PC-9800シリーズは、日本電気(以下NEC 現在はNECパーソナルコンピュータとして分社)が開発及び販売を行った独自アーキテクチャのパーソナルコンピュータ(パソコン)の製品群である。同社の代表的な製品であり、98(キューハチ/キュッパチ)などと略称されることもある。PC-9800シリーズに厳密には含まれる、あるいは広義の解釈として含まれる以下のシリーズについてはそれぞれの記事を参照のこと。1982年10月に発売された16ビットパソコン「PC-9801」を初代機とするパソコン製品群である。それまでNECが発売していた8ビットパソコン・PC-8000シリーズ及びPC-8800シリーズの資産を継承し、高速化のために16ビットマイクロプロセッサを採用した。初代「PC-9801」は社団法人情報処理学会から、2008年度(第1回)「情報処理技術遺産」の一つに認定された他、2016年9月6日には国立科学博物館の重要科学技術史資料(通称:未来技術遺産)の第00221号に日本で最も普及した16ビットパソコンであることを評価され、登録された。各社専用にカスタマイズされたマイクロソフトのMicrosoft BASICをベースにした時代の終盤から、MS-DOS時代を経て、Microsoft Windowsの本格的な普及期まで約15年間(初代「PC-9801」発売の1982年から、後継アーキテクチャのPC98-NXシリーズが発売される1997年頃まで)にわたって、NECのパソコンの主力商品として製造販売が続けられ、全盛期には日本国内における市場占有率90%以上を獲得した。本項では派生機種のPC-9821シリーズおよびPC-H98シリーズについても軽く触れる。当時のNECのカタログでは、それらの派生機種のうち、パーソナルコンピュータに分類される各機種については、「NECパーソナルコンピュータPC-9800シリーズ」と記載されており、派生機種のシリーズ区分はなされず、「HYPER 98」「98MATE」「98FELLOW」等といった愛称で区分が図られていた。PC-9800シリーズは、ソフトウェア・ハードウェアの互換性の観点からは、狭義には「PC-9801○○」や「PC-9821○○」の2つの型名をもった機種群を指す場合が多いが、公式には上述の通り「PC-98○○」型番や「PC-H98○model○○」などのように、ハードウェアアーキテクチャの基本的な部分が共通で、それぞれ固有の拡張機能を与えられた機種群についても本シリーズに含まれる。一般的には「98(シリーズ)」などと通称されることが多い。「PC98(シリーズ)」、「PC-98(シリーズ)」という略称に関しては、ソフトウェア販売店等から浸透した可能性が高い。これらは必ずしも下が「01」・「21」ではない機種も含めたPC-9800シリーズ全体を示す場合にも矛盾しない略称になっているが、主としてPC-9801シリーズとPC-9821シリーズを指す場合も多かった。1980年代当時の家電量販店や、ソフトウェア専売店、とりわけゲームソフト販売店で用いられていた在庫管理データベースはカード型データベースを採用しており、在庫入力時の機種毎の識別符号に略称を使用した例が多かった。また、当時の市販ソフトウェアにはバーコード(JANコード)が付いていない物も少なく無く、これらの略称とソフトの識別符号を含めて印刷したバーコードを、ソフトウェアのパッケージに直接貼り付けて販売するという形態をとっていた小売業者が多かった。このため、MSXなど正式名称が元々短いものは別にして、機種の識別符号には出来る限り短いものが採用され、記号を含めたアルファベット4文字以内で表現される事が多かった。当時普及していた各機種における略称の例では、X68000→X68k、PC-9801→PC98、PC-8801→PC88等の略称があり、何れも4文字以内となっているのはこのためである。これに習い、これらの機種を表す際に同様の略称を用いる周辺機器メーカーも増えていった。むろん「PC-98」というハイフン付きの略称も当時から存在しており、資料によってPC98、PC-98という表記はどちらも使われている。ただ、後年になってWindows 98の実行に推奨されるパソコン性能のガイドラインとして「PC98」という単語が使われるようになってからは、これを区別する意味でPC-9800シリーズの略称にハイフンを含めた「PC-98」を意図的に使用するケースも見られるようになった。PC-9800シリーズ(後継となったPC-9821シリーズを除く)は、採用したCPU・グラフィックコントローラ及び筐体デザインの特徴により、大きく4つの世代に分類できる。以下、各世代の機種と変遷を概観する。1982年発売の初代機「PC-9801」(当時のNEC社内での開発コードは「PCX-04」)はCPUに16ビットのNEC製μPD8086(Intel 8086互換)5MHz、割り込みコントローラにi8259Aのカスケード接続(IRQ 7に接続)、DMAコントローラにi8237を使用するなど、インテルの8086ファミリチップを採用したため、IBM PCに似た構成となったが、8ビットのXTバスを搭載したIBM PCと異なり、筐体を開けずに抜き差し出来る16ビットのCバスを採用した。幅広く事務用途や工業組込用途に適合するよう、ハードウェア面ではPC-8000/8800シリーズに似たシステム構成を取り、従来のPC-8000/8800シリーズユーザーが取っつきやすいように工夫されていた。内部は8086向けにハードウェアを最適化し、CUI向けに性能を特化させた16ビットパソコンである。この機種はPC-8000/8800シリーズを開発していた「電子デバイス事業グループ」とは別の「情報処理事業グループ」が開発した。また、高速な日本語表示のためにテキストVRAMを搭載していた(ただし漢字ROMは別売であったため、この初代と後述のPC-9801Eのみ単体での漢字表示ができない機種でもある)。グラフィック画面解像度は640ドット×400ドット8色(RGBそれぞれのオンオフを組み合わせた8色固定パレット、デジタルRGBと呼ばれた)、1画面。後のモデルでは2画面となった。テキスト画面・グラフィック画面ともに、ハードウェアによる1ライン単位の縦スクロールおよび16ドット単位の横スクロールが可能だった。このテキスト画面を持つことで、ワープロやエディタなど文字系のソフトウェアを使う場合は、他の機種よりもアドバンテージとなった。初期のワープロソフトでは、このテキスト画面で文字入力し、グラフィック画面で印刷イメージを確認するものがほとんどだった。これらの高精細かつ高速なグラフィック処理のために、自社製の汎用グラフィックコントローラGDC(Graphic Display Controller μPD7220)を2個、テキスト用(マスタ動作・CRT同期信号を生成)とグラフィック用(スレーブ動作)にそれぞれ採用した。GDCは直線・円弧などグラフィック図形の描画機能、縦横方向へのスクロール機能を持つ。テキスト画面にはPC-8000シリーズと同様のキャラクタグラフィックモードが実装されるなど、PC-8000シリーズ/PC-8800シリーズとのある程度の互換性が考慮されていた。その他、PC-8800シリーズのN88-BASICと互換性を持つN88-BASIC(86)を自社開発し、ROMで搭載していた。PC-9801のキーボードはμPD8049HCなどのマイコンを内蔵したシリアル接続タイプで、ハードウェア的には直接読み取ることはできなかったが、BASICプログラムの移植性を考慮して、BASIC上からはPC-8800シリーズと同様にI/O命令でキースキャンコードを読み出せるようにエミュレーションされていた。このような点からも、ソフトウェア面でいかにPC-8800シリーズとの互換性確保に腐心していたかをうかがい知ることができる。初代機以降、CPUを8MHzに高速化してグラフィック画面を2画面に増強したPC-9801E、PC-9801Eと同様の変更に加えて5インチ2DD(両面倍密度倍トラック)フロッピーディスクドライブを本体に内蔵し、さらにJIS第1水準漢字ROMを標準搭載したPC-9801F(FDD内蔵を強調しての命名)が発売された。世界初の市販16ビットパソコンはIBM モデル5150(通称「IBM PC」)である。モデル5150がCPUとして採用した8088は内部的には汎用レジスタ長が16ビット、リニアにアクセスできるメモリの最大容量を決定するアドレスバスは20ビット長(=1Mバイト)であるが、8ビットCPU用の周辺チップがそのまま利用できるように、外部バス幅は8ビットとなっていた。対して、PC-9801は当初から8088の上位機種である8086をCPUとして採用、外部バス幅は16ビットとなっており、バスクロックは10MHz、最大転送速度は1MByte/secでモデル5150よりも大幅に高速な転送能力を備えていた。なお、日本初の16ビットCPU搭載ビジネスパソコンとされる三菱電機のMULTI 16も初代機ではCPUは8088を採用しており、IBM初のフルネィティブ16ビットパソコンは80286を搭載した1984年のPC/ATである。また、PC-9801が日本国外に知られるようになった当時、IBM PCの世界ではVGAがまだ充分に普及しておらず、カラーグラフィックで640×400ドットのピクセル数を持つ本機は、かなり先進的なパソコンと評されたこともあるという。企業向けとしてはN5200が同じくNECの「情報処理事業グループ」より発売されており、このN5200と初代PC-9801はハードウェア構成において類似性が大変高かった。これらに続いて、富士通のFM-11BS対抗のため、2HD(両面高密度)フロッピーディスクドライブ(以下FDD)とマウスインタフェースボードを搭載したPC-9801M(1MBドライブであることを強調した命名とされる)も登場した。1984年10月には、PC-9801F1に固定ディスクドライブ(SASI HDD、容量10MB)を搭載し、RAMを256KBに増量したPC-9801F3が、1985年5月にはPC-9801M2のFDDを1台に減らして固定ディスクドライブ(SASI HDD、容量20MB)を搭載したPC-9801M3が発売されている。PC-9800シリーズのフロッピーディスクは、PC-8800シリーズから継承した5インチ2D(両面倍密度)のインテリジェントタイプのものを除き、内蔵DMAコントローラを使用することで、CPUの動作と並列してファイル操作が出来た。なお、PC-9800シリーズでは、その後の機能拡張でも互換性維持を大前提としてメモリやI/Oへアドレスを割り付けていった。その結果、VRAMのように割り当てられたアドレスが不連続になるものがあったほか、初代機からの部品数削減の名残で一部のI/Oアドレスが一見無意味にデコードされていない、またユーザー用に予約されている箇所が極端に少ない、という状態になってしまった。またPC/AT互換機同様、CPUの持つメモリ空間1Mバイトのうち、VRAMやBIOS ROM等の予約領域を除くと、ユーザーが利用可能なメイン・メモリ空間は最大でも640Kバイトで区切られてしまうメモリマップとなっている。この時代にはそれが問題となることはなかったが、ソフトウェアが肥大化したMS-DOSの全盛期には、日本語入力システムなどのデバイスドライバを常駐させた後の少ないフリーエリアのやりくり、特に起動時に500Kバイトから600Kバイト程度のフリーエリアを必要とするアプリケーションのための領域確保にユーザーは苦労することになった。この世代の機種は、CPUにNECが開発した8086の上位互換高速CPUである V30を採用した。また、グラフィック機能が大きく強化され、従来機でのデジタルRGBによる8色表示から、アナログRGBによる4096色中16色同時発色表示となった(一部モデルではオプション)。この表現力を生かすため、VRAM各プレーン同時書き込み制御に対応したグラフィック処理プロセッサGRCG(Graphic Charger)が追加された。また、キーボードにNFER(無変換)キーが追加された。この頃から登場した3.5インチFDD搭載のモデルは、多くのモデルではホビーユースを意識して、5.25インチモデルよりも小型の筐体で、標準でPC-9801-26K相当のモノラルFM音源を搭載した。VM/UVの後期型以降、電源投入時・リセット時に音が出て、RAM容量の表示が出るようになった。これらの機種のうち、PC-9801VMは「V30搭載・アナログRGB2画面・5インチ2HD」というこれ以降のPC-9800シリーズの標準的な仕様を確立することとなり、以後多くの市販ソフトに「PC-9801VM以降対応」との表示がされた。3.5インチFDDモデルではFDD以外の仕様がPC-9801VMに準じるPC-9801UVがこの役割を果たし、「PC-9801VM/UV以降」という表示も多く見られた。また、従来機種と比較して、V30の搭載、動作周波数の向上により処理速度が1.6倍に、グラフィックの処理速度は2倍に向上したと言われている。皮肉なことに、GRCGの搭載と、UVやCVといったシステムセット価格の安いエントリーモデルの順次投入により、ゲームなどのホビーユースでも一気にPC-8800シリーズからPC-9800シリーズへのシフトが進んだ。このため、ハイローミックスでの商品展開を想定していたNECの目論見ははずれ、PC-88VAの失敗もあってPC-8800シリーズは一気に撤収を余儀なくされ、逆にPC-9800シリーズで廉価機を展開しなければならない状況になった。80286 / i386の登場により、新開発の高解像度グラフィックに対応し実験機的な性格が強く見られたPC-98XAやPC-98XLなどのPC-98型番の機種での試行的な導入を経て、本流となるPC-9801型番の機種においても成功作となったPC-9801VMを基本としつつ、これらのCPUを採用した後継高性能機種が開発されるようになった。この際、80286のみ搭載でしかもPC-9801型番の機種とはグラフィック画面などのソフトウェア互換性がなく苦情が寄せられたPC-98XAの反省から、V30のハードウェアの動作タイミングや命令拡張部分に依存するソフトウェアが少なからず存在したことに配慮し、これらに依存していたごく一部のソフトウェアが動作するようにV30も合わせて搭載し、スイッチ切り替えによりそれぞれのCPUを排他的動作で利用できるよう設計された。なお、この世代以降は前期モデルもRAM搭載容量は640KB以上で、起動時に音やRAM容量表示が出るようになっている。また、PC-98XA以降ではサポートされる物理アドレスが従来の20ビットから24ビットに拡張された80286の搭載に伴い、4ビット分のアドレス線を未定義の信号線に割り当ててCバスを24ビットアドレス対応に拡張する仕様変更が行われている。なお、この機能についても従来の拡張ボードとの互換性維持に対する配慮が行われており、ボード挿入時に拡張ボード右奥に搭載されたバーが本体側スロット右上に追加搭載されたスイッチを押し下げ、本体に24ビットアドレス対応であることを通知した場合にのみ有効となる。筐体のデザインやカラーリングはこれまでのものを踏襲している。VM2の後継機もVM21としてVXと同じデザインになった。この世代以降、GRCG上位互換のEGC(Enhanced Graphic Charger)と呼ばれる、VRAM各プレーン同時制御を読み出しにも対応させて高速化を実現した新グラフィック処理プロセッサが追加されている。また、GDCのクロックモードを従来の2.5MHzから5MHzに選択することができるようになった。この世代から、筐体デザインと本体色が変更され、アイボリーとブラウンの組み合わせから、ブルーグレーになっている。また、東芝J-3100シリーズに対抗すべく開発が進められていたラップトップ用カスタムLSIが完成したのを受けて搭載されており、これにより前世代より機能強化しつつ筐体寸法のダウンサイジングが実現している。実際、VM21相当の機能でこれらの筐体デザインを採用したVM11という機種も存在した。また、キーボードにはvf・1 - vf・5キーが追加された。同時に発表されたOS/2のタスク切り替えに対応するため、CapsLockおよびカナロックがキースイッチによる機械式ロックからキーボード内蔵マイコンによるソフト的なロックになり、ロック状態がキーボード上のLEDに表示されるようになった。Rシリーズの後期型から、PC-8001以来続いてきたロゴタイプが変更され、縦長の曲線が弧を描いたものから、曲線角を使った正方形に近いデザインに変更された。なお、RSは後期型からの追加である。1986年に衝撃的なデビューを飾り、欧米で「King of Laptop」と絶賛されたラップトップ型PC/XT・AT互換機である東芝T3100は、日本語対応を施された上で1987年にJ-3100シリーズとして日本市場での発売が開始された。同シリーズの出現は、新規市場の開拓であったが故に直接対抗する手段が存在せず、日本市場におけるパソコンのトップメーカーとしてデスクトップ機を主軸に据えた販売戦略を組み立てていた当時のNECに大きな衝撃を与えた。NECは急遽J-3100対抗機種の開発に乗り出すが、長い開発期間をかけて実現をみたJ-3100シリーズに対抗するのは容易ではなく、互換性を犠牲にして市場投入時期を優先した機種をまず投入、その後でデスクトップPC-9801との完全互換を実現したマシンを追加投入する、という2段構えの戦略を採った。最初に市場に投入されたPC-98LTはフルスペックのデスクトップ機互換ラップトップ98を求める市場の声にこたえうる製品ではなく、十分な成功を収めるには至らなかった。この時期のPC-9800シリーズのデスクトップモデルでは周辺チップの集積がいまだ進んでおらず、デスクトップ完全互換のラップトップ機を開発するには、まずPC-9800シリーズとしての固有機能を集積したチップセットを開発する必要があった。もっとも、NEC府中(PC-9800シリーズ)・玉川(半導体)の両事業所が総力を挙げて開発していたチップセットは開発が難航したことから、NECによるPC-9801型番のデスクトップ完全互換ラップトップ機はLTから2年、J-3100の市場投入から約1年遅れでの出荷開始となった。これは従来より市場で求められていたものだけに大ヒットを飛ばしたが、先行するJ-3100シリーズと同様に高速CPUを搭載する上位モデルの提供が強く求められ、まず80386SXとV30を搭載するLSが同年秋に市場投入され、これに続いてLVとLSの中間に位置する低コストハイパフォーマンスモデルとして80286とV30を搭載するLXが翌年に順次出荷開始された。なお、既存ソフトウェア資産の継承のために必要であることから、ラップトップ機であるにもかかわらず、FDDが各2基ずつ標準搭載されていたのもこのシリーズの大きな特徴の一つである。しかし、このラップトップ機シリーズはLXデビューから間もない1989年6月に更なる衝撃を伴って市場に投入された東芝の歴史的傑作、J-3100SS001「ダイナブック」によって事実上、可搬機としての命脈を断たれた。ただし、省スペースデスクトップ機としてのこの種のパソコンの市場ニーズは法人を中心に根強く存在したことから、クラムシェル型(折りたたみ式)ラップトップ機としての性質を残したまま、キーボードの本体からの分離機能や汎用拡張スロットの標準搭載など、省スペースデスクトップ機にシフトした実装を行った機種が翌年になって出荷され、以後これを基本にPC-H98、PC-9821の両シリーズにも省スペースデスクトップに特化した液晶ディスプレイ内蔵モデルが細々と継承されることとなった。また、これらとは別に生命保険会社などの法人向けニーズにこたえ、回路設計がコンパクトなPC-98LTをより小型・低消費電力化したモデルが開発されている。ラップトップ型で小型化が図られたが、持ち歩くという使い方は重さや電源の観点からまだ現実的ではなかった。J3100がダイナ"ブック"という愛称で発売されたのに対して、薄さや軽さを強調する"ノート"という言葉を使った98NOTEシリーズを発売した。以後ノートパソコンという言葉/ジャンルが確立され、ビジネスユースなどのパーソナルコンピュータの利用範囲を広げる一端を担った。NECはかつて「電電御三家」と呼ばれたほど日本電信電話公社(NTTグループの前身)と密接に結びついてきた企業であり、PC-8800シリーズでもモデム電話を登載したPC-8801mkII TRという機種を発売するなど、パソコン通信やコンピュータネットワークへの関心の強い企業でもあった。このため、PC-9800シリーズのアーキテクチャをベースとして、通信機能を拡張した機種が発売されている。従来、デスクトップモデルでは3.5インチFDDモデルは小型で拡張性が低くFM音源を搭載したホビー指向、5インチFDDモデルは大型で拡張性の高いビジネス指向という住み分けを行っていたが、DA/DS/DXからは原則的に全ての機種にFM音源を搭載し、ビジネス向け大型筐体機でも5インチFDD搭載モデルの他、3.5インチFDD搭載モデルが用意されるようになった。また、互換性維持のために残されていたV30や、ディップスイッチ、マウスポート割り込み変更ジャンパスイッチも削除され、代わりにVM相当の速度で動作するモードとソフトウェアディップスイッチ(BIOS設定画面のようなもの)が追加され、内蔵DMACの性能向上が行われた。この時期は上位機としてPC-H98シリーズの展開が始まっていたため、PC-9801シリーズは徐々に下位機の扱いになっていったという背景もある。そのためRシリーズからFシリーズにかけての数年間、ホビーユース向けのFM音源などで機能的には洗練されていったものの、CPU等の基本性能は旧機種とあまり変わらないという時期が続いた。1990年代に入り、Windows 3.0/3.1の登場と、安価なPC/AT互換機(DOS/V)の本格的な日本上陸という大きなムーブメントが起こり、これに対処するためNECはハイエンドのPC-9821シリーズ(愛称は98MATE)を投入した。そのためPC-9800シリーズ(PC-9801型番のシリーズ)は、MS-DOSベースの市場向け、またPC/AT互換機との価格対抗のための廉価版として傍流に位置づけられ、98FELLOWと言う愛称がつけられた。デザインや色もPC-9821に準じた丸みを帯びた形状とアイボリーに変更となっている。価格低下のために、FM音源や増設用FDD端子の削除、拡張スロット数の削減、専用HDDユニットから汎用IDEへの変更、ファイルスロットから5インチベイへの変更等が行われているが、最も影響を受けたのがキーボードである。それまでのメカニカルスイッチ式からメンブレンタイプの安価な物に変更になっているが、入力性能に強く影響を及ぼすNキーロールオーバー機能は死守されていた。この価格低下と9821シリーズへの移行は、それまでの(高価な)既存機のユーザーに衝撃をもたらした。既存機の性能を少しでも上げようと、80286/i386SXCPUをサイリックスなどのピン配置がi386SXと同等の486互換CPUに交換するためのCPUアクセラレータが流行した。CPUソケットを使用した機種の多いPC-9800シリーズならではの現象だったが、これらはネイティブな486機と比較すると、動作が不安定な上に起動時にキャッシュコントロールドライバを組み込む必要があり、十分な実行速度が得られるとは言い難かった。またPC-9821への移行直前に発売されたPC-9801FAは、高価な割には売れており、しかもクロックが8MHz系統のi486SX-16MHzという仕様のため、CPUを486DX2などに交換しても性能が大して向上せず、多くの9801FAユーザーが涙を飲んだ。もっとも旧機種向けにサードパーティ製のCPUボードと各種拡張ボードを併用するなどして、Windows95/98をインストールした者もいた。また後年には、CPUバスクロックが16MHzあるいは20MHzの386機とFA、それに初期のFellow用として、専用設計のドーターボード上にクロックダブラー回路を搭載することでボード上のローカルバスクロックを2倍速の33MHzあるいは40MHzとした上で、Cx5x86-100MHzやAm5x86-133MHzといった高速CPUと、16M以上のメモリ空間に配置される大容量メモリモジュールを駆動する、ハイパーメモリCPUという製品がメルコから発売されており、これを使用するとCPU周りに関しては最高でPentium75MHz並みの速度が得られた。この「98FELLOW」「98MATE」シリーズからは、内蔵3.5インチFDDは、従来のPC-9800シリーズのフォーマットに加え、PC/AT互換機で使われている1.44MBフォーマットにも対応するようになった。通常はキーボードを使わず、液晶モニタ上をスタイラスペンを用いて操作する形態の、ノートパソコンサイズの小型パソコン。PC-9821シリーズ世代に発売されたが、当時の技術では、マルチメディア志向までカバーできる液晶モニタの開発が困難なことや、筐体の小型化の阻害になる事などから、PC-9801の形式に位置づけられた。なお、この形態のパソコンは後に三菱電機、コンパックも挑戦しているが、いずれもひとつの流れにはなることなく終わっている。長らく続いたPC-9801型番のシリーズも、Windows 95と同時に発売されたPC-9821の廉価版のVALUESTARシリーズが販売された時点で、その使命を終えた。その後のPC-9800シリーズの動向については後述する。次の図はPC-9801から98FELLOWまでのPC-9801型番およびPC-98型番の機種について系譜を記載している。自社開発のN88-BASIC(86)をROMで搭載し、同社の8ビットパソコン、PC-8800シリーズと言語レベルで高い互換性を持つ。また、当時としては強力な日本語処理機能を持ち、さらにNEC自身が積極的にソフトウェア開発の支援を行なったため、多数のPC-9800シリーズ専用アプリケーションが登場した。また、非常に多くのOSが移植されており、NEC自身により、MS-DOS、CP/M-86、OS/2 1.x/2.11/Warp V3/Warp Connect/Warp 4、Windows 1.x/2.x/3.x、Windows 95/98/98SE、Windows NT/2000、PC-UXが、サードパーティにより、UNIX SVR4が、ユーザーコミュニティにより、386BSD、FreeBSD、NetBSD、Linux、FreeDOSがそれぞれ移植されている(PC-UNIXの中では、FreeBSDが比較的早くから実用的に動いていたためユーザーを増やし、その影響で今日でも日本ではPC-UNIXユーザーに占めるBSD系のユーザーの割合が多い)。ホビーユースにおいても多数のゲームソフトが発売され、日本独自のパソコンゲーム文化の形成に大きく影響した。これらの圧倒的なソフトウェア資産を背景に、日本国内市場においては、一時期はほぼ寡占状態に近く使われていた。N88-BASIC、MS-DOSなどには、NEC純正の日本語入力システムが付属していた。時代が下るにつれてかな漢字変換能力が向上し、それにつれて名称がNECDIC(単文節変換)、NECREN(連文節変換)、NECAI(AI変換)などと変わっていった。また、サードパーティ製の日本語入力システムも、主にワープロソフトに付属する形で普及した。代表的なものにATOK、VJE-β、松茸、WXシリーズなどがある。PC-9800シリーズのソフトウェアエミュレータが各種存在し、一部企業から提供されたり、私的プロジェクトにより展開された。高度な再現には、条件よって利用者自らが所有権を持つ実機から取得したBIOSが必要となることがあった。以下に、ソフトウェアと動作環境・代表的な事例を示す。PC-9800シリーズでなく、互換機であるEPSON PCシリーズを再現するエミュレータもあり、事実上、PC-9800シリーズのエミュレータとして使用されている。PC-9800シリーズでなく、PC-98シリーズであるPC-98DO/LT/HAを再現するエミュレータもある。PC-9800シリーズでは、ソフトウェアの互換性をアピールする意味もあって、コンピュータ本体の型番には一貫してPC-9801xxnn(xxはアルファベット、nnは数字)という名称が用いられた。アルファベット1文字目はシリーズ名、2文字目は初期はFDD、後期はCPUのグレードを、数字1文字目はFDD数若しくは搭載HDDを、2文字目はリビジョンを示す。ただし「11」を持つ2機種(PC-9801VM11、PC-9801UV11)についてはこの例に当てはまらない。なお、PC-9821シリーズの型番もPC-9801シリーズと同じくアルファベット2文字での付番を継承しているが、PC-9801では2文字とも大文字であるのに対し、PC-9821では2文字目が小文字であるという違いがある(例:PC-9801RA21 / PC-9821Ra20)。純正の周辺機器、汎用拡張ボードには、他のPCシリーズ同様、PC-98nn(nnは数字)という型番が与えられた。PC-9801U発売以降、番号の不足や型番から製品が区別しにくい等の理由で、プリンタはPC-PRnnn、HDDはPC-HDnnnn、FDDはPC-FDnnn、CD-ROMはPC-CDnn、光磁気ディスクドライブはPC-ODnnnのような命名基準に改訂されている。汎用拡張ボードにはPC-9801-nny(nnは数字yは英字)という型番が与えられた。PC-9801-を省略してnnボードと呼ばれることが多かった。各機種専用のオプションは、PC-9801yy-nn(yyは機種名、nnは数字)という型番が与えられた。純正キーボードとして、PC/AT互換機と同配列の106キーボードや、特定のNEC製ソフトウェアに対応した専用キーボードも発売されていた。純正プリンタとしては、PC-PRxxxという型番が付けられた。xは枝番。アルファベットだけのものやアルファベットと数字が組み合わされたものが付けられていた。晩年は枝番が印字速度に変わり、/80Lなどとなっていた。純正シリアルプリンタにはPC-PR型番のほかにNMnnnnといった型番のものもあった。レーザプリンタではPC-PR1000や2000など4桁の数字も使われた。「NECパーソナルコンピュータPC-9800シリーズ」の一つに位置付けられていたものの、「PC-9801」型番ではなく、少数ながら「PC-98yy」(yyはアルファベット)という名称を持つシリーズが存在する。これらはCADソフト向けの高解像度グラフィック+高速CPU搭載モデルをはじめ、いずれもアーキテクチャについて何らかの改変・拡張機能の付与が行われた実験的なモデルであり、そこで得られた実績は次世代のPC-9801型番各機種に少なからず反映されている。実験機的な性格が特に強かったPC-98XA・LT・HAの印象が強いためか、このグループに含まれる機種はPC-9801型番の機種とのソフトウェア互換性が低いと理解されるケースが多い。だが、後半のPC-98XL・XL・DO・DO・GSの拡張部分以外のPC-9801型番の機種との互換機能についてはごく初期のデジタルRGB出力対応ソフトウェアなどに一部互換性がないものも見られたものの、それ以外はほぼ完全なソフトウェア互換性を備えており、拡張ボード等についてもノーマルモードで動作させる範囲ではほとんどの製品がそのまま動作する。また、これらは外見上、通常のPC-9800シリーズとは区別がつけられており、RA/RS/RX世代以降の機種では前面のスリット部分が濃いブルーグレーに塗装されている。ハイレゾ(1120×750 16色、24dotフォント)表示を持つCAD向きの機種。ハイレゾモードでは、マウスI/Fの割り込み番号やテキストVRAMの開始アドレスやVRAMのアドレスがノーマルモードとは異なるが、アクセス方式は変わり無いため、テキスト版のソフトウェアやワープロ等はかなりの数が移植された。この系列はPC-H98シリーズへと発展し、後のPC-9821(MATE A)で互換動作ボードが販売されるなど数少ない成功例である(が、個々の商品が成功したとは言い難い)。なお「ハイレゾ」とは高解像度の意味である「ハイ・レゾリューション (High Resolution)」の略称だが、PC-9800シリーズ・PC-H98シリーズによって広まった呼称であるため、日本では「ハイレゾ(ハイレゾリューション)=PC-98のハイレゾモード」という図式が出来上がってしまっている。ラップトップタイプの初代機で、グラフィックVRAMが単色1画面分(32KB)に削減された上にテキストVRAMも削除(グラフィックVRAMに描画)されている。互換性の低さと直後にPC-9801互換ラップトップが発売されたため、数百本程度のアプリケーションソフトが販売されたのみにとどまる(当時のデスクトップ98のソフト数は数千本程度)。主に、ラックタワー系機器のコンソールとして活用される事が多かった。後記のFC-98シリーズの小型版としても使用された。当時の可搬機としては重量と寸法の点で及第点を与えうる内容を備えていたが、その一方でデスクトップ機とのハードウェア互換性が完全でなく、ことにテキストVRAMがなくグラフィックVRAM容量が少ない点がネックとなり、高速描画のためにこれに依存する形でプログラムが書かれていた当時の「一太郎」シリーズが動作しないことは大きな弱点であった。NECはジャストシステムに依頼し、「一太郎 Ver.3」のサブセット版であり、かつ標準搭載の辞書ROMを使用することで、FDD1基搭載のマシンでも運用可能な専用FEPであるATOK6Rを同梱する、ワープロソフトの「サスケ」を本機種の発売に合わせて用意する、という対策を講じていたものの、他のPC-9800シリーズと表示系の互換性が低く、ほとんどの既存のPC-9800シリーズの市販ソフトはPC-98LTで動作しなかったために十分な成功は収められなかった。しかし、極力PC-9800シリーズのサブセットとなるような設計されており、差異を踏まえた上でPC-98LT/PC-9800両対応のアプリケーションを作るということは容易に行える様になっているなど、差異を少なくする努力は見られる。このPC-98LTはROMドライブという装置を搭載している。これは、今日のノートパソコンに見られるSSDの様なもので、OSからはディスクドライブとして見える。但しROMなので書き込み(内容の変更)は出来なく、容量も数百KB程度である。このドライブに、MS-DOSおよびN88-BASIC(LT)を内蔵している。また漢字変換FEPもこのROMドライブに搭載しているため、ストレスの無い漢字変換が行えるようになっている。後のデスクトップ互換ラップトップ機(PC-9801LV等)には、このROMドライブが搭載されていない。N88-BASIC(LT)は、N88-BASIC(86)MS-DOS版をPC-98LTに移植したものである。このMS-DOS版N88-BASICがあるため、いわゆるDISK BASICは移植されていない。起動時のスイッチ切り替えでPC-8800シリーズとの互換性を持たせた複合ハイブリッド機種。PC-8801からの移行ユーザーの取り込みを目指したが、DOは機能の不足で、DOは互換性に問題はないものの時期を逸したために、商業的には失敗に終わった。キーボードはDOシリーズ専用で、GRPHキーを押した状態で88モードを起動すると、88モードのセットアップ画面を表示する機能(PC-8800シリーズのPCキーに相当)が追加されており、他のPC-9800シリーズのキーボードではこの機能は使えない。オーサリングを目的とするマルチメディア指向の実験機。Windows3.0 + 独自マルチメディア環境がプリインストールされていた。ハードウェアによる高機能のグラフィックとサウンドを搭載。マルチメディア部分の仕様は後のPC-9821とは異なっているが、一部の機能はMS-DOS用のドライバ・ソフト間で互換性が図られている。PC-9800シリーズのアーキテクチャに追加する形で機能拡張しており、ハード、ソフトとも互換性の問題は特にない。もっとも、丁寧に作り込み過ぎたためか、PC-H98シリーズに匹敵するほど価格が高く設定された結果、ビジネスとしては失敗に終わっており、その反省がPC-9821(初代)誕生の原動力となった。ハイレゾ系PC-98シリーズの後継として、32ビット高速バスNESAを搭載した上位モデル「PC-H98」(エイチきゅうはち)が存在する。このモデルは、通称「ハイパー98」シリーズとも呼ばれ、AGDC、EGC、32ビット転送が可能なDMAC搭載、256色表示、16MB以上のメモリ実装が可能、ハイレゾモードのノンインターレース化、専用ケーブル採用による、ディスプレイへのキーボード接続と電源の連動、NESA対応拡張ボード上にインテリジェントコントローラを搭載することによるプラグアンドプレイ相当の機能の実現、Windows上でのノーマルモードでハイレゾの解像度を使用可能とする、等といった様々な改良や機能追加がなされ、高品質な部品の採用、大出力の電源、縦置き使用を考慮して底面まで塗装された筐体、徹底的なノイズ対策等々、バブル時代特有の贅沢な作りとなっており、主にCAD等の使用を目的としていた事もありセットで100万円を軽く超える価格設定になっていた。また、本機をベースとしたPCサーバSV-H98シリーズや産業用のFC-H98シリーズも販売されていた。本流のPC-9801シリーズとの互換性は世間で言われているように低いものでは無く、NESAのレベルトリガ割り込みによるINTの共有を行わず、C-BUSボードのリソース登録を確実に行えば、NESAのボードを使用していても市販ゲームはもとよりFreeBSD(98)等も全く問題なく動作する。特定I/Oポートを叩いた際の一定時間のウェイト挿入や、アナログパレット設定値の読み出し機能は本機種から搭載が始まっている。PC-9800シリーズではなく、「ファクトリーコンピュータFC-9800シリーズ」とカタログに明記された製品群である。PC-9800/PC-H98/PC-9821シリーズのハードウェアを防塵・防振・防爆対応にすることで、使用環境に制約の多い工場でも使用できるように再設計されている。安全性と信頼性を確保するために、機種ごとに「設置可能条件」が定められている。型番のFCとは、「ファクトリーコンピュータ」の略である。産業オートメーション事業部によって産業用・工業用に設計されたモデルのため、事務所や一般家庭向け機種が販売されるパソコンショップでは取り扱われず、ファクトリーオートメーションや工作機械の中核部分として組み込んだ形で販売された。このような組込目的で使われることを想定し、筐体を取り去ってボードのみとなったモデルのFC-9821Kシリーズもあった。本体を19インチラックに取り付けることができることや、汎用拡張スロットやRS-232Cポートの数が一般のPC-9800シリーズに比べて多いことも特色である。汎用拡張スロットはFC-9801K・FC-9801Uなど省スペースモデルに3スロット構成の機種も存在したが、大半の機種では5スロットないしは6スロットを設けている。システム構築を行う側にとっては、中身が一般に販売されているPC-9800シリーズと同等のため、ハードウェア部分を独自に開発する負担がないこと、ソフトウェアの開発も使い慣れているPC-9800シリーズ対応OS・言語で行えるため、短納期・低コスト・保守の容易さが実現した。納入して利用する側としても、PC-9800シリーズの操作方法がそのまま利用できるため学習の手間が省けること、カラー・高解像度の見やすい画面であること、PC-9801用ソフトがそのまま動作するためCADデータの編集から製品の加工が一元化できること、他企業とのCADデータ授受が行いやすいことなどが好評となった。PC-9800シリーズを基にしたFC-9800シリーズは「FC-9821 Ka model 1/2」が最終機種となり、2003年10月末で受注を終了した。 2002年よりPC98-NXシリーズを基にしたFCシリーズ「FC98-NXシリーズ」が新たに登場している。PC-9800シリーズを基にした高機能・高拡張性を備えたサーバ機として、「98 SERVER」の愛称で販売されたシリーズである。PC-H98シリーズをベースとしたNESAバス搭載のSV-H98シリーズが先行し、より高性能なPCIバスの登場により、これを搭載したSV-98シリーズに置き換えられた。SV-H98シリーズはネットワークの要として高負荷データ転送に強いNESAバス搭載機が求められたことから、デスクトップ機がPC-9821シリーズへ移行した後もしばらく存続し、PC-H98シリーズやPC-9821 Mate(A Mate)では提供されなかったPentium 66MHzを搭載した機種(model 50f:標準価格1,500,000円)や無停電電源(UPS)と活線挿抜対応の1.7GBディスクアレイを標準搭載したモデル(model 60:標準価格2,450,000円)などが提供された。SV-98シリーズではCPUの高性能化とPCIスロットのサポート(model 1を除く)に加え、サーバOSでのメモリ実装量の増大要求に応え各モデルで同時期のデスクトップ機を上回る最大実装メモリ量がサポートされ、model 1では最大79.6MB、model 1A・model 2では最大255.6MB、model 3では最大511.6MBの実装が可能となった。また、model 3では拡張割り込み機能(APIC)がサポートされ、CPU増設ボードの追加によりPC-9800シリーズ(およびその派生機種)では初となる対称マルチプロセッシング(デュアルプロセッサ)機能が実現されたのも特筆すべき点である。もっとも、Pentium Pro世代以降では98 SERVERはPC-9821シリーズに整理統合され、やはりデュアルプロセッサ対応機であるPC-9821Rs20・PC-9821RsII26(98MATE SERVER)で代替されている。これもPC-9800シリーズではなく、N5200シリーズのうちPC-H98系のソフトウェアの実行も可能なもの。ハードウェアは、PC-H98シリーズや後述するOP-98シリーズと似ている(ROMの内容は異なる)。N5200シリーズの後期は大半がこのシリーズになった。これも厳密にはPC-9800シリーズではなく、「オフィスプロセッサ」と位置付けられた製品。1991年に登場した、NECシステム3100シリーズ(オフコン)のOSが動作するシリーズで、PC-H98系のソフトウェアの実行が可能。イメージキャラクターに田原俊彦を起用し、「ABCの歌(きらきら星)」の替え歌で「オーピーキューハチ、エヌイーシー」というテレビコマーシャルも流れたが一般ルートでは販売されず(中小企業対象のオフコンの販売ルートで扱われた)、売れ行きは良くなかったといわれている。厳密にはPC-9800シリーズではなく、PCとPOS端末とを一体化した製品。1995年2月に発表されたTWINPOS550は、486DX2 66MHzとタッチパネル付カラー液晶搭載のWindowsモデルとi486SX 33MHzとモノクロ液晶搭載のMS-DOSモデルの2種が提供された。既にメインストリームがPC-9821シリーズへ移行した後であったが、ベースとなるPCはPC-9801型番の機種となっており、WindowsモデルではCirrus Logic製GD5430を搭載して640×480表示に対応した。さらに1996年にTWINPOS450とTWINPOS550II、1997年にTWINPOS530が発表されたが、1999年に発表されたTWINPOS2500よりPC98-NXアーキテクチャーに移行した。なお、通常のPC-9800シリーズの拡張スロットに挿してレシート/ジャーナルプリンタをはじめとする専用周辺機器と組み合わせることで本シリーズ相当の機能を実現可能とする、POSボードと称する専用インターフェースボードも提供されていた。PC-9800シリーズではなく、「ストアコンピュータ」として提供された製品。PC-9821A(98MATE A)を基本とするSC-9821AシリーズとPC-9821X(98MATE X)を基本とするSC-9821Xシリーズの2シリーズが存在したことが確認されている。いずれも、通常のPC-9821型番の機種をベースとしつつ、防塵フィルタの追加やミラーリングディスクのサポートなど耐環境・耐障害性能を引き上げて常時稼働する業務機としての信頼性を確保し、稼働中の不要なキー操作やマウス操作を禁止するためのロック錠(オプション)や自動電源コントロール機能、それにリモートワークステーション機能などを追加したモデルである。前述のように、PC-9800シリーズのソフトウェア資産は圧倒的であり、NEC自身が投入したものも含め、別アーキテクチャのコンピュータは苦戦を強いられた。セイコーエプソンは98互換機である「EPSON PCシリーズ」を開発。その後、NECは自社開発のDISK-BASICやMS-DOSに自社製ハードウェアであるか確認する処理を付け加えるなどした(通称:EPSONチェック)が、セイコーエプソンではそれを解除するパッチ(SIP)を供給し、サードパーティー機器の互換性検証を行い情報提供したり、PC-9800シリーズより高性能低価格の機種をラインナップするなどの展開を行い、ユーザーの支持を集めシェアを伸ばしていった。その後、AT互換機が普及するにつれて劣勢となってきた頃、NECはこのエプソンチェックを取り除くようになった。エプソン以外にも、トムキャットコンピュータとプロサイドがPC/ATとPC-9800のデュアル互換機を販売したり、シャープのMZ-2861がソフトウェアエミュレーションによりPC-9800シリーズ用のソフトを動作させるなどの試みもあったが、定着には至らなかった。産業用コンピュータとしては組み込み用を中心とする機種が存在し、ワコム(現ロムウィン)社98BASEシリーズやエルミック・ウェスコム社iNHERITORシリーズなどが発売された。これらはNECによるPC-9821シリーズやFC-9800/9821シリーズを含むPC-9800シリーズ全体の打ち切り後も生産が続けられたため、既存ハード・ソフトウェア資産の継承が必要な工場・鉄道用信号機器向けなどを中心に一定の生産実績を残している。前項の如く、互換機の販売には否定的であったNECであるが、周辺機器や拡張カード、特に純正品互換周辺機器の開発、販売には協力的で、非常に多くの製品が多くのメーカから販売されていた。サードパーティー機器と互換性に関する話としてよくやり玉に上げられるのが55ボード問題である。これは、PC-9801-55 SCSIホストアダプタ、及び、その相当品を内蔵する機種は、接続されているHDDが自社製のものであるか否かを判定するため、SCSIベンダIDの先頭3文字の「NEC」という文字列を参照するチェックを行い、該当しないHDDが接続されていた場合その存在を無視、若しくはハングアップして起動しないと言う動作を指す。この機器チェックは、黎明期にSCSIを導入したことに起因する。PC-9801-50/PC-9801-55ボードが発売された当時、SCSIの規格は今で言う所のSCSI-1であり、基本的な動作コマンドの互換性確保を目的として制定されたCCS (Common Command Set:共通コマンドセット) が未だ存在していなかった。しかも、当時のNECが製造していたSCSI-HDDはSASI時代の仕様を引き継いでおり、SCSIのModeSenseコマンドに対して返す総セクタ数の値に代替セクタを含まず、しかも代替セクタ数を取得パラメータから逆算で算出可能な、総ブロック数を返すReadCapacityコマンドにも対応していなかった。このため、NECは自社製SCSI-HDDを使用する限り、正しい容量情報を取得するにはModeSenseコマンドをHDDに対して発行してCHSデータを取得するほか無かったのであるが、他社製SCSI-HDDの大半はModeSenseコマンドに対して代替セクタを含めたセクタ数を返す仕様であったため、NEC自社製HDDと同じ方法で容量取得を行った場合、代替セクタまで記録領域として確保するため、ディスクの論理破壊が発生する危険があった。55ボードのベンダチェックは本来その種のトラブルが発生するのを未然に防止する目的で実装されたものであり、それゆえこの問題に無関係のMOやCD-ROM、スキャナといったHDD以外のデバイスIDを持つ機器についてはチェックは行われていない。事実、NEC純正の3.5インチMOドライブは松下電器のものをOEMで採用しており、ベンダIDも変更されていない。この後、SCSI-1規格の下でCCSが制定された際にもModeSenseコマンドは厳密に規定されず、この段階では互換性維持の観点からチェックが外されることは無かった。この措置は最終的に、SCSI-2が策定された際にModeSenseでHDDのCHSとして代替セクタ数を含めた値を返すように定義され、またReadCapacityコマンドの実装も正式に規定されたことから、NECが生産するSCSI-HDDもこれに準拠するように変更されてその意義を失った。そこでNECはまずベンダチェックを行って初期のNEC製HDDであるかどうかを判定し、ベンダ名が「NEC」の場合は55ボード互換動作を行い、ベンダ名が「nEC」など「NEC」以外の場合はセクタ長512byte、8ヘッド、32セクタとパラメータを決め打ちして(これが92互換ボード上での「8GBの壁」の主因である)ReadCapacityコマンドを用いる、標準的な容量取得方法を採る、という自動切換え機能を実装したPC-H98-B12(NESA対応)・PC-9801-92(Cバス対応)の2種のSCSIホストアダプタをリリースした。これらの純正SCSI-2対応ボード登場までは、サードパーティーメーカー各社はこのチェックを回避するため、独自のディスクパラメータを採用する自社製のより高性能、高機能なSCSIホストアダプタとHDDを抱き合わせて販売するか、さもなくばNEC製のHDDを自社製品に採用していた。これについてはサードパーティ各社がPC-9801-92登場後、自社製ホストアダプタが採用していた固有ディスクパラメータとNECの新パラメータの両互換性を備える新ホストアダプタを、「マルチベンダ対応」と称して販売する事で対処している。なお、このマルチベンダ対応機能は自社製品のみならず同業他社のホストアダプタのパラメータにも対応するのが通例で、この機能の登場後に発売されたWindows NT 4.0でPC-9801-55互換のディスクパラメータが事実上排除されたこともあって、PC-9800シリーズ用SCSI HDDのディスクパラメータはPC-9801-92互換のものに急速に収斂して行くこととなった。また、MOドライブ黎明期においては、MO非対応のMS-DOS5.0以前で使用する際、MOドライブをHDDとみなして接続する使用形態があった。そのため、富士通など一部のメーカー製MOドライブには、スイッチを切り替えるとリムーバブルディスクではなくHDDのデバイスタイプを返し、また55ボード問題を回避するため、例えば「NECITSU」などにベンダIDを変更してSCSI-1のNECベンダユニークコマンド互換モードで動作する機能を実装して販売されていた。もっとも、1パーティションで32MBまでしか扱えないMS-DOS 3.xにおいても以前から販売されていた純正5.25インチMOとの互換モードでの利用は可能であり、またHDD互換モードで起動した場合、MOディスクの交換が禁止される、PC-9800シリーズ以外の機種ではフォーマットが異なるため読み書きできない、など使い勝手の点で様々な制約があった。このチェックがかかっていた時代に主に利用されていたOSはMS-DOSとその上で動作するWindows1.x - 3.xであり、SCSI BIOSレベルでのソフトウェア互換性さえ確保されていればどのメーカーのSCSIホストアダプタでも特に問題なく動作した。このため、HDDと抱き合わせで販売されていたサードパーティ各社によるSCSIホストアダプタの価格がNEC製の純正品と比較して非常に安価であった事もあり、殆どのユーザーにとってはこの問題の影響は事実上皆無であった。にもかかわらず、この問題はNECによる市場独占の弊害として不必要に喧伝され過ぎていた嫌いがある。この当時はベンダにより異なったジオメトリが採用されていたため、むしろSCSIボードベンダ各社間でのディスクパラメータの互換性の無さの方がユーザーにとっては遙かに切実な問題であり、各マシン間でデータを移行する場合、NEC製HDDを採用した外付けドライブユニットを購入するのが最も手っ取り早く確実であるという、皮肉な状況が発生する有様であった。とはいえ、起動後はBIOSを使用しないOS/2やWindows NT等を使用していた少数のユーザーにとってはドライバが供給されないことは非常に深刻な問題であり、純正品互換と騙ってPC-9801-55互換のSCSI BIOSを搭載したSCSIホストアダプタを販売していたサードパーティーメーカー各社が自社製SCSIホストアダプタの当該OS用ドライバを供給しなかった事の方がより深刻な問題であった。この問題については、ユーザー数が極端に少なかったOS/2はともかく、Windows NTについては確かにサードパーティ各社の対応に不満が出るのも致し方ない状況であった。前述のマルチベンダ対応機能のサポートにはそのアフターケアという意味合いも含まれており、事実、緑電子のようにOSサポートの手間が増えるのを嫌って、旧ホストアダプタユーザーに対しWindows NTに対応する新ホストアダプタ(マルチベンダ対応)への格安料金での有償アップグレードサービスを行っていた例も見られたのである。なお、これから数年後NECが生産するSCSI-HDDのベンダ名が「nEC」から「NEC」に戻った時、逆方向の互換性問題が発生したのだが、その時点ではIDEのHDDが主流となっていたためあまり知られていない。PC-9800シリーズのCPUのクロック周波数は、機種によって5/10MHz系のもの(5MHz、10MHz、12MHz、20MHzなど)と8MHz系のもの(8MHz、16MHz)が存在し、この系統によってRS-232Cの通信速度の設定が異なっていた。どちらでも仕様上サポートされているのは9600bpsまでであり、これを超える速度を設定しようとすると、5/10MHz系では19200bps、38400bpsという一般的な速度になるのに対して、8MHz系では20800bps、41600bpsという半端な速度になってしまっていた。モデムが高速化して、パソコンとの間の通信速度が9600bps以上になると、5/10MHz系の機種では問題なく通信速度の設定ができるのに対して、8MHz系の機種ではモデムが対応している一般的な速度に設定できないため低速通信を強いられる、という問題が表面化した。この問題に対処するため、サードパーティから高速対応のRS-232C拡張ボードが発売された。また、国産のモデムでは、8MHz系で設定可能な半端な速度に対応するものが増えた。PC-9821シリーズでは通信系統のクロック供給が5/10MHz系に統一された上で、最初期の機種を除いてOSからの設定が115200bpsまでに強化されている。また、互換機のEPSON PCではCPUのクロックとは別に通信系統には5/10MHz系のクロックが供給されている。1990年、PC/AT互換機上でソフトウェアのみで日本語処理を実現するIBM DOS J4.0/V、通称DOS/Vが登場し、コストパフォーマンスに優れたPC/AT互換機の本格的な日本市場上陸が始まった。1991年には、日本語版のWindows 3.0が登場し、MS-DOSからWindowsへ、ソフトウェア環境の移行が始まった。Windows上では、PC/AT互換機もPC-9800シリーズも基本的に同じソフトウェアが利用できるため、ソフトウェア資産を背景としたPC-9800シリーズの牙城を揺るがすこととなった。また、ビデオカードの交換で簡単に画面表示能力を向上できるPC/AT互換機と異なり、PC-9800シリーズは基本的に画面表示回路が作りつけであったため、Windowsに求められる高解像度画面を提供する上で不利な立場にあった。このような流れの中、PC-9800シリーズはPC/AT互換機に対抗しWindowsへ対応するため、PC/AT互換機と同等の画面表示モードを備えたPC-9821シリーズを投入。販売数そのものは順調に増大していたが、PC/AT互換機の販売はこれを上回る勢いで拡大し、PC-9800/9821シリーズは次第にシェアを落としていった。これは、パーソナルコンピュータとWindowsの爆発的な普及により、従来とのハードウェア・ソフトウェア互換性を必要とするユーザーが相対的に少数派となったためである。とはいえPC-9800シリーズもWindows機であることには変わりなく、実績のあるブランドだったことからそれなりの知名度もあり、トップシェアを争うだけの勢力は維持していた。1997年時点での日本国内シェアは3割とも5割弱とも言われる。しかしこの頃、CPU・チップセット・ビデオチップ・拡張バスなど、PCを構成する各種の要素技術が急激に高度化したが、それらのほとんどがPC/AT互換アーキテクチャを前提としていたことから、PC-9800/9821シリーズに採用する上でさまざまな困難に直面することとなった。またWindowsの移植においても、Windows 3.1および95の時代にはFMRシリーズ / FM TOWNSなど他社独自アーキテクチャ機も存在していたのに対し、Windows 98の時代にはPC-9800/9821以外はほぼPC/AT互換アーキテクチャに収斂したため、NECにはWindowsや各種ドライバの移植コストが重くのしかかることとなった(なお、PC-9800/9821に対応しているWindowsは、Windows 2000 / 98SE までで、Windows Me / XPは対応していない)。このようにして、独自アーキテクチャの維持に次第に限界が見えてきた。1997年10月、NEC製のPC/AT互換機といえるPC97規格準拠マシンであるPC98-NXシリーズが発表され、一般市場におけるPC-9800/9821シリーズは事実上その使命を終えた。しかし実際は、多くの制御機器等でPC-9800シリーズが使用されており、これらの資産をPC/AT互換機等に移行するにはユーザー側に莫大なコスト増を強いるため、CバスやMS-DOSなどの資産を継承する必要に迫られた(建設用の計算ソフトなどでも、開発経費節減のためPC-9800シリーズと抱き合わせ販売されていた)。このため、その後も一部機種を継続販売していたが、2003年9月30日をもって受注終了、2010年10月末にサポート終了となった。最終モデルは「PC-9821Ra43」「PC-9821Nr300」。FC-9800シリーズも2004年1月に販売終了、2010年1月に保守が終了した。最終モデルは「FC-9821Ka model 1/2」。PC-9800シリーズの受注終了後は、前述の通りサードパーティによるPC-9800互換機(ロムウィン社98BASEシリーズ、エルミック・ウェスコム社(後の図研エルミック社)iNHERITORシリーズなど)の製造・販売が長く続けられたが、後者は2006年末のインテルによる486系プロセッサの製造終了に伴い、2007
出典:wikipedia
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