『誕生』(たんじょう)は、日本のミュージシャンである尾崎豊の5作目のアルバム。英題は『"BIRTH"』(バース)。1988年9月に2年9か月ぶりのアルバム『街路樹』をリリースし、9月12日には東京ドーム単独公演を実施した尾崎であったが、東京ドーム公演の3日後には所属事務所のマザーエンタープライズとの決別を決意する。しかし、契約上は残り1年分が残っていたため正式な決別は1年後となった。それ以降、尾崎はマザー・エンタープライズとは一度もコンタクトを取る事はなかった。尾崎は再びかつてのプロデューサーである須藤晃との共同製作を希望し、古巣であるCBSソニーへの移籍を検討していた。また、この当時に『月刊カドカワ』編集長であった見城徹と再会し、見城の勧めにより『月刊カドカワ』誌上で小説の連載を始める事となる。マザーエンタープライズとの契約が1年間残っている以上、他社での音楽活動は行う事ができないため、この期間は小説の執筆やインタビューを受ける事しかできない状態であった。1989年7月には第一子である尾崎裕哉が誕生。この時期の尾崎は親友である吉川晃司に子供の写真を見せたり、子供の靴を大切そうに扱っている姿を見せ、吉川は「子供の話をする時は、本当に嬉しそうだった」と語っている。その影響もあり、本作には夫人や子供の事を題材にプライベートを歌った曲が多く存在し、またアルバムタイトルとして使用される事となった。その後、音楽事務所を浜田省吾の在籍する「ROAD & SKY」に移籍。レコード会社もかつてのCBSソニーへと復籍し、須藤との共同製作が可能となった。この作品は生前に発売されたオリジナルスタジオアルバムとしては最初で最後の2枚組作品となった。なお、尾崎はリリース直前に収録されたラジオで「LAST TEENAGE APPEARANCE」ツアーでした約束をこのアルバムで果たせる」という内容を言っている。プロデューサーは尾崎本人が担当している。初期3作のプロデューサーであった須藤晃はディレクターとして参加しており、約5年ぶりの共同作業となった。須藤は当時体調を崩して入院していたが、尾崎は度々見舞いに行っており、「早く治して一緒にやりましょう」と声を掛けていた。それに対し須藤は「よし、今度こそ本当にやろう。そのために、曲をいっぱい創っといてくれよ」と返答したが、実際に尾崎は90分カセットテープ3本分、40曲近くに渡る曲を製作してきた。編曲は星勝と尾崎の共同名義。星は井上陽水や安全地帯のサウンド・クリエーターとして活動していた。町支寛二はバッキング・ボーカルのアレンジで協力するという態勢、演奏陣には海外のベテラン・セッション・プレイヤーを数多く起用している。録音は東京で行われ、ミュージシャンは全員アメリカから呼ぶ事が決まり、エンジニアはブルース・スプリングスティーン、ホール&オーツやボン・ジョヴィのレコードを手掛けているラリー・アレクサンダーに依頼する事となった。ジャズ・フュージョンやシティ・ポップス風のセンスを感じさせる小粋な演奏は、鋭利な尾崎のボーカルを包み込むかのようであり、が奏でるリード・ギターが哀愁を漂わせるスローな「置き去りの愛」は歌謡ポップス的な完成度を持った曲に仕上がっている。アート・ディレクションはこれまでの作品と同じく田島照久が担当している。また、歌詞カードの中に尾崎自身がデザインした絵画が使用されており、「Artery & Vein」という作品は後になどにも使用されている。その他、歌詞カード中に使用されているイメージ写真も全て尾崎が撮影したものとなっている。尾崎本人の写真は田島照久の他に写真家の横山正美が担当している。1991年5月20日を皮切りに、「TOUR 1991 BIRTH」と題し全国34都市48公演が行われている。尾崎にとって約4年ぶりの本格的な全国ツアーとなった。また、追加公演として、「TOUR 1991 BIRTH ARENA TOUR 約束の日 THE DAY」が3都市8公演行われ、10月24日、25日、29日、30日には6年ぶりに代々木オリンピックプール第一体育館での公演を実施する。しかし、およそ半年後の1992年4月25日に尾崎は急死してしまったため、このツアーのファイナルである10月30日の代々木オリンピックプール第一体育館での公演が最後のライブとなってしまった。音楽評論家の松井巧は「全20曲、CD2枚組というボリュームで歌詞のモチーフも曲調もさまざまなアルバムに統一感を持たせているひとつの要因として、海外プレイヤーの起用が挙げられるだろう」、「アルバム全体を通じて、尾崎のボーカルにはどことなく余裕が感じられる」と述べている。詩人の和合亮一は、「前作から引き続き"愛"を歌う一方で、人間社会の汚い部分を、より執拗に色濃く攻撃し続けるこれらのエネルギー。デビュー当時の激しい怒りを感ずることもできるが、日常的な生活感情ではなく、もはや特異で苛烈な自己の宿命に孤独に向かっていこうとする姿勢の強さへと変わっている」と述べている。評論家の北小路隆志は「拍子抜けするほど透明感にあふれた内容になっている」、「前2作で積み重ねられてきた大胆なアレンジの試みが基本的に放棄され、ほぼ全ての曲が安定した展開に終始する」と述べている。フリーライターの河田拓也は、「人間が普通に抱えるエゴと孤独を穏当に受け入れ慣れていくプロセスを踏めず、そんな自分と一般的な感覚の距離を測れないままに、それを大袈裟に罪として嘆くことで、どんどん歌は仰々しくなり、リアリティを失っていく。西海岸のスタジオ・ミュージシャンによるぶ厚いロックサウンドも、工業製品のように微妙なニュアンスを欠き、雑でちぐはぐな印象を増幅している。洋楽原理主義的な当時の空気や、ロックの下地を持たない彼のコンプレックスも手伝っての選択だと想像するが、フュージョンバンドからスタートし、手探りで歌世界を支えていったハート オブ クラクションのほうが、拙くとも等身大の良さを却って浮かび上がらせることができたと思う」と評している。
出典:wikipedia
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