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藤原黒麻呂

藤原 黒麻呂(ふじわら の くろまろ、生年不詳 - 大同5年6月10日(810年7月14日))は、奈良時代末期から平安時代初期の貴族。藤原南家、参議・藤原巨勢麻呂の次男。官位は従四位下・因幡守。近江国に生まれる。宝亀5年(774年)正月に正六位下から三階昇叙され従五位下に叙爵し、上総介に任ぜられ現地に赴任。近辺の原野を開墾して牧野とし藻原荘として成立させた。この藻原荘が現在の千葉県茂原市の起源とされる。宝亀8年(777年)上総守に昇進する。宝亀9年(778年)従五位上に叙せられると、宝亀11年(780年)治部大輔に任ぜられる。桓武朝に入ると、延暦元年(782年)右中弁に任ぜられるが、延暦3年(784年)には遠江守として地方官に転ずる。延暦8年(789年)刑部大輔次いで治部大輔と再び京官に復すが、翌延暦9年(790年)駿河守に転じた。またこの頃、皇太后・高野新笠および皇后・藤原乙牟漏が崩御した際に御葬司を務めている。のち、桓武朝末に正五位下、平城朝末には従四位下にまで昇進するとともに、周防守・因幡守と地方官を歴任している。注記のないものは『六国史』による。『尊卑分脈』による。

出典:wikipedia

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