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午後は○○おもいッきりテレビ

『午後は○○おもいッきりテレビ』(ごごはまるまる おもいっきりテレビ)とは、日本テレビ系列で1987年10月5日から2007年9月28日まで放送されていたテレビ番組で、通称「おもいッきりテレビ」、「おもいッきり」。生放送。ハイビジョン制作(地上デジタル放送のみ)。この番組は放送開始20周年を機に2007年10月1日から『おもいッきりイイ!!テレビ』にリニューアルされた。番組初期は、後に迎える黄金期とコンセプトが異なり、ニュースを中心としていた。一部地域を除き正午から15:45まで(JST)放送されたコンプレックスワイド番組で、従来の『お昼のワイドショー』、『2時のワイドショー』(読売テレビ製作)、『酒井広のうわさのスタジオ』を統合する形でスタートした。番組タイトルは、「それまで分断されていた枠を思い切って一つにまとめ、何かあった際も迅速に対応する」という意味で名づけられた。「午後は○○(まるまる)」というサブタイトルもその名残りだった。この編成はラジオのワイド番組を手本にしたと言われている。初代司会者に山本コウタロー(本名の山本厚太郎名義で)、アシスタント司会者に泰葉を迎えた。12時台は事件・事故・芸能情報が中心であった。しかし、視聴率が苦戦し1988年の3月で泰葉は降板。1988年4月からアシスタント司会には高橋佳代子が起用された。それでも視聴率は低迷状態のままだった。1年後、山本が参院選出馬によりそれまでコーナー進行として出演していたみのもんたが1989年4月から2代目司会者に起用されるとともに生活情報番組に切り替わった。番組内で情報やニュースを織り交ぜているが、ビデオリサーチ社ではバラエティ番組での扱いとされている。次第に視聴率が上昇し、その結果、同年8月には若年層をターゲットにした番組フジテレビ『森田一義アワー 笑っていいとも!』に次いで民放の同時間帯視聴率2位となった。そして1991年4月に平均10%を突破し、曜日によっては『いいとも!』を抜く様にもなり、年間平均視聴率でも視聴率で時間帯1位を取った事もある。番組末期には、中学生や高校生が修学旅行その他学習の一環で度々スタジオを見学する事があった。番組ロゴは開始当初から終了まで変わらなかった。が、OPロゴアニメーションに関しては、番組開始から2004年(定かではない)までは「午後は○○」と出てから「おもいッきり」→「テレビ」と出ていたが2005年頃から番組終了までは時間短縮等により「おもいッきり」が少し先に出てから多少動きがあった後「午後は○○」とでて最後に「テレビ」と出るようになった。(カラーリング: 但し、放送上の番組ロゴと番組ムック本のロゴでは多少色の濃淡が違う)2005年4月以降、みのもんたの健康不安説が一部で囁かれ司会者交代や番組自体の打ち切りが噂されていた。また、MBS『たかじんONE MAN』にゲスト出演したデーブ・スペクターが『NEWS ZERO』について語った際、「日本テレビは今ターゲット層を若者向けにしようとしているから『おもいッきり』はお荷物番組になりつつある」と述べた。2005年10月10日放送分から12時台の構成を若干変え、オープニングに「みのカメラが行く」という中継コーナーを設けた。スポンサーは「情報特急便」のみローカル(1998年10月から。かつてはネットスポンサーがあり、日本直販の1社のみ〈その後P&Gが加わる〉だった。)で、他は全国共通だった。2007年1月22日放送分からテロップなどのCGが新しくなり、番組開始から使われていた手書き風書体のテロップを完全に廃止した(但し、みのが出すフリップに書いている言葉などは番組終了まで手書きのものを引き続き使用していた。また番宣ゲストの場合CGが新しくなった後も白字に普通のテロップだった事があった)。と共に冒頭に「○月×日(△曜日)」という日付も表示された。また、ゲストコメンテーター陣も冒頭でみの・高橋と共に立って挨拶・オープニングコーナー・トークを行い、特集に入る前の提供に切り替わってから座るというパターンになっていた。日テレの2006年秋~2008年春の番組改革に従い、2007年秋改編、即ち9月28日で後枠の『ザ・ワイド』とともに終了。その次番組として10月1日から『おもいッきりイイ!!テレビ』(8月16日放送にて発表。仮題は「みのもんたの昼も頑張れ!!お祭りワイド」だった。)が放送開始され、ワイドショー番組に衣替えすると同時に放送時間を5分(11:55 - )早めた(2009年3月に終了)。司会者のみのは引き続き担当したが、アシスタント司会の高橋は降板した。9月28日の最終回は、12時台に20年間の総決算として、健康をテーマにしたクイズ(おもいッきりテレビ検定)を、13時台に過去の総集編VTRを放送した(視聴率は7.8%)。また番組途中にサプライズとしてみのとも交友がある和田アキ子からの生電話もあった。そして、最後にみのが高橋に花束を渡して終了した。また、初代司会者の山本や初代アシスタント司会者の泰葉は過去VTRには登場したものの、スタジオゲストやVTRコメントなどの出演はなかった(ちなみに、「情報特急便」の歴代キャスターだった久能靖・真山勇一もスタジオゲストやVTRコメントなどの出演は一切なし)。最後はみの・高橋および出演者・スタッフ全員が出演し、視聴者に別れを告げながら番組は終了。番組のホームドクターは医学博士の松原英多。特集で取り上げるテーマは健康や料理に関するものが中心だったが、時々「便利グッズ」や「お金を賢く貯める生活法」といったものも紹介していた。特に健康に関するテーマには、制作スタッフが日本で行われる学会のほとんどに出席し、その資料の中からテーマを選び、学会の了承を得た上で放送するなど慎重を期しているとされていた。番組の影響力は絶大で、番組内で紹介された食品が放送日当日から翌日にかけてのスーパーの売り上げを大きく上げる程だった。とはいえ、その影響力はみのの巧みな話術と出演している医学博士を利用した権威付けによるものが大きく、特集の内容そのものには週刊朝日などから『発掘!あるある大事典』と同様の疑問が投げかけられていた。また、度々食品や食材を紹介し、特定の栄養素を「健康成分」と称してその含有量と効果を謳っていたが、その栄養素は別の食品などで摂取してもよく効率の多寡はあるものの、わざわざ番組で紹介された食材そのものを摂取する必要はないことも多かった。人によっては食物アレルギーなどの個別の事情があるため、紹介されたものを摂取する事で逆に健康を損なう可能性があるものも存在していた。こうした情報を鵜呑みにする現象を「みのもんた症候群」と呼ぶ医療関係者もいる。こうした特定の食材の効果を断言する番組のスタイルは日本やアメリカのテレビ番組に散見される典型的なものであり、科学者などから「フードファディズム」という言葉でも呼ばれる。いずれにせよ、視聴者の個別の事情があるため、番組で紹介された事をすべて実行する事は現実的ではない。視聴者が自身の健康や生活の質を向上させるために、番組で紹介された事を実行するに当たっては、番組は教養や医療情報を提供する番組ではなく、あくまでも「このような情報がある」という視点を提供する番組である事を踏まえた上で実行する事が求められていた(メディア・リテラシー)。テーマ曲は宮川泰作曲による番組オリジナル。オープニング・エンディング曲の他にCM前後に入れる短い曲(ジングル、サウンドステッカー、アタックなどと呼ばれる)も調を変えるなどテーマ曲のアレンジであり、4時間時代も「2時のワイドショー」部分を除いて全編で流れていた。他に「ちょっと聞いてョ!おもいッきり生電話」「情報特急便」などのコーナーテーマ曲があった。また、2003年からはエンディング曲として『元気イキイキ!おもいッきり』という番組テーマソングも流れていた。1回の放送につき当初は6名(男女3名ずつ)、後に4名(男女2名ずつ)が出演。以下、順不同。2007年4月2日から始まった番組のオープニングコーナーだった。諏訪東京理科大学教授の篠原菊紀が監修し、健康インストラクターの松田明典又は太田翔を迎えて放送した(1か月毎に交代)。毎日レベルアップしている事が特徴だった。1週経つと脳トレ内容が変わり、またそれが毎日レベルアップしていく。と、これを毎週繰り返した。最終回には松田・太田が共に2人で出演した。2005年10月10日から始まった番組の冒頭コーナー。主に首都圏エリアのとある場所(主に商店街や町工場、職人、イベント会場など)からのカメラ中継で、リポーターはおらず、スタジオの声は中継先に届いているので取材先の人との絡みも可能だった。たまに首都圏以外の地域にも中継したが、こちらは系列局の技術協力があった。スタジオモニターの関係から、ハイビジョンではなく頭角4:3にアップコンバートした映像で放送された。2006年9月15日から2007年3月30日の間は、金曜日のみ13時台の「きょうは何の日」の後にもパート2という事で流れていた(3月30日は下記の事情によりなし)。1989年から始まった。主に19世紀末~20世紀(番組末期は21世紀〈2000年代〉も)の今日(つまり放送日)起こった事件・事故・話題・訃報を再現映像を交えて振り返っていき、後日談を含めて紹介していた。主に戦後を扱った場合、当日の読売新聞(朝刊・夕刊)の1面を紹介してからVTRに入る事が多かった。かつては「ごちそうさま」の後に放送されていたが、放送終了後は現在の12:53頃(2007年4月以降は12:58頃)に始まっていた。当初はスタジオでその日の起こった出来事を再現するという形式だった。かつてはCMを挟んだ2部構成だったが、下記コーナーの開始に合わせてCM抜きで一気にVTRを流す方法に変わった。また、2000年代後半では開始前のアイキャッチ時に当時の流行曲を流す事があった。ナレーション(松井良他)は基本的に「です・ます」調であるが、窪田等などが稀に事件・訃報などを扱う場合は「だ・である」調になる事があった。このコーナーは後番組の『おもいッきりイイ!!テレビ』でも継続放送され、『おもいッきりDON!』では同様の構成で「きょうはDONな日!?」として放送されていたが、半年後の2009年10月5日放送分より元の『きょうは何の日』に戻し、『DON!』終了まで継続した。1989年7月3日から開始された13時台の核ともいえるコーナーだった。当初のスタートBGMは『ドラえもん』の「ドラえもんのうた」の出だしの部分が使われていたが、1991年頃に宮川泰作曲のテーマ曲に変わった。13時20分丁度から概ね15分前後の時間に充てられた(この為、一部ネット局では放送されなかった)。事前に電話やFAXで募集されて選ばれた人(コーナー内で募集テロップを表示)が電話でみのやゲストに相談する。高橋は書記を担当し、相談者の年齢や家族構成、相談の内容などをホワイトボードに書き込む役割を担う。相談者は主婦が多く、男性相談者が登場する事は稀である。一番多い相談は嫁姑問題、続いてそれ以外の家族問題や浮気などの夫婦間問題、ご近所同士の揉め事といった事が続いていた。原則として相談者の名前は仮名でも付けておらず(これは最初の相談者が「匿名で」と発言した事からである)そのため番組では相談者の事を「奥さん」、「お嬢さん」、「あなた」と呼んでいた。相談者の住所も大まかな地域(関東・関西・東日本・西日本)ですら出さない(せいぜい「車で30分」といった抽象的なもの)。みのは余程特別な事情がない限り相談者に同情する事は少なく、余程大きな落ち度のある相談者に対しては本気で激怒するあるいは怒鳴ったり、時には電話を切ることもあった(つまり、相談にのらない)。これはみの自身も出演していたフジテレビ『愛する二人別れる二人』(後にやらせ問題が発覚したため打ち切り)、テレビ東京『愛の貧乏脱出大作戦』でもこのパターンが見られた。ゲストコメンテーターの中でも特に内海好江や崔洋一は相談者に厳しいコメントをする事が多かった。これには新聞の投書欄などで「厳しすぎる」「言いすぎだ」などの批判もあり、賛否両論になることすらあった。この時に芳村真理やアグネス・チャンなどが出演する際は、みのの厳しいコメント及びみのが本気で激怒する場面を、内海や崔と共演した際には2人の厳しいコメントを何とか中和させる事も多かった。但し、みの不在時の代理司会者はみのに比べてさほど本気で激怒あるいは厳しいコメントなどをすることはほとんど無かった。また、相談者が放送禁止用語を発言したこともあり、その時はコーナー終了後に高橋がお詫び・謝罪を行ったことがあった。但し、上記のように殆どが悩みの相談ではあるが、コーナーの方針自体は悩み相談に特化しているという訳ではない。コーナーの最後の募集要項にもある通り「話したくてウズウズしている事を電話する」のが趣旨である。その為、稀にではあるが「みのさんに今の自分がいかに幸せであるかを聞いてほしい」「みのさんとテレビで世間話をしたいからかけた」「優しい夫に恵まれている事への感謝」等の悩み相談とは全く無縁の話題も存在した。2007年4月2日以降は多少タイムテーブルが変わったため、13時24分頃から10分前後の時間に短縮され、金曜日の放送が廃止となり、代替コーナーとして「どう思います?お嬢さん」を放送していた。但し、地方での公開放送の時は原則として放送されなかった。番組末期の相談の締めは「人生は60歳から」(相談者が60歳の場合)や「お化粧して旦那を驚かしちゃいな」など、みのの言葉は半ばマンネリ化していた。当番組終了前日の2007年9月27日に終了し、翌28日の最終回で総集編が組まれた。リニューアル後の『おもいッきりイイ!!テレビ』では、火曜日に続編企画として、女性視聴者から寄せられたトラブルを元に構成したドラマが流され、その後みのらに相談するコーナー「火曜おんなの劇場 幸せになりたい」が放送されていた。2009年3月27日の『おもいッきりイイ!!テレビ』最終回でも、総集編が一部組まれていた。開始当初にとんねるずの冠番組『とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ系)で、木梨憲武がものまねで扮するみのりもんたの司会で「ちょっと聞いてョ!おもいッきりノリ電話」というタイトルでパロディされた事もあり、みの本人及びおもいッきりゲストが出演した事があった(但しゲストは4人ではなく3人)。また、栗田貫一もものまねでパロディを披露した。番組終了後、高橋がアデランスの女性用ウィッグのCMキャラクターに起用され、CMの中には高橋がホワイトボードに髪に悩む女性の相談内容を書き込むという場面が登場しており、このコーナーを思わせる演出がなされている。1989年4月から開始されたニュースコーナー。番組が開始されるまで13:55から5分間放送されていた『NNNニューススポット』( - 1993年4月2日)が形を変えて復活したものといえよう。最新情報がない限りは11:30の『NNNニュースD』(←『NNN昼のニュース』)の内容と映像がそのまま流用された。ただ、番組が録画放送・公開生放送だったり、重大事件などの場合は報道フロアから放送された。コーナー開始から2006年夏まではみのは一旦休憩のためスタジオを離れてCM明けの後半から登場していたが、同年7月頃からコーナーを通して登場し、気になったニュースについてはコメントをする様になった(これも現在のヒルナンデスでも行っているが、現在は最後の話題的な項目にコメントを行うスタイルをとっている)。詳しくは備考参照。リニューアル後の『おもいッきりイイ!!テレビ』では「NEWSエスプレッソ」として受け継がれた。キャスターに関しては「情報特急便」の晩年期を担当していた金子茂が10月より首相官邸担当記者に異動となったため、『NNNニュースD』の後番組『NNNストレイトニュース』の平日メインキャスターである丸岡いずみが担当した。『おもいッきりDON!』では「丸岡いずみのDONDON取材中」→「丸岡キャスターのNEWSエクスプレス」として丸岡が引き続き担当。『DON!』では「NEWSエクスプレス」として岸田雪子に受け継がれ(丸岡は夕方のニュース番組開始に伴う異動)放送。現在の『ヒルナンデス!』では当番組~DON!を含む45年間続いたこの時間帯における情報・報道路線から完全バラエティ路線へと方向転換した事によりニュースコーナー自体設けられていなかったが、2012年1月より定時ニュースコーナーが復活した。ただし、進行方式としては『DON!』までのような同じスタジオでは行わず、『情報ライブ ミヤネ屋』同様、スタジオとは別の報道フロアからニュースを伝え、ニュース終了後にスタジオ出演者とのクロストークを行う形を採っている。月曜日はスタジオからの生放送、火曜日以降はVTRでの放送だった。漫才コーナー。毎週1組のお笑い芸人を呼んで漫才を行った。視聴者の年齢層に受け入れられ易い芸人が出演していた。後に若者に受け入れられ易い芸人も出演するようになった。番組収録のスタジオが「S-3スタジオ」である事がコーナー名の由来だった。紹介VTRのナレーターは佐藤賢治。多数の家族を抱え、人情に密着するコーナー。ナレーターは屋良有作。2007年3月までは月曜日に放送されていた。全国各地の特産物を紹介するコーナー。ナレーターは大山尚雄、真地勇志他。新婚の夫婦に密着するコーナー。このコーナーのみ当初はVTRを一気に流す方法だったが、後にCMを挟んだ2部構成となった。ナレーターは林田尚親。路線バスに乗りながら人情探しをするコーナー。ナレーターは永井一郎。金曜日に放送されていたコーナーで、2007年3月まで前コーナーは『ちょっと聞いてョ!おもいッきり生電話』だった。同月最終週までは木曜日に放送された。「ごちそうさま」はほぼ全国完全ネットだったが、「昼下がりのカルチャー」は13時台後半の放送であったため、放送していない地域もあった。ただし系列外で「ごちそうさま」をネットしていた一部の局は「おしゃれ」時代と同様、「昼下がりのカルチャー」とセットでネットした。詳しくは「あなたの知らない世界」を参照。番組と連動してCM前後(アイキャッチ)に各地のお天気カメラからの生中継も行った。通常は日本テレビが設置している麹町→汐留本社、江の島、築地などから行っていた。以前は関東地方の行楽地(としまえん、マザー牧場など)にスタッフを派遣しての中継や全国のNNN系列局からの天カメ中継も行っていた(週1日ずつ実施。特に系列新局の開局日にはその局のカメラを使用)。2005年10月からは提供クレジット表示時に「みのカメラが行く」での中継先が時々映る様になった(2006年第1回目の放送では同コーナーにみの自ら出演した〈正月に手術したため入院した病院からの出演〉。また、地上デジタル放送では以前まで汐留・渋谷・羽田空港などに設置してあるハイビジョンのお天気カメラ映像がこの番組では副調整室の都合により4:3の標準画質にダウンコンバート(映像の両端をカット)されていたが、同年11月頃からは16:9のハイビジョン画質になっていた(「みのカメ」の中継は標準画質で実施)。出演者が地方に出向いて公開生放送を行う事もあった。特集ではご当地名物の食材から分かる健康効果などを紹介していた。これまでに以下の場所で行われた。ただし「情報特急便」のコーナーは日本テレビの報道フロアからの放送だった。みのは2005年3月以降朝の情報番組「みのもんたの朝ズバッ!」(TBS系)を担当する様になったため、同番組が海外ゴルフ中継やテニス中継で休止となる日を狙って実施されていた。本編をネットした局のみ明記、系列はネット終了時のもの。一時期内包されていた『ごちそうさま』と『2時のワイドショー』については、ごちそうさま (テレビ番組)#ネット局と2時のワイドショー#放送ネット局をそれぞれ参照。初代・8代目・最終回のセットを除いてセットチェンジ→先代のセットをマイナーチェンジとこれを繰り返してセットが変わっていった。特に料理に関する特集の場合、ゲスト席が食卓の様なテーブルになる場合があった。

出典:wikipedia

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