藤 あや子(ふじ あやこ、1961年5月10日 - )は、日本の演歌歌手、作曲家。バーニングプロダクション所属。1961年(昭和36年)、秋田県仙北郡角館町(現在の仙北市)に生まれた。小学4年生の時から民謡を習い、高校卒業後には就職したものの、職を変えながら民謡歌手として地元で活動していた。また、秋田県が主催したミスコンテスト 『ミス花嫁コンテスト』で優勝した。1985年(昭和60年)には、テレビ番組 『勝ち抜き歌謡天国』(NHK)に出演して優勝している。1987年(昭和62年)6月21日、CBSソニーから村勢真奈美の芸名で、「ふたり川」(作詞: 石本美由起、作曲:船村徹)でテビューした。1989年(平成元年)9月21日、藤あや子に芸名を変え、「おんな」(作詞: 荒川利夫、作曲: 叶弦大)で再デビュー。1992年(平成4年)、「こころ酒」が大ヒットし、第25回日本有線大賞を受賞。また同年の第43回NHK紅白歌合戦に初出場を果たす。同曲から1994年(平成6年)発売の「女泣川(おなきがわ)」まで3作連続オリコンシングルチャートTOP10入りを記録した(女性演歌歌手として平成初の記録。その後、水森かおりが記録更新)。1994年(平成6年)、「花のワルツ」で2度目の日本有線大賞を受賞。 2010年(平成22年)5月11日、秋田県から「食彩あきた応援大使」を委嘱された。同年6月から、突発性難聴のため4ヶ月の休養を経て、同年10月5日放送の「NHK歌謡コンサート」で復帰を果たした。20歳であった1981年(昭和56年)、2歳年上の男性と結婚し、同年に女児を出産した(その女児は吉本新喜劇の前田まみと高校時代の同級生で今でも親交がある)。娘は2007年(平成19年)1月15日に結婚したが、その際に提出した婚姻届の証人欄には王貞治と野田秀樹に署名をもらった。王とは行きつけの寿司店でよく顔を合わせる飲み仲間であり、その縁から証人となったという。長女は翌2008年(平成20年)5月、藤にとっては初孫となる女児を出産した。交友関係では、同じく女性演歌歌手である伍代夏子・坂本冬美とは公私共に仲が良い。山梨県北杜市に自身の趣味である絵画や陶芸を展示する「ギャラリー彩」を運営している(営業時期はゴールデンウィークからクリスマスまで)。そこでは自身が製作している料理(コロッケカレーなど)が食べられる。女性演歌歌手としては珍しく、自ら作詞・作曲も行う。その際は、小野彩(このさい)というペンネームを使っており、自身の作詞・作曲の作品も多い。かなりのロック好きで、ボン・ジョヴィやエアロスミスの日本公演では度々藤あや子の目撃情報が音楽雑誌等に寄せられることもあり、音楽評論家で元BURRN!誌編集長の酒井康との対談で「自分の葬式には是非スティーヴン・タイラーに『アヴェ・マリア』を歌ってほしい!」と発言したこともある。また意外にも抜けている性格だという。仕事の移動で飛行機に乗った際に着陸した後、ベルトを外した時に誤って私服のズボンのベルトも外し、そのまま歩いて降りようとした事がある。その時に一緒に搭乗していた坂本冬美が慌てて、バッグで隠したというが、本人は全く気づかなかった。着物メーカーのキャラクターをつとめることも多いが、プライベートでは専らジャージ姿で過ごしている事が多く、家用のジャージとお出かけ用のジャージがあるとのこと。1992年に「こころ酒」で初出場以来、2006年まで15年連続15回出場。2007年に落選したが、2008年に返り咲きを果たした。その後2009年、2010年は再度落選していたが、2011年には再び返り咲きで再出場が決定した。2004年はコーナーの形を取り藤、長山洋子、鳥羽一郎、細川たかしの順で歌唱したため、対戦相手がいない。
出典:wikipedia
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