違憲判決(いけんはんけつ)とは、憲法訴訟において、法令や行政措置が憲法に違反しているという裁判所による判決。日本国憲法では前文、第81条(違憲審査制)、第98条の規定による。日本では特に、最高裁判所による判決をいう。ただし、下級裁判所も違憲審査権を行使することはできる。しかし、下級裁判所の違憲判決については必ず最高裁判所への上訴が認められる(民事訴訟法・・、刑事訴訟法第405条第1号・第433条など)ため、確定判決としての違憲判決は原則として最高裁判所が下すこととなる。仮に特定の案件に関して最高裁判所への上訴がなされずに確定したとしても、その憲法的論点については、その後、他の案件にて最高裁判所が審理した際に異なった判断がなされる可能性があることから(これはいわゆる判例変更にはあたらない)、終審裁判所としての最高裁判決が特に重みがあるとされる。最高裁判所で違憲判決を出すには、15名で構成される大法廷において最低9人が出席し(最高裁判所裁判事務処理規則7条)、最低8人が違憲判決を支持することが必要である(同規則12条)。違憲判決は、その要旨が官報において公告され、かつその裁判書正本が内閣に送付される。法令違憲判決については、国会にも正本が送付される(同規則14条)。最高裁判所が法令違憲の判断をした場合、当該法令が直ちに無効になるのかについては、二説の争いがある。それぞれの詳細は、憲法の各条文または各事件を参照のこと。法令違憲とは、法令の全部又は一部に対して違憲を宣告するもの。ただし、日本など付随的違憲審査制の場合、違憲判決は当該案件を解決するための限度において、該当法令を無効とするものであり、法令違憲の違憲判決が、すなわち当該法令の廃止等を意味するものではない。該当法令の修正には、国会において法令を改正または廃止する必要がある。しかし、その法令を改廃しない限り、再び裁判所において審査がなされた場合、同様の違憲無効判決が下されることが、立法府等に対する当該条項改廃への事実上の強制力となり、事実上当該法令は確定判決後に無効・無力化される。日本国憲法憲法第14条1項 × 刑法第200条親族間に対する殺人(尊属殺)を、通常の殺人罪よりも厳罰化していた刑法200条が、法の下の平等を定める憲法14条1項に違反すると判断した事件(最高裁判所昭和48年(1973年)4月4日判決)。最高裁は、尊属殺は自然的情愛や普遍的倫理を破壊するもので、その背倫理性は特に重い非難に値するから、尊属殺を通常の殺人罪よりも重く処罰すること自体は許されるとして、刑法200条の立法目的自体は正当と認めた。しかし、刑法200条の法定刑が死刑又は無期懲役刑のみであり、普通殺人罪に関する同法199条の法定刑が、死刑、無期懲役刑のほか3年以上の有期懲役刑(当時)となっているのと比較して極めて重く、酌量減軽などの減軽を行っても、執行猶予を付すことが出来無いなど、余りにも厳罰化し過ぎであることから、立法目的(家族に対する敬愛や報恩という、自然的情愛ないし普遍的倫理の維持尊重の観点「人倫の大本、人類普遍の原理」)を持ってしても、なお合理的根拠に基づく差別的取扱いとして正当化することは出来無いとして、従来の合憲判例を変更して、刑法200条を違憲とした。なお、立法趣旨そのものを違憲とする『目的違憲説』を唱える裁判官も6名いた。刑法200条を合憲とする反対意見は1名のみであり、大差での違憲判決であった。違憲判決の後、刑法は直ちに改正されなかったが、法務省は、確定判決を受けて、尊属殺については、一般の殺人罪である刑法199条を適用する運用を行うよう通達を出し、刑法200条は事実上死文化した。その後、条文の現代仮名遣い化による1995年(平成7年)5月12日の刑法全面改正(平成7年法律第91号)で、刑法200条が削除された(同年6月1日施行)。また、違憲とはされていなかった尊属傷害致死罪(刑法205条2項)、尊属遺棄罪(同法218条2項)、尊属逮捕監禁罪(同法220条2項)についても、併せて削除された。日本国外に居住している日本国籍(在外日本人)に、国政選挙における、選挙権行使の全部又は一部を認めていなかった公職選挙法が、憲法15条1項、3項、43条1項、44条ただし書に違反するとされた事件(最高裁判所2005年(平成17年)9月14日判決)。平成10年法律第47号(1998年)による改正前の公職選挙法の下においては、在外日本人は選挙人名簿に登録されないため、衆議院議員総選挙及び参議院議員通常選挙で投票することが出来無かった。これについて、最高裁は、国会が在外選挙制度の創設を一旦検討したものの、その後10年以上放置した事には、やむを得ない理由がないとして、憲法15条1項、3項、43条1項、44条ただし書に違反するものであるとした。また、上記改正後の公職選挙法の下においては、在外選挙制度が創設されたものの、その対象は、当分の間、衆議院比例代表及び参議院比例代表に限られ、衆議院小選挙区及び参議院選挙区の選挙は、対象とならなかった(改正後の公職選挙法附則8項)。これについて、最高裁は、改正後当初はともかく、遅くとも、本判決言渡し後に初めて行われる衆議院議員総選挙又は参議院議員通常選挙の時点においては、小選挙区・選挙区の選挙について、在外日本人に投票を認めないことに、やむを得ない理由があるとは言えないとして、憲法15条1項、3項、43条1項、44条ただし書に違反するものであるとした。その上で、原告らが小選挙区・選挙区の選挙において、投票することができる地位を確認し、各5,000円の国家賠償を認めた。立法不作為を理由とする最高裁違憲判決は、2015年(平成27年)現在の所、この1件だけである。判決後、2006年(平成18年)に、公職選挙法の改正が行われ、2007年(平成19年)6月1日施行が決まった。日本国籍を有する父と外国人(フィリピン人)女性との間に生まれ、父親から生後認知を受けた非嫡出子について、父母が婚姻しなければ、日本国籍を取得出来無いとする国籍法3条1項の規定が、憲法14条1項に反すると認めた判決(最高裁2008年(平成20年)6月4日判決)。昭和59年法律第45号(1984年)による改正によって設けられた国籍法3条1項は、「父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子」は、法務大臣に届け出ることによって日本国籍を取得することができる、と定めている。このため、婚姻関係にない外国人の母と日本国民の父との間に生まれた非嫡出子は、生後に父から認知を受けるだけでなく、父母の婚姻により準正が生じなければ、日本国籍を取得することができない。すなわち、父母の婚姻により嫡出子の身分を取得したか否かによって、日本国籍を取得できるか否かの差別が生じている。この点について、最高裁は、日本国民との法律上の親子関係の存在に加え、我が国との密接な結び付きを要求しようとした国籍法3条1項の立法目的自体は、合理的な根拠があるとした上で、国籍法3条1項が設けられた当時は、当時の社会通念や、準正があった場合に限り、国籍取得を認める国が多かったこともあり、立法目的との間に合理的関連性があったと言えるとした。しかし、その後の非嫡出子の割合の増加、国際結婚の増加に伴う家族生活の実態の多様化、多くの国家で準正を要件から外し、父子関係の存在だけで国籍取得を認める法改正がされたことなどを踏まえると、2003年(平成15年)当時においては、もはや立法目的との間の合理的関連性は見いだせないとして、憲法14条1項に反する不合理な差別的取扱いであるとの判断を示した。その上で、このような場合に国籍法3条1項自体を無効にしてしまうと、準正があった子供も日本国籍の取得が否定されてしまい、不合理であるから、父母の婚姻(準正)を要件とする部分を除外することによって、合憲的・合理的解釈が可能であるとして、原告に日本国籍取得を認めた。違憲判決を受け、法務省は国籍法の改正の検討を開始し、当分の間、非嫡出子からの国籍取得届の扱いについては、留保することを明らかにした。その後、日本国政府では、父母の婚姻を国籍取得要件から外し、日本人の親に認知されることだけを要件とすると共に、偽装認知に1年以下の懲役又は20万円以下の罰金を科すことを骨子とする、国籍法改正案を第170回国会に提出し、2008年(平成20年)12月5日、国籍法改正法が成立した。最高裁判所大法廷2013年(平成25年)9月4日決定 民集第67巻6号1320頁。民法900条4号ただし書前段は、嫡出でない子の法定相続分を嫡出子の2分の1とする規定を定めていたが、当該規定について、法の下の平等を定めた日本国憲法第14条1項に、遅くとも2001年(平成13年)7月の時点では反するに至っていたとして、2013年(平成25年)9月4日、最高裁判所大法廷は違憲判決を下した。ただし、この判断は同規定が合憲であることを前提として、2001年(平成13年)7月当時から本件決定がなされる時点までに、裁判や遺産分割協議等の合意等により確定した法律関係には、影響を及ばない旨の判断も併せて示した。2013年(平成25年)12月4日、「民法の一部を改正する法律」が成立し、民法900条4号ただし書前段が削除されたことにより、嫡出でない子の遺産相続分が、嫡出子の遺産相続分と同等になった(同年12月11日公布・施行)。2015年(平成27年)12月16日 - 日本国憲法第14条・日本国憲法第24条 × 民法法令自体は合憲であるが、その法令を当該事件の当事者に適用する限りにおいて違憲とするもの。
出典:wikipedia
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