全祖望(ぜん・そぼう、1705年-1755年)は清朝中国の儒学者。字は紹衣。号は謝山。鄞県(浙江省寧波市鄞州区)の出身。生まれつき異常な天稟を持ち、14歳の時に博士弟子員に選抜され、16歳で郷試に応じその古文を査初白に認められ、19歳の時に天一閣に登用され、そこの書物を研究した。1729年に貢生に推挙され、北京におもむき侍郎・方苞に上書したことで知られ、順天郷試にあげられ侍郎・李紱はその文を大いに嘆賞したという。1736年に博学宏詞科に推薦され、その春に進士となり、翰林院庶吉士となったが、博学鴻詞の試験はふたたび受けなかった。1737年に知県に左遷されたので故郷にもどり、二度と官職には就かなかった。以後は病と貧困の合間に学究生活を続け、天一閣・戢山・端渓などの諸院で諸士の教育に努めた。全祖望の性質は剛直で気概を尊び、節義を表彰することを好んだ。黄宗羲に信服していたため、官職を辞めてから『宋元学案』を増修した。また『水経注』を7回校閲し、『困学紀聞』に3回注釈を加えた。主要な著作には以下のものがあるが、これらはいずれも『鮚埼亭集』(38巻『外編』50巻『年譜』1巻,坿『全謝山先生経史問答』)に収められており、近年には『全祖望集彙校集注』(朱鑄禹彙校集注,上海古籍出版社,2000年)と『全祖望鮚埼亭集校注』(詹海雲校注,鼎文書局,2003年)などの校点本(整理本)も刊行され利用が便利になった。
出典:wikipedia
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