太田窪(だいたくぼ)は、埼玉県さいたま市南区及び緑区の町名。現行行政地名は太田窪一丁目から五丁目及び大字太田窪。二・四・五丁目及び大字が南区、一・三丁目が緑区に属する。埼玉県さいたま市南区及び緑区にまたがる。中央を南北に埼玉県道35号川口上尾線(産業道路)が通っている。住居表示は太田窪一〜五丁目まであるが、南区内にはまだ住居表示未施行の大字太田窪となっている地区もある。円正寺地区を越えた飛地もある。住居表示が実施されているところは、ほとんど住宅地に整備されている。さいたま市南区大谷口・大谷場・円正寺、さいたま市浦和区前地・本太、さいたま市緑区原山、川口市伊刈・柳崎・芝と隣接する。明治初年の小字は、道祖土組・大在家・諏訪入・本村・善前南・善前北・新田・不動入・大島・下組・前耕地。住宅地の地価は、2016年(平成28年)1月1日の公示地価によれば太田窪3丁目2-16の地点で219,000円/mとなっている。もともと大田窪村であったが、江戸時代の天保八年皆済目録に代官が村名を書く際、書き誤り、それ以降太田窪と村名が変わって現在に至るまで地名が訂正されることなく使用されている。ダイタクボの語源はダイダラボッチ伝説に由来し、ダイダラボッチの足跡であると言われている。1889年(明治22年)3月31日以前は太田窪村(古くは大田窪、大多窪とも書かれた)という村であったが、翌日の4月1日の明治の大合併の影響で、周辺の村と合併し谷田村となり、1932年(昭和7年)4月1日に木崎村とともに浦和町へ編入され、その後浦和市となり浦和市の大字となった。旧浦和市の中央からやや東側に位置している。※最寄駅は京浜東北線・宇都宮線(東北本線)浦和駅、京浜東北線・武蔵野線南浦和駅など、地域によって違う。隣接する大谷口に武蔵野線の新駅を開設する計画がある。浦和駅発着バス路線(国際興業バス)南浦和駅発着バス路線(国際興業バス)
出典:wikipedia
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