日枝 久(ひえだ ひさし、1937年12月31日 - )は、日本の実業家。株式会社フジ・メディア・ホールディングス代表取締役会長、株式会社フジテレビジョン代表取締役会長。2011年9月1日より東京文化会館館長、同年10月20日より公益財団法人東京都歴史文化財団(アーツカウンシル東京)理事長。東京都生まれ。株式会社フジテレビジョン(現フジ・メディア・ホールディングス)代表取締役社長、社団法人日本民間放送連盟会長、日本美術協会代表理事(会長)などを務めた。旭日大綬章叙勲。1961年、早稲田大学教育学部を卒業、フジテレビジョンに入社。大学内のイチョウの木の下のベンチでまどろんで(出典まま)いたところ、たまたま通りかかった先生からフジテレビを推薦されたことがきっかけで、創業期のプロパー社員となった。労働組合の結成に奔走し、書記長に就任。25歳定年制だった女性社員の待遇改善を組合結成の重要な大義としたため、吉永小百合が同社非プロパーの年長社員と結婚したことに衝撃を受けたあげ句の人気とりだと謗られ、人事でも左遷されたが腐らずに意欲的に働いた。1980年5月に編成局長に就任。1983年6月に取締役編成局長となる。1986年6月、常務取締役総合開発室担当に就任。1988年6月、代表取締役社長に就任。2001年6月、フジテレビジョン代表取締役会長に就任。また、2003年4月から日本民間放送連盟会長を務めた。2008年10月、認定放送持株会社となったフジ・メディア・ホールディングスの子会社として新設されたフジテレビジョンの会長に就任。2009年の役員報酬は1億7100万円、2013年の役員報酬は1億6700万円。2010年2月25日、マルチメディア・マルチチャンネル時代に日本の放送産業発展をリードし、日韓間の文化コンテンツ産業発展などに寄与した功労が評価され、高麗大学校より名誉経営学博士号が授与された。また、同年4月には早稲田大学からも名誉博士号を授与された。2013年11月に旭日大綬章授与。2014年にはイギリスより大英帝国勲章ナイト・コマンダー章を授与。フジテレビ編成局長時代に『オレたちひょうきん族』のコーナー「ひょうきん懺悔室」に出演し、水をかけられた事がある。ある会合の席で日枝と同じく少年時代にボーイスカウトだったソニーのハワード・ストリンガー会長と一緒になったとき、ネッカチーフがわりに首にナプキンを巻きつけ、スカウトの敬礼である三本指を立てたところ意気投合したと語るほどのスカウトびいきである。度々安倍晋三と会食したり、山梨県のゴルフ場でゴルフをしている(日々の首相動静を参照)。安倍は逆にフジテレビやニッポン放送の番組に出演しており、他の新聞社より夕刊フジの独占インタビューに応じることが多く、甥はフジテレビに入社した。また、産経新聞社出身の森喜朗元首相とは盟友関係にある。2005年3月、日枝が代表取締役を務めるフジテレビジョン(旧会社)の最大株主でありフジサンケイグループの中核企業であるニッポン放送の経営権を危うくしたことについて、日枝の経営責任の可能性をBloombergは示唆した。ライブドア事件で、ライブドアの第三者割当増資を引き受けたフジテレビはライブドアに損害賠償を提起したが、雑誌『AERA』記者の大鹿靖明は、フジテレビが増資を引き受ける際に1ヶ月もかけて資産査定をしたのに、ライブドアの自社株還流スキームを見つけられなかったことに疑問を呈している。実際、日枝はそのことを問われたが、「法務、財務の専門家にきちんとみていただいた。専門家の皆さんの名誉を傷つけることはできない」とだけ語ったという。2006年6月の第65回定時株主総会に出席した株主からも、ライブドア事件の影響による株価急落について経営責任を問う声があった。2005年9月にフジテレビはニッポン放送の完全子会社化を終了した。
出典:wikipedia
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