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ジョッフル級航空母艦

ジョッフル級航空母艦(ジョッフルきゅうこうくうぼかん、Joffre)は、フランス初の正規空母の艦級。1935年にイギリス・ドイツ間で結ばれたはフランス海軍に衝撃を与えた。この協定によりドイツは3万8500トンの航空母艦建造枠が与えられ、少なくとも1万9000トン級の空母二隻が建造できることになるからである。この時点でフランスの持つ航空母艦は戦艦から改装された「ベアルン」一隻のみで、もしもドイツと戦争になった場合に大西洋での洋上航空戦で不利に陥る恐れがある。また、ドイツは同協定の翌年には実際に航空母艦の建造を開始し始めているのである。(後の「グラーフ・ツェッペリン級」である)そのため、フランス海軍も対抗上から1937年に10年ぶりに計画を開始して1938年に基準排水量1万8000トン級航空母艦3隻の建造を開始、これが本級「ジョッフル」級である。しかし、本級の建造は第二次世界大戦勃発により遅延し、1940年6月のドイツによるフランス占領で中断された。この時点でドイツもまだ空母を完成させていなかった為に、欧州戦線はその後独ソ戦による陸上戦が中心となり、想定されていた空母同士の海戦は最後まで起きなかった。結果的には日本海軍とアメリカ海軍によって、太平洋戦線において空母同士の世界初対決が実現したが、ドイツ軍がMe-262を実戦投入する事に成功した欧州戦線と異なり、戦争終結時までレシプロ機のみを主力艦載機としていた日米両海軍は、従来型の空母のみを保有していた。完成に近い状態で終戦を迎え、戦後の引き揚げ輸送船として活躍した葛城も、その設計は従来型であり、アングルドデッキを採用した空母ではなかった。アングルドデッキによる艦載機の発着は、結局第二次世界大戦終結までには実施されず、その後の冷戦時代にアメリカ海軍によって実用化された。蒸気カタパルトとアングルドデッキ形式を組み合わせる事で、キティホークなどの戦後主要空母は大幅に戦略的価値を高めた。、一号艦ジョッフルは進捗率わずか20%で解体され、二号艦パンルヴェは起工さえしなかった。船体形状は戦艦の船体を流用した前級とは違い、フランス近代巡洋艦の様なスマートな船体形状になっている。船体構造は水面から乾舷までの高さがある中央楼型船体である。そしてシアの付いた艦首甲板から航空機格納庫がせりあがり、格納庫右舷部の前後に航空機積み込み用のクレーンが立ち、その上に飛行甲板へと続く。飛行甲板右舷部には艦橋構造と一体化したファンネル付き直立煙突が一本あり、前後を挟むように「1932年型13cm(45口径)両用砲)」を連装砲塔で背負い式で2基ずつの計4基配置される。上部構造物と両用砲塔の間に「1933年型37 mm(50口径)機関砲」を連装砲架で前に2基、後部主砲塔の前に2基ずつの計4基配置される。飛行甲板は右舷に寄せられた上部構造物のため約5mほど左舷に向けてずらされ、左舷から5.1mほど張り出される。飛行甲板上にはイギリス航空母艦のようなT字型のエレベーターが前後に1基ずつの計2基が配置された。飛行甲板後端部には水上機運用のための大型のクレーンが付き、海面から水上機を艦尾の昇降機に載せて飛行甲板まで上げられた。主砲には同世代の「ダンケルク級戦艦」の副砲にも採用された「1932年型13 cm(45口径)砲」を採用した。これを軽量な装甲の施された砲塔構造にした。この砲は欧州でも先見性のある対水上・対空両方共に使える両用砲で、砲身を電動と主動で俯角-5度から仰角75角まで自在に上下でき、どの角度でも装填が出来た。発射速度は毎分10~12発とまずまずの発射速度である。他に「1933年型37mm(50口径)機関砲」を連装砲架で4基、「1929年型13.2mm(50口径)機銃」を四連装砲架で6基装備する予定であった。機関はこの時期のフランス海軍艦艇で広く採用されたインドル式重油専焼缶8基とパーソンズ式ギヤードタービンを組み合わせ、最大出力125,000 hp、速力33ノットを出す予定であった。計画航続性能は20ノットで7,800海里、33ノットで3,000海里を走ることが出来るとされた。

出典:wikipedia

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