世界の記憶(せかいのきおく、)は、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)が主催する事業の一つ。危機に瀕した古文書や書物などの歴史的記録物(可動文化財)を保全し、広く公開することを目的とした事業である。俗に世界記憶遺産(せかいきおくいさん)とされ、世界遺産・無形文化遺産と合わせ「ユネスコ三大遺産事業」と呼ばれていたが、英語の正式名称に遺産を意味する「」などが含まれていないことから、現在は「世界の記憶」と改められている。人類が長い間記憶して後世に伝える価値があるとされる記録物を、ユネスコ事務局長が任命する委員14名によって構成された国際諮問委員会 (ICA) を通じて1997年から2年ごとに登録事業を行っている。ユネスコ内部では、情報・コミュニケーション局情報社会部情報アクセス・保存課が担当部署。歴史的記録物は人類の文化を受け継ぐ重要な文化遺産であるにもかかわらず、毀損されたり、永遠に消滅する危機に瀕している場合が多い(文化浄化)。このため、ユネスコは1995年、記録物の保存と利用のためのリストを作成して効果的な保存手段を用意するために「世界の記憶 (Memory of the World)」事業を開始し、記録物保護の音頭を執っている。事業の主要目的は、世界的な重要性を持つ記録物の最も適切な保存手段を講じることによって重要な記録物の保存を奨励し、デジタル化を通じて全世界の多様な人々の接近を容易にし、平等な利用を奨励して全世界に広く普及することによって世界的観点で重要な記録物を持つすべての国家の認識を高めることである。「世界の記憶」と呼ぶと歴史的出来事自体を登録するように誤解されがちだが、歴史的出来事を検証・顕彰できる一次記録物が対象であり、ユネスコでも the documentary heritage と称していることから、世界の記録とした方が意味合いとしては適切で、韓国では記憶()でなく記録()としている()。審議は非公開であり、国家間で見解が異なる係争中の資料を密室審議することへの批判もあり、ユネスコの中立性・政治的利用が懸念されている。このことはユネスコも認めており、日本の異議申し立てもあり制度改革が進められている。当初、日本政府は「世界の記憶」に強い関心を示さなかったが、純粋な民間主導で実現した山本作兵衛の炭鉱画の登録を契機に、これを世界遺産に匹敵する価値のあるものとして喧伝し、ユネスコの国内機関を兼ねる文部科学省は、英語名 Memory of the world を、上記の the documentary heritage といった表現も踏まえて「世界記憶遺産」と訳した。しかし、2014年に中国政府が推薦した南京事件関連史料が登録されると、これに強く反発した日本政府はあらためてこの訳語を見直し、世界遺産ほどの価値はないものであることを明示するため、英語名の直訳である「世界の記憶」を公式の訳語とした。選定基準は世界歴史に重大な影響をもつ事件・時代・場所・人物・主題・形態・社会的価値を持った記録物を対象とする。記憶遺産の申し込みは原則的に政府および非政府機関を含むすべての個人または団体ができるが、関連地域または国家の委員会が存在するのであれば、その援助を受けることができる。申請権は対象記録を所有する事象当事国に限られる(事象と記録が複数国に跨る場合は双方の合意の上)。まず、申請者はユネスコ本部内の一般情報事業局に申込書を提出して1次検討を受けるが、審議は1国で2件までであり、日本の例では3件以上の申し込みがあれば、ユネスコから国内委員会へ2件に絞り込むよう照会が行われる。審査を担う国際諮問委員会の委員は、ユネスコの「公共図書館宣言」を遵守する国の公文書館(ユネスコ「図書館統計の国際的な標準化に関する勧告」に定義される)やワールド・デジタル・ライブラリーへ参加する図書館の司書などが多い。委員に求められる資質は、国連出版物の編纂や国際的な図書普及啓蒙活動に関与した実績、典籍研究が広く評価されていることなど。国際図書館連盟 (IFLA) や国際文書館評議会 (ICS) からの推挙もある。但し、登録可否の最終決定はユネスコ事務局長が行う権限があり、2015年審査分にパレスチナが申請した が、余りにも反ユダヤ主義的で文化摩擦を招きかねないと、イリナ・ボコヴァ事務局長の判断から、除外された例もある。なお、登録されるとユネスコから給付金が支給される。記憶遺産の選定における基準は以下のとおりである。記憶遺産の対象となる歴史資料は、世界遺産同様にが重要であり、これは言い換えれば『信憑性がある』ということになる。また、近現代史資料に関しては記録の客観性も評価の対象となる傾向がある。2013年に登録審査されたシンガポール申請の録音テープ媒体「日本占領下の証言集 ()」は、戦後かなり経ってからの回顧録で、客観性に欠けるとの理由から不登録となった。ユネスコが定義する記録物とは、1978年に採択した「可動文化財の保護のための勧告」で、(vi) 美術的に重要な物件:独創的創作手段としてのポスターおよび写真、あらゆる材料の独創的美術的なアセンブラージュおよびモンタージュ、(vii) 肉筆および初期の活版印刷による古書・写本・書籍・文書または出版物、(ix) 原文記録、地図その他の製図上の資料を含む文書・写真・映画フィルム・録音物および機械によって解読できる記録、に該当するものとなる。世界遺産と無形文化遺産は申請国の法的保護根拠を必要とするが、記憶遺産にはそうした条件が求められない。また、歴史が浅くても構わず、例えば韓国の「光州事件の民主化運動に関する記録」は1980年、フィリピンの「ピープルパワー革命(エドゥサ革命)時のラジオ放送」は1986年、東ティモールの「ターニングポイント:国家誕生の時」は1999年 - 2002年にかけての出来事の資料が登録されている。世界遺産同様にトランスバウンダリー(国境を越えた複数国による共同申請)も推奨されており、2013年(平成25年)に登録された日本の『慶長遣欧使節関係資料』はスペインとの共同申請によるもので、民間と地方自治体主導で日韓共同による『朝鮮通信使関係資料』の登録を目指す動きなどもある。記憶遺産は登録後に対象物の追加や一部削除は可能であるが(実例なし)、登録全体を抹消することは出来ないことを松浦晃一郎前ユネスコ事務局長は指摘した。その後、制度改革が進められ、原本が失われた場合や、真正性が否定されることが確認できた場合には登録抹消も可能となった。世界各地からの多数の登録があり、2005年6月18日時点で57ヶ国120点、2009年7月31日時点では193点(35点追加)、2011年5月25日時点(第10回定期総会終了時点)では268点(75点追加)となった。なお、以下に記述する地域区分はユネスコの発表に準じたものであり、日本で通常的に用いられているものとは大きく異なるので注意が必要。例えば、トルコはヨーロッパに含まれ、エジプトやモロッコなどはアフリカではなくアラブ諸国に含まれる。サウジアラビアなどもアジアではなくアラブ諸国に含まれるが、一方で、オセアニアはアジアと同じ区分として扱われる。ヨーロッパおよび北アメリカ地域では、現在、145点が登録されており、特にドイツの登録数が多い。代表的な登録物件としては、子供と家庭の物語(グリム童話。2005年登録)、バイユーのタペストリー(バイユー・タペストリー美術館所蔵。2007年登録)、ニーベルンゲンの歌(2009年登録)、マグナ・カルタ(イギリス、2009年登録)、アンネの日記(アンネ・フランクによる文学作品)(2009年登録)、グーテンベルク聖書(2001年登録)、ベートーヴェンの交響曲第9番の自筆楽譜(ベルリン国立図書館所蔵。2001年登録)、共産党宣言及び資本論初版第1部(2013年登録)などが挙げられる。アラブ諸国を除くアジア、および、オセアニアでは、現在、42点が登録されている。中華人民共和国では、『黄帝内経』や『本草綱目』、故宮博物院所蔵の清代歴史文書や、雲南省の古代ナシ族が伝えるトンパ文字による古文書など、7点が登録されている。2014年、中国政府は南京事件および従軍慰安婦に関する資料の登録を申請した。このうち、南京事件に関する資料が2015年10月に登録された。長らく日本からは推薦が無く、事業そのものの国内における知名度も低かったが、福岡県田川市と福岡県立大学が共同で2010年(平成22年)3月、炭鉱記録画家・山本作兵衛が描き残した筑豊の炭鉱画など約700点の推薦書をユネスコに提出し、翌2011年5月25日、697点の作品が国内初の記憶遺産として登録された。一方日本国政府は、2012年3月までに日本ユネスコ国内委員会が推薦するとして、候補に『鳥獣戯画』や『源氏物語絵巻』などが挙がっていたが、2011年5月の記憶遺産選考委員会で国宝の『御堂関白記』と『慶長遣欧使節関係資料』について、日本国政府として初めての推薦が決まり、2013年6月に登録された。2015年の登録では舞鶴引揚記念館が所蔵する『舞鶴への生還 1945-1956シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録』と『東寺百合文書』を申請し、いずれも同年10月に登録された。なお、舞鶴引揚記念館資料寄贈者の木内信夫、安田清一はユネスコ記憶遺産としては日本初の生存作家となった。大韓民国では1997年に朝鮮王朝実録と訓民正音解例本がこのリストに登録された。2001年には朝鮮王朝時代に国家のすべての機密を扱った国王の“秘書室”と言える承政院で毎日扱った文書と事件を記録した『』(世界最大の連帯記録物であり、総数3,243冊・2億4250万字に及ぶ)がリストに登録された。2002年金碩洙(キム・ソクス)首相は「ユネスコが地球上の文字の中で、唯一ハングルのみを世界記録遺産に認定した」と発表した。2007年には『グーテンベルク聖書』より約80年古い世界最初の金属活字本と公認されているフランス国立図書館所蔵の『直指心体要節』(1377年、清州興徳寺にて印刷される)も登録された。2015年には、韓国放送公社の特別生放送『離散家族を探しています』が登録されるなど、2015年時点で13点と、現在、アジア太平洋地域では一番多く登録されている。大韓民国政府は、2015年に日本軍の従軍慰安婦関連資料を、ユネスコの世界記憶遺産に登録することを目指し『国際連帯推進委員会』を結成した。韓国が申請しようとしているのは、ナヌムの家が保管する資料が主体になるが、慰安婦像まで含まれる可能性もある。タイ王国では、同国の近代化に貢献したラーマ5世チュラロンコーン王の政策を記した文書が、2009年に登録されている。登録数は3。インドでは、リグ・ヴェーダや、ヴィマラプラバー(『時輪タントラ』の註釈書)、ティムール伝の原稿(ムガル帝国初代皇帝ティムールの生涯を描いた挿絵入りの手書き草稿)、ポンディシェリーのシャイヴァ文書、タミル医学文献コレクション、シャーンティナータ・チャリトラ、オランダ東インド会社のアーカイブなど、7点が登録されている。アラブ諸国における現在の登録数は8。アラブ諸国を除くアフリカにおける現在の登録数は8。南アメリカおよびカリブ諸国における現在の登録数は62。国際交流機関からの現在の登録数は3。世界の記憶にはユネスコ本部と国際諮問委員会が主導する「ワールド・コミッティ」(上記のもの)と、ユネスコ地域事務局と地域委員会による地域版の「リージョナル・コミッティ」、そしてユネスコ憲章が定める国内協力団体として各国政府が設置するユネスコ国内委員会が選定する国内版の「ナショナル・コミッティ」がある。地域委員会は現在、アジア太平洋、アフリカ、ラテンアメリカ・カリブ諸国の三つの区域がある。地域版も選定基準は世界版に準じるが、当該地域における重要性を重視する。アジア太平洋地域版に日本としては初となる登録物件として全国水平社の資料が登録されたほか、日本と共同歩調を取った韓国申請による水平社運動に連動した朝鮮衡平社の資料も登録された。また、シンガポールが世界版に申請し棄却された「日本占領下の証言集」が中国の支援をうけ地域版に再申請されたが、こちらでの登録にも至らなかった。国内版は日本では文部科学省内に設立した日本ユネスコ国内委員会が2010年に記憶遺産担当窓口を設けているが、選定は行っていない。具体的な国内版の世界の記憶を選定している事例としては、ベトナムの「ベトナム独立宣言」などがある。世界遺産・無形文化遺産とともにユネスコ三大遺産事業と形容される「世界の記憶」だが、決定的に違うのは世界遺産と無形文化遺産が条約に基づく保護活動であるのに対し「世界の記憶」は単なる選定事業に過ぎないことである。このことから、ユネスコ未加盟の台湾(中華民国)が2010年に甲骨文字コレクションを申請したものの受理されなかった経緯がある。ユネスコは1980年に「動的映像の保護及び保存に関するユネスコ勧告」を採択し、文書のみならず映像資料の保存にも乗り出しており、「世界視聴覚遺産 (Audiovisual Heritage)」として保護を呼び掛け、「世界の記憶」にも反映されている。
出典:wikipedia
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