王位継承法(おういけいしょうほう、)は、イギリスの王位継承について定めた法で、イギリスの憲法を構成する法典の一つである。歴史上何度か制定・改定されているが、特に言及されることが多いのは1701年に権利章典を改正して成立した王位継承法である。本項では以下、この1701年の王位継承法について説明する。1701年当時のイングランド王兼スコットランド王であるウィリアム3世には嗣子がなく、義妹アンとジョージ夫妻の子らが王位を継ぐことが期待されていたが、彼女の子らがことごとく夭折し、アン以降の国王最有力候補がアンの異母弟でカトリックのジェームズ老僣王となった。この老僣王の即位を阻むべく、王位継承法は制定された。この法によって定められた主な条項は、以下の通りである。これはジャコバイトの脅威が背景にあり、この王位継承法なくしてはアン女王の死後、名誉革命によって玉座を逐われたジェームズ2世の長男(アンの異母弟)ジェームズ老僣王に王位が移る可能性が強まったためである。この法によってカトリックを王位から締め出すと、カトリックが比較的多くステュアート家の発祥地であるスコットランドでは反発が起こり、スコットランド議会で1703年、スコットランドの王を自らで決するという安全保障法(the Act of Security)が成立した。これに対してイングランド側は交易の制限などの圧力をかけたため、スコットランドは経済的に追いつめられた。その結果、1707年に合同法が成立して、スコットランド議会は自らの解散を宣言、イングランドとスコットランドの合同によりグレートブリテン王国が成立した。1714年にアン女王が死去すると、王位継承法によってゾフィーの長男、ハノーファー選帝侯ゲオルクがグレートブリテン王に迎えられ、ジョージ1世として即位した。イギリス政府は、2011年のパース協定を受け、同年に王位継承法の部分改正の手続を開始した。具体的な改正内容は次の通りである。2013年王位継承法は、英連邦各国の法制におけるパース協定の実施と同時に、2015年3月26日より施行されている。この法律には人数制限や貴賤結婚の制限などはなく、上述の条件を満たしていれば、どれほど親等に隔たりがあっても王位継承権が認められる。そのため、エディンバラ公フィリップのように王位継承権第490位などという人物が世界中にいて、欧米のテレビや雑誌などで数百番台の人物がネタにされたり、半ば洒落で名刺に「イギリス王位継承権○○○位」などと記載している人物もいる。
出典:wikipedia
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