呂温(りょ おん、772年 - 811年)は、中国・唐の詩人。河中(山西省永済市)の人。字は和叔。または化光(かこう)。貞元14年(798年)の進士。韋執誼・王叔文と親しく、左拾遺に抜擢された。貞元末年に侍御史として吐蕃(チベット)へ使者に立ったが、吐蕃では抑留して返さず、その間に順宗が即位し、王叔文の一党が時めいたので、呂温は不運を悲しんでいた。しかし元和元年(806年)に帰国してみると、王叔文の一党は追放されており、呂温は災難を逃れたばかりか、左拾遺に任ぜられ、戸部員外郎に進んだ。しかし宰相・李吉甫に憎まれ、友人・竇群(とう ぐん)の罪に連座して均州(湖北省)に流され、さらに道州(湖南省道県)・衡州(湖南省衡陽)に移された末、配所で死んだ。「唐詩選」(註解:前野直彬 版:岩波書店)
出典:wikipedia
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