奈良 節雄(なら せつお、1936年12月16日 - 存命?)は、日本の元バスケットボール選手。日本バスケットボール史上唯一、オリンピックに3回出場した選手である。疎開先の秋田県小坂町の中学校でバスケを始め、神奈川県立川崎高等学校ではバスケのみならず、陸上競技でも走り幅跳びや走り高跳びで県の記録を持っていた。立教大学に進学後、1年次にオールジャパン優勝を経験。19歳でメルボルン五輪に出場する。卒業後、日本鉱業に入社。ローマ、東京五輪にも出場。東京五輪では主将を務めた。世界選手権も1963年に出場した。日本鉱業でもチームの黄金時代に貢献した。引退後は日本鉱業金属加工営業部に勤務。全日本のコーチも務めた。
出典:wikipedia
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