クバーナ航空()は、キューバの国営航空会社。1929年10月8日に、アメリカの航空機製造メーカーのカーチス・ライトにより、「"Compañía Nacional Cubana de Aviación Curtiss"」社として創設された。その後アメリカの大手航空会社のパンアメリカン航空の事実上の傘下となり、第二次世界大戦中の1944年に現在の社名に変更した。第二次世界大戦後にダグラスDC-4やロッキード コンステレーションの大型機を次々と導入し、バミューダ経由マドリード線やローマ線などの長距離路線、メキシコシティ線やニューヨーク線などの中距離路線を次々に開設し、事実上キューバのフラッグ・キャリアとなった。しかし冷戦下の1959年に起こった「キューバ革命」以降、キューバの指導者となったフィデル・カストロ率いる社会主義政権が、アメリカやイギリスをはじめとする西側諸国との対決路線を打ち出したために、それまで拡張を続けていた南アメリカ諸国やカリブ海諸国を含む西側諸国への路線を次々に運休した。なお、その様な中でも隣国であるメキシコとの路線は維持し続けた。なお、その後1960年代に入りアメリカのジョン・F・ケネディ政権がキューバへの禁輸政策を採り、事実上の国交断絶状態に陥ったために、1960年代に全てのアメリカ路線が運航を停止し、現在に至るまで再開されていない。さらに、アメリカ領空の通過もこれ以降差し止められたため、ヨーロッパへ向かう便はアメリカ領空を大きく迂回してカナダへ向かい、給油後ヨーロッパへ向かうルートを取ることとなった。その後はプラハやモスクワ、東ベルリンなどの東側諸国への路線を次々と開設すると同時に、それまで導入していたアメリカ製やイギリス製の航空機に代わり、ツポレフやイリューシン、アントノフなどのソビエト連邦製の機材を、ソビエト連邦政府による大幅な割引を受けた上で次々と導入した。現在は首都のハバナのホセ・マルティ国際空港をハブ空港としてキューバ国内、中南米諸国、カリブ海周辺諸国、北アメリカ諸国、ヨーロッパ諸国に路線網を持つ。なお、1990年代に入りソビエト連邦が崩壊し、その後復活したロシアからはかつてのソビエト連邦からのような有形無形の援助が激減したが、引き続きアメリカからの経済制裁を受けており、アメリカ製の航空機を購入することが事実上不可能な事もあり、旧ソビエト連邦製の機種の置き換えは進行している。これに伴い、イリューシンIl-96やツポレフTu-204等のロシア製の最新機材の導入を図るとともに、ヨーロッパ製のエアバス機のリースも進めている。また、冷戦崩壊に伴い一部の中南米及びカリブ海諸国との国交が回復したことで、コロンビアやグアテマラ、アルゼンチンなどへの路線が開設され、キューバへの観光客の誘致に貢献している。キューバ革命による国交断交以前はDC-8-40型機を運用していたが、国交断交後、西側諸国からの経済制裁により欧米製航空機は中古機をリースするしかなく、1990年代のDC-10-30型機や2000年代のエアバスA320-200型機などを数機運用していた。
出典:wikipedia
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