飛田遊廓(とびたゆうかく)は、大阪市西成区の山王3丁目一帯に存在した遊廓、赤線。大正時代に築かれた日本最大級の遊廓と言われた。現在もちょんの間が存在し、通称飛田新地(とびたしんち)と呼ばれる。1958年の売春防止法施行以後は料亭街『飛田料理組合』となっているが、現在も転向以前の雰囲気を残している。大部分の「料亭」は看板は料亭であるが、営業内容は1958年以前と何ら変わりがない。表向き料亭に転向することにより、料亭内での客と仲居との自由恋愛という脱法行為として売春防止法を逃れられたためである。同様に大阪府内には松島新地(西区)、今里新地(生野区)、信太山新地(和泉市)や滝井新地(守口市)等、現代に生き残った旧赤線がある。現在料亭(本来の料亭)として営業している「鯛よし百番()」は、大正中期に遊廓として建てられた建物を使用しており、2000年に国の登録有形文化財となった。2015年9月23日放送の探検バクモン「ニッポン労働ブルース~人情編~」にて町並みが放送された。1912年(明治45年)1月16日、難波新地乙部遊廓が全焼するミナミの大火が発生。廃業・移転を迫られた業者たちによって阪南土地建物会社が設立され、阿倍野墓地北西の低地に代替地を求め、1916年(大正5年)に築かれた。規模は、22,600坪。1918年(大正7年)には既に100軒あまりの妓楼が並んでいた。妓楼の数は昭和初期には200軒を超える。花街も戦災を免れた唯一の廓である。戦後にいわゆる赤線となった。かつて飛田料理組合の顧問弁護士を務めていた大阪市長の橋下徹は、2013年5月27日に日本外国特派員協会において、取材した記者が「名称は『料理組合』かも知れないが、飛田は、お店の2階に上がってお金を払えば買春できることは、大阪のちょっとませた中学生なら誰でも知っている。中学生が聞いて、『橋下さん、うそついてはるわ!』と思うような詭弁を弄してひとりの政治家として恥ずかしくないのか」と問いただしたのに対し、「日本において違法なことがあれば、捜査機関が適正に処罰する。料理組合自体は違法でもない」、「違法なことであれば、捜査機関が行って逮捕されます。以上です」などと述べ、売春の実態の有無には直接的に触れず、料理組合それ自体には違法性がないという点のみ説明している。
出典:wikipedia
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