伊奈忠盈(いな ただみつ、安永5年(1776年) - 没年不詳)は、江戸時代の旗本。伊奈忠治の三男伊奈忠重の子孫、伊奈忠利の長男。母は渥美友将の娘。通称、小三郎。妻は大久保教近の娘。寛政4年(1792年)3月9日、伊奈氏当主の伊奈忠尊は勤務中の不行跡、家中不取締りの罪で改易された。忠尊の義弟の伊奈忠善も連座となっていたが、享和3年(1803年)に許されたもののほどなくして没した。これにより、伊奈氏本家は後継がいなくなった。幕府は伊奈氏歴代の功績を考え、伊奈氏分家の忠盈(当時17歳)に新知として武蔵国秩父郡および常陸国信太郡内1000石を与えて伊奈氏の名跡を継がせ旗本に列し、小普請とした。
出典:wikipedia
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