedia
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