袁(えん)氏は、漢姓のひとつ。中国に多く、朝鮮にもみられる。袁(えん)氏は、中国の代表的な姓のひとつ。河南省を発祥の地とし、四川、華北、江南にかけて幅広く分布する。袁姓を名乗る人は漢民族だけではなく、非漢民族の人々の中国姓としても珍しくない姓である。漢代には早くも四川の非漢民族で袁姓の首長があらわれており、また清代以降の満洲旗人にも袁姓を名乗る氏族がみられる。現在の中華人民共和国において袁姓の人口はおよそ650万人であり、総人口のおよそ0.5%を占める大族である。中国の全ての袁氏の遠祖は五帝のひとり、舜に遡るとされる。歴史書に伝えられる伝説によれば、舜の子孫である胡公満という人物が周の武王によって河南に封建されて成立した陳国の公族、轅濤塗が陽夏(現在の太康県)に領土を与えられ、その子孫が祖にちなんで袁を姓としたのに始まるという。轅濤塗以来の由来を誇る袁氏は、発祥地の陽夏が陳郡に属したことから普通には陳郡袁氏と呼ばれる。袁姓の人々が歴史上で数多く活躍し始めるのは前漢の頃からである。前漢の右扶風安陵の人袁盎は直言で名を馳せ、後に起きた呉楚七国の乱の鎮圧に一役買った。漢代には、陳郡の隣の汝南郡を本拠地とし、陳郡袁氏の同族を称する汝南袁氏が台頭する。汝南袁氏は中央政界の名門として4世代で5人の三公を輩出したが、後漢末の動乱で一族の高官が次々に非業の死を遂げ、さらに地方で群雄として台頭していた袁紹、袁術が相次いで没落するに及んで歴史の表舞台から姿を消した(但し、袁術の子孫は孫権に仕えた)。一方の陳郡袁氏は陽夏、扶楽など複数の家々に分かれて有力な貴族家門として着実に成長し、六朝時代から唐代末の9世紀頃まで名門貴族として繁栄した。その後も宋代の記録で約26万人、明代の記録で約53万人と着実に拡大し、現在では台湾まで含めて中国の各地に広がっている。袁(えん、ウォン、)は、朝鮮人の姓の一つである。2000年の国勢調査による韓国内での人口は元、袁、苑合わせて120,465人。
出典:wikipedia
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