ポール・モーリア(Paul Mauriat、1925年3月4日 - 2006年11月3日)は、フランスの作曲家、編曲家、指揮者、ピアニスト、チェンバロ奏者。特に日本では「ラブ・サウンドの王様」と呼ばれ、イージーリスニング界の第一人者として有名。モーリアがレコードデビューしたRGMレーベルからBEL AIRレーベルに至る時期には、それ以降に見られるサウンド面での顕著な特徴は見られていない。対するに、フィリップスに移籍してスタートした、世に知られる「ポール・モーリア・グランド・オーケストラ」では、1965年の移籍当初から他のオーケストラとの差別化を図るべく、それまでポピュラー音楽では使用される機会が少なかったチェンバロを積極的に起用してバロック音楽的な手法を採用した上で、ピアノやギターとの組み合わせで同一旋律を演奏させるなどによって音色を特徴づけている。レコーディング・エンジニアとしてが参加した1969年以降は、ドラムスをステレオ収録したり、ブラス・セクションをオンマイクで収録するなどにより、リズムセクションを中心にクリアーなサウンドが実現されている。さらに、1972年にモーリアのアシスタントとしてジェラール・ガンビュスが加入すると、電子楽器の一層の積極的導入が図られ、それまでピアノと同一旋律を演奏していたチェンバロに代わってエレキ・チェンバロやシンセサイザーが用いられるようになり、ガンビュスによるリズム・セクションのアレンジと相俟って、他のオーケストラと一線を画した、いわゆるポール・モーリア・サウンド が確立される。1980年代半ば以降のスタジオ・レコーディングでは、トランペットやトロンボーンなどで演奏される旋律を、ジル・ガンビュスがプログラミングしたシンセサイザーに移行されるケースが多くなった。1990年代に入ってポニーキャニオンに移籍してからは、一部を除いてストリングスをロンドンのエンジェル・スタジオでイギリス人奏者を起用して録音された。※収録アルバムは日本発売オリジナル盤を元に記述している。なおカッコ内は原題。本節では、ライブ・レコーディングの項を除き、モーリア自身の指揮を前提として開催された来日公演に限定して記述している。レーモン・ルフェーヴルが『カデ・ルーセル』を自身のコンサートのテーマ曲に固定していたこととは対照的に、モーリアは来日年度により楽曲を変更していた。また、緞帳が上がる時点で『イントロダクション』 が演奏され、その後にモーリアが登場としてオープニング楽曲が演奏されることが多かった。上記の商品化を前提とした収録とは別に、テレビやラジオの番組としてコンサート中継やスタジオライブが下記年度の公演について放送されている(初回放送日のみ表記)。このほかコンサート中継が1974年・1976年・1979年・1980年・1981年・1983年・1985年の各年でFM番組として放送されている。
出典:wikipedia
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