志摩スペイン村(しまスペインむら)は、三重県志摩市磯部町坂崎にある複合リゾート施設。近畿日本鉄道(近鉄)が、総合保養地域整備法(通称:リゾート法)の施行に合わせ1988年に策定された「三重サンベルトゾーン」構想に基づき、三重県志摩郡磯部町(現・志摩市)の協力を得て開発した施設で、テーマパーク「パルケエスパーニャ」を中核施設に、ホテル志摩スペイン村、天然温泉「ひまわりの湯」の3施設で構成されている。開発当初は、リゾートマンションやコテージ等を多層的に展開するレジデンシャルゾーンの開発計画もあったが現在は凍結されている。近鉄が志摩半島での観光開発に着手したのは、伊勢志摩エリアが1946年に国立公園に指定されたのがきっかけである。1951年には戦後初のリゾートホテルである志摩観光ホテルを賢島に開業、そして1960年代初期には東京オリンピック開催に合わせ、ゴルフ場や別荘地等を開発するために広大な土地の取得を始めていた。しかし、本格的に開発が始まったのは1967年に策定された第3次輸送力増強5箇年計画発表以降である。この計画は、1970年の大阪万博の来場者を伊勢志摩まで誘致する目的で、当時孤立線であった近鉄志摩線(25.4km)を近鉄山田線と接続する鳥羽線(13.2km) を新たに建設し、合わせて志摩線を標準軌化することで、大阪・京都・名古屋から賢島まで特急列車の直通運転を可能にするものであった。この工事は1970年1月に完成し、同年3月に開通した。これにより万博からの周遊客などの利用により近鉄特急の利用者数は大幅に増加した。しかし、1973年の伊勢神宮式年遷宮以降は期待されたほど特急利用者数は増えず、伊勢志摩への観光入込客数も1,300万人から1,400万人で停滞していた。このため、近鉄は1970年代半ばから伊勢志摩の観光入込客数の活性化策として、大規模なリゾート開発の策定に着手した。近鉄は、観光入込客数の停滞の要因を「伊勢神宮や鳥羽水族館、ミキモト真珠島という観光資源に過度に依存し、海産物をはじめとする食の豊かさに安堵し観光開発を怠ったため、若年層やファミリー層の観光ニーズに合わない旧来の観光地とイメージされていることに起因する」と分析し、これらの層も含め集客力の強いテーマパークを中心とした大規模なリゾート開発を決定した。当初、近鉄は志摩半島に点在する4ヶ所の社有地(合計開発敷地面積:522ha)を利用して、志摩線の複線化を軸とした複数のリゾートを開発する計画を持っていた。鳥羽市畔蛸(あだこ)町と相差(おおさつ)町にまたがる南鳥羽地区の社有地には分譲別荘・リゾートマンション・ペンション・コンドミニアム・ショッピングセンター・アミューズメント施設を、旧磯部町坂崎地区の社有地にはテーマパークを、旧阿児町横山地区の社有地にはゴルフ場を、旧阿児町国府地区の社有地には既存のゴルフコース沿いにマリーナやサーフスポット等の海洋レジャー施設の建設を、それぞれ予定していた。この計画に基づき、近鉄は1988年2月には三重県と国土庁に開発計画を届け出ている。そして地元との調整が整った場所から順次着工し、21世紀初めまでには志摩半島に一大リゾートを完成させる構想を抱いていた。しかし、バブル崩壊と共に景気動向の先行きが不透明となったことから、まずはリゾート法の適用を受け地元との調整も整っていた志摩スペイン村から開発することになった。志摩スペイン村計画自体も縮小化され、テーマパーク「パルケエスパーニャ」の開発事業費は、当初発表された680億円から、いったんは480億円へ、最終的には600億円へと変更されており、ホテル志摩スペイン村も客室数500室(100室を会員制/1200人収容)規模から約半分の252室に縮小された。また、開発事業費約500億円規模に及ぶ居住区域の同時開発も中止となった。志摩スペイン村開発計画にあたっては、自然環境の保全を原則に、基本理念を「こころの再発見」におき、テーマをスペインとした。バブル崩壊の社会情勢から「もの」から「こころ」へ。経済優先からゆとりという流れの中で、「伸びやかな空間のなかでゆったりとした時間を楽しく過ごす」ことのできる場所が求められるとし、これをスペインの人々のゆとりやおおらかさと、スペインの大地の豊かさ。これらの体験、共感を通して、「人間らしさの回復」や「こころの再発見」をすることを全体コンセプトとした。月刊レジャー産業やアミューズメント産業等の業界誌に掲載された開業当時の志摩スペイン村経営陣のコメント等によれば下記のような理由が上げられている。しかし、月刊レジャー産業(1994年6月号)に掲載された初代志摩スペイン村取締役社長である谷原武夫へのインタビュー記事によれば、志摩スペイン村開業当時の近鉄社長で志摩スペイン村開発推進者であった金森茂一郎(初代志摩スペイン村取締役会長)がテーマパークの開発にあたって文化性を強く出す方向性を示唆した。これに基づきコンセプトを策定した結果、日本ではスペインはあまり紹介されていないが、カルメン、ドンファン、闘牛、ドン・キホーテ等いろいろと日本人になじみのある話題が意外に多い点に着目し、スペインという国をテーマとし文化性の強いテーマパークを作り上げようと結論づけた。ただし谷原は「それじゃなぜスペインかということですが、ほかではあまり取り上げられていないからというだけではちょっと説得力が弱いかと思いますが、一番ポピュラーな説明としましては、スペインに関して日本人が持つイメージはというのは、明るい太陽と海辺というものが一つのイメージだろう。志摩というイメージが大体合致している。そういうことで良いのではないか思いました。」とも述べている。志摩スペイン村の開発エリアは全て伊勢志摩国立公園内で、自然公園法による「規制計画」等で無秩序な開発や利用を防ぐ特別地域に指定されていた。このため、開発当初に開発できたのは開発面積全体の約30%程度で、一時的に工事で伐採した緑地についても新たに植栽し緑地に戻したほか、テーマパークでは第1駐車場の一部(現在のピレネー部分)を芝生化した駐車区画を設けたり、コロシアムの座席周りに芝生を張るなどして緑地化率を高める工夫がされた。また、先のスペインをテーマに選定した過程を述べた月刊レジャー産業のインタビューで「この地域全般の特色ですが漁業権が非常に確立しています。畑のような感覚ですね。畑の中にむやみに立ち入れば叱られる。養殖漁業のために海が使えない傾向をもっていますが、なんとか漁業権との調整をとって将来的にはマリンレジャーも提供できればありがたい」と述べている。しかし、当初計画案があった近鉄志摩磯部駅から志摩スペイン村への定期航路計画は頓挫し、ひまわりの湯を開業するにあたっても海洋への温泉の排水が及ぼす海水濃度への影響で、養殖をはじめとする漁業補償問題のため本来は掛け流しが可能な湯量があるひまわりの湯だが循環ろ過式での営業となるなど現在でもマリンレジャーを開発できる状況には至っていない。志摩スペイン村の全体開発面積は113haで、東京ドーム(建設面積4.67554ha/グラウンド面積1.3ha)に換算すると約24個分(テーマパーク部分だけでも約7.2個分)にも相当する広大なもので、その内100haについては近鉄が1960年代初期に取得した物である。しかし、上下水道や道路などインフラストラクチャーが未整備のため非常に簿価が低い社有地であり開発が中止されていた(志摩スペイン村開発にあたっては、取得済みの社有地100haの他に、周辺の13ha程の敷地を、国土法の特定民間施設の申請をして新たに取得している)。全体計画面積 113ha伊勢志摩国立公園内に立地するため、開発段階から高度の生活処理排水施設やゴミ焼却施設を導入し環境対策が行なわれているが、近年は環境対策について地球温暖化対策推進法や食品リサイクル法をはじめ、ごみ焼却時のダイオキシン処理、2003年のロンドン条約(日本国内では2007年度に廃棄物処理法が改定される。)で禁止される汚泥の海洋投棄など、開業当初より高い基準に対応するため新たな処理施設が導入されている。また、三重県生活環境の保全に関する条例第9条第1項に基づく地球温暖化対策計画書を2005年7月1日に県に提出し、三重県地球温暖化対策推進計画の2010年度までに温室効果ガスの排出量を基準年度(2000年度)から14%削減を目指している。生活排水については公共機関と同様の第3次処理まで行って無公害の水に処理しているが、その処理能力は国や県の排水許可基準を大幅に下回っている。また、処理水はトイレの洗浄水や緑地への散水処理等に2次利用し海洋への排水はほとんどされていない。※水質汚濁防止法 : BOD、CODは120ppm以下、SSは150ppm以下(三重県の条例は、BOD、CODは20ppm以下、SSは70ppm以下)。開業当初より稼動しているごみ焼却施設については、2001年にバグフィルターを導入しダイオキシン濃度を大幅に減少させている。※ダイオキシン対策特別措置法による排ガス濃度基準:10ng-TEO/3N以下志摩スペイン村内で使用する年間消費電気量の60%程度を自家発電しており、電力会社からの送電より電力消費ロスが少なく、発電効力が大きいため、使用電力量の削減も可能となった。また廃熱は隣接するシーズンインアミーゴスの温水に利用されており、二酸化炭素の排出量を年間で約250t前後削減している。施設が出来るまでは志摩スペイン村内で廃棄される年間約500tの生ごみは焼却処理されていたが、生ごみは通常のごみ焼却より燃焼効率が落ちるため重油消費量が多かった。しかし、施設完成により重油消費量が削減できたため、燃焼に伴うダイオキシンの発生や二酸化炭素の発生を低くすることが可能となった。また、生活廃水処理の際に発生する汚泥(排水処理工程で発生するバクテリアの死骸。)についても、汚泥脱水処理機を導入しスポンジ状の脱水ケーキとし、ゴミ堆肥プラントにてバクテリアとあわせて肥料とし村内の植栽の土壌改良剤として使用されている。1995年11月に発表された三菱総合研究所による、志摩スペイン村の社会・経済効果についてのレポートでは、開業後1年間の生産誘発額は全国で9,854億円とされている。志摩スペイン村建設費、鉄道投資などを含む開業1年後までの総投資額は2,824 億円で、開業前に第二次産業を中心に4,578億円、開業後にサービス業、商業を中心に5,276億円の生産が全国で誘発されたとしている。そのうち、三重県内への生産誘発額は6,164億円で、三重県の1992年度産出額15兆2千億円の4.0%を占めた。三重県観光レクリエーション入込客数推計書によれば、1994年度の伊勢志摩国立公園の入込客数は、志摩スペイン村の開業と伊勢市で開催された「まつり博・三重」による入込客増で1千953万7千人と前年より445万7千人も増えたが、翌年には1千416万9千人まで減少し、1999年度以降は約1千万人程度に落ち込んでいる。2005年度の県全体での観光レクリエーション入込客数は4千469万5千人(2004年度:4千396万4千人)で、伊勢志摩国立公園は23.4%(2004年度:23.1%)にあたる1千45万6千人(2004年度:1千17万3千人)を集客している。その内訳は、伊勢神宮が565万9千人(2004年度:546万人)で54.1%(2004年度:53.7%)、志摩スペイン村が156万8千人(2004年度:179万8千人)で15%(2004年度:17.7%)、鳥羽水族館が87万7千人(2004年度:95万1千人)で8.4%(2004年度:9.3%)を集客しており、愛知万博の影響で伊勢神宮を除き入込客数が減少したが、それでもこの3施設で伊勢志摩国立公園の入込客の77.5%(2004年度:80.7%)を集客している。また、県内の主要有料観光施設で百万人以上集客しているのは、長島温泉の448万5,000人(2004年度:446万人)をトップに、鈴鹿サーキットの245万3千人(2004年度:246万3千人)、志摩スペイン村の156万8千人(2004年度:179万8千人)までとなっている。※ 志摩スペイン村、長島温泉、鈴鹿サーキット等の入込数が、季刊エンターテインメントビジネスや三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる「東海3県主要集客施設・集客実態調査」等と異なるのは、県観光レクリエーションのみ集計期間が1月から12月までの年度単位で集計するのに対し、民間企業の発表数は事業年度の4月から翌年3月(志摩スペインは3月から翌年2月)までで集計しているため。近鉄は2006年7月25日に「近畿日本鉄道・志摩スペイン村関連事業の再編」を発表したが、内容は減損処理会計導入に伴う資産の買上げ等の支援策の際に複雑化した志摩スペイン村関連資産(テーマパーク、ホテル、温泉)の所有権と経営主体を整理し事業の効率化と債務の分離を目指したもので、テーマパークに関する資産を旧運営会社(株)志摩スペイン村から商号変更し、債務も含め資産管理会社となる志摩スペイン村土地建物(株)と近鉄に移譲し、ホテル関連資産及び経営事業についても、2006年10月1日に(株)近鉄志摩ホテルリゾート(同年11月に解散)から近鉄レジャーサービス(株)に譲渡された。これにより志摩スペイン村関連事業の経営は全て近鉄グループのレジャー事業の中核企業である近鉄レジャーサービス(株)が受持つこととなり、同社が志摩エリアで経営する賢島宝生苑や志摩マリンランド等との効率的な運営を図れる体制が整った。近鉄レジャーサービス(株)は志摩スペイン村の中に実質的な本社を構えている(登記上本店は大阪上本町駅内)。尚 志摩スペイン村の運営は新たに設立された運営会社(株)志摩スペイン村が近鉄レジャーサービス(株)から全面委託され従業員も全員転籍している。 なお、志摩スペイン村土地建物株式会社は2009年10月29日付けで解散となった。集計期間:2009年度までは3月から翌年2月末までの事業年度ベースで集計されていたが、2010年度からは2月の休園日あけから翌年の休園日前日までの事業年度ベースでの集計に変更されている。入園者数データは、(株)志摩スペイン村広報資料及び季刊エンターテインメントビジネス(旧AMビジネス)を参照。スペイン語で「パルケ」は公園、「エスパーニャ」はスペインの意味で、直訳すればスペイン公園。パーク内は4つのエリアで構成され、スペイン各地の建物をモチーフとした街並みやアトラクションが配置されており、スペイン人エンターテイナーによるショーやパレードもある。スペインの代表的な文芸作品『ドン・キホーテ』をベースに、動物達をモチーフにした新しい物語を設定。メインキャラクターは、勇気と冒険心にあふれるドンキホーテとそのパートナーであるサンチョパンサ、その他に5人のファミリーキャラクターが設定されている。製作は当初、バルセロナオリンピックのマスコットキャラクター・コビーをデザインしたスペイン人画家のハビエル・マリスカルを予定していたが、スケジュール面で折り合わず、アメリカ・ロサンジェルス在住のデザイナーのトビー・シェルトンに依頼した。トビー・シェルトンは現在はディズニーのOVA製作にも参加しており、オリジナルDVDアニメ『アラジン〜ジャファーの逆襲〜』では、監督として製作の指揮を取っている。なお、1996年から数年の間、親会社・近畿日本鉄道(近鉄バス)の高速バスにもキャラクターが描かれていたが、2000年代に順次塗装変更され使用をやめている。三重交通は開業時に運行開始した東京 - 志摩スペイン村線(現在は鳥羽までに短縮)にキャラクターを描いたバスを運行していた。防長交通や名阪近鉄バスの高速バスにも描かれた。白壁・オレンジ色の屋根という、アンダルシア地方をイメージした外観のリゾートホテル。パティオ(中庭)を取り囲み、ロビー・宴会場棟と、3つの客室棟がロの字に建つ。また、コルドバ、セビリア、グラナダと名づけられた各客室棟にもパティオがあり、客室は全て40m以上で、リゾートホテルにふさわしくゆとりをもった作りとなっている。開業から1997年3月までは志摩観光ホテル(株)が営業権をもち運営していたが、1997年4月に旧(株)志摩スペイン村に営業権が譲受される。この直営化により、テーマパークとホテル間に直接往来ができる連絡ゲートが開設されるが、2003年に近鉄によるホテル志摩スペイン村の減損処理に伴い、新たに設立された(株)近鉄志摩ホテルリゾートが経営し旧(株)志摩スペイン村が経営受託した。しかし、2006年7月25日に発表された近鉄による志摩スペイン村事業再編により、(株)近鉄志摩ホテルリゾートは2006年10月1日をもって事業を近鉄レジャーサービス(株)に譲渡し11月で解散した。現在のホテル運営は新たに設立された運営会社(株)志摩スペイン村に委託されている。低料金のB&B形式(Bed and Breakfast)のホテルとして、近鉄志摩磯部駅前に「リゾートイン磯部」、駐車場そばに「シーズンインアミーゴス」がある。後者は、その名のとおり季節営業である。両ホテルとも従業員寮として建設された物である。その他、同じ近鉄グループの志摩観光ホテル・賢島宝生苑が、2005年よりオフィシャルホテルに指定される。ボーリングにより地下約1,800mから湧き出す38.6度の温泉で、泉質はアルカリ性単純温泉。1分間に160リットルの湧出量がある。名湯として有名な由布院温泉(大分県)や道後温泉(愛媛県)に似た泉質で、露天風呂やサウナ(女湯は塩サウナ)もある(加温・循環ろ過式)。当初は、セルフサービス式のレストランも運営されていたが、現在は閉鎖されている。2003年からホテル志摩スペイン村と共に、新たに設立された(株)近鉄志摩ホテルリゾートが経営し(株)志摩スペイン村が経営受託していたが、2006年7月25日に発表された近鉄による志摩スペイン村事業再編により、(株)近鉄志摩ホテルリゾートは2006年10月1日をもって事業を近鉄レジャーサービス(株)に譲渡し11月で解散した。現在の温泉運営は新たに設立された運営会社(株)志摩スペイン村に委託されている。2006年2月決算時テーマパークの経営、ホテル・温泉施設の運営受託三重県志摩市磯部町坂崎字下山952-49千万円(2006年2月)※資本金増減※1 - 投資有価証券の売却益で最収益を計上。2月1991年(平成3年)5月15日299人(男性社員203人/平均年齢37.9歳、女性社員96人/平均年齢33.2歳)※データは、(株)志摩スペイン村広報資料及び近畿日本鉄道(株)IR資料、日経テレコン21、帝国データバンクを参照。
出典:wikipedia
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