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榮久庵憲司

榮久庵 憲司(えくあん けんじ、1929年9月11日 - 2015年2月8日)は、日本の工業デザイナー。静岡文化芸術大学名誉教授。GKインダストリアルデザイン研究所所長、世界デザイン機構会長、静岡文化芸術大学デザイン学部学部長などを歴任した。東京都生まれ。ハワイ、広島県育ち。両親は広島の出身で僧侶だった父の跡を継ぐため1945年、江田島の海軍兵学校から原爆が投下された8月の終わりに広島市へ入る。実家の戒善寺は爆心地から500メートルのところにあった。焼け野原に焼けただれた寝台の枠や鉄かぶと、自転車、路面電車が壊れてひっくり返っていた。消えようとしているモノたちの助けてくれと言う叫び、一方で四輪駆動のジープに乗ったGIのポケットには、チューイングガムやチョコレート。モノ不足は辛く、進駐軍がユートピアに見え、壮絶な地獄絵とモノへの憧れが重なった。父の跡を継いで仏門に入ろうとした時期もあったが、この体験が榮久庵をデザインの世界に向わせた。1952年、東京藝術大学在籍中に同大学教授の小池岩太郎のもとで、友人とともにアルバイトグループGK(Group of Koike)を設立、後にデザイン会社に発展した。当時、ビジネスの世界では、デザインという概念・価値はまったく認知されていない時代だったが、地道なプロモーション活動を続ける。それまで企業内デザイナーが手掛けていた製品デザインを、企業から受注する新しい流れを作ったといわれる。1959年、黒川紀章、菊竹清訓ら若手建築家・都市計画家グループと「メタボリズム」を結成、唯一の工業デザイナーとして参加。1961年、有名な「キッコーマンしょうゆ卓上びん」をデザイン。この年大ヒットし、「しょうゆ=キッコーマン」というブランドを打ち立てるのにも大いに貢献。この商品は、発売開始以来一度もデザインを変えることなくロングセラーを記録、国内外向けに約4億本生産された。その後は鉄道車両、オートバイ、自転車、冷蔵庫、洗濯機、電話機、印刷機械、ミシン、パソコン、カメラ、2016年夏季オリンピックの東京開催招致ロゴなど多数のデザインを手がけている。また1970年大阪万博などの博覧会デザインにも携わり、1989年の世界デザイン博覧会(名古屋市)では総合プロデューサーも務めた。日本の工業デザイン界の草分けにして、日本の第一人者として知られた。1979年「工業デザイン界のノーベル賞」といわれるコーリン・キング賞。2000年に勲四等旭日小綬章。2003年にラッキーストライク・デザイナー賞、2014年、コンパッソ・ドーロ賞国際功労賞など、日本のみならず、フランス、イタリアやフィンランドなど海外の勲章も受章している。フィンランドとは古くから交流を持ち、日本フィンランドデザイン協会の会長を長年務め、フィンランドのデザインやデザイナーが日本をはじめ世界で知られるよう尽力した。また中国のデザイン界にも大きな功績を残している。静岡文化芸術大学の創設に携わり、デザイン学部教授に就任。後進の育成に努めるとともに、初代学部長などの役職を務めた。2006年6月、同大学の名誉教授となった。また、広島国際大学においては、客員教授を務めた。

出典:wikipedia

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