LINEスタンプ制作代行サービス・LINEスタンプの作り方!

お電話でのお問い合わせ:03-6869-8600

stampfactory大百科事典

チュートリアル (お笑いコンビ)

チュートリアル("TUTORIAL")は、徳井義実と福田充徳による日本のお笑いコンビ。よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属。2006年M-1グランプリ王者。京都府観光大使(2012年11月 - )。略称はチュート。京都市左京区出身。身長178cm、体重65kg、血液型A型。徳井単独ではNSC13期であるが、NSC卒業後、一時芸人業から離れており、福田の誘いで再度芸人業に就いたため、チュートリアルとしては麒麟などの大阪NSC20期やトータルテンボスなどの東京NSC3期とほぼ同期で、これは福田の芸歴とも重なる。出会いは5歳のときで、幼稚園から予備校まで同級生だった。5歳で出会ってから一度も、大きな喧嘩をしたことがないと随所で語っている。実際同じクラスだったのは小学校1、2年生、中学校2年生のときだけ。同じクラスになった時は常に一緒に行動するくらい仲がよかったが、それ以外は幼なじみだったためよく遊んでいたものの、いつも一緒にいる程ではなかった。彼らは昔の自分たちのことを「定期的にくっついたり離れたりする関係」と述べている。しかし高校3年生から浪人時代、大学1年の頃までは、喫茶店で5~6時間しゃべったあとまたしゃべりたくなってどちらからともなく電話をし、3時間しゃべったあとまた会いたくなり、ドライブに出かけるくらい仲がよかった。そのため、周囲から同性愛を疑われたこともある。また、ほぼ毎日一緒に会っているため、それぞれが当時付き合っていた彼女に「私と福田(徳井)くん、どっちが大事なのよ」と怒られた。その際、徳井は「お前(彼女)の方が大事だ」と言ったが、福田は「徳井の方が大事」と言った。小学校2年のときに「うさぎちゃんの耳」という歌を作詞作曲している。福田が徳井を京都・河原町通の居酒屋で誘い、1998年正式に「チュートリアル」結成。徳井が福田に誘われ、福田とお笑いをやろうと決めた理由は「何度かコンビを組んでいて笑いの価値観が同じであることが大切だとわかったとき、今まで振り返ってみて一番笑いの価値観が合っていた」 からと言う。お笑いは観るものだと思っていた福田が徳井を誘った理由は、徳井がNSCの中で「ようウケてる」という噂を聞いてもったいないと思ったこと と、一番仲が良く笑いのツボも一緒だった親友の徳井が、他の友人とお笑いをやることに違和感を持ったため。ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞、上方漫才大賞新人賞などを獲得し、2006年、第6回「M-1グランプリ」優勝。2007年、東京へ拠点を移した。漫才やコントのネタづくりは徳井が担当し、コンビ結成当時からの基本テーマは「わけわからんけど、わけわかる」。どこか違和感のある設定や些細なことへの異常な執着を出発点として強引に脱線してゆく徳井のボケを、振り回されつつもあくまで常識的な立場をとってツッコんでいく福田との掛け合いが基本スタイルで、一部から「妄想漫才」と呼ばれている。コンビ名の由来は、2人が高校・浪人生時代に通っていた河合塾での「チュートリアル」(週1回行われる、連絡や模試の結果の返却などのホームルーム的な時間)から。少年時代は徳井は遊園地のオーナー、福田はコックになりたいと言っていた。その後大学時代は徳井は社会福祉士に、福田は消防士になりたいと言い、この夢は東京アカデミーのCM内で実現することになった。徳井は京都市山科区、福田は同市左京区出身。2人は幼馴染みで、幼稚園(菊の花幼稚園)→小学校(京都市立修学院小学校)→中学校(京都市立修学院中学校)→高校(京都府立北稜高等学校)を共に過ごす。そして二人揃って大学受験に失敗し、同じ予備校(河合塾京都校)で1年間浪人。その後、徳井は花園大学に、福田は大阪学院大学に進学した。徳井は、高校在学中にお笑い芸人「ティーアップ」の漫才を友人と完全コピーして行った時、笑いがとれたことがきっかけでその友人と「赤とんぼ」というコンビを組み、漫才を始める。さらに大学浪人時代には、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の「お笑い甲子園」で優勝した経験を持つ友人からNSCに一緒に行こうと半ば強引に誘われ、NSC13期生として入学し「チューイング」を結成。しかしNSC卒業後、徳井を誘った相方が彼女との結婚を考え芸人引退を決意し、コンビは解散。徳井自身もお笑いを辞め、大学に進学した。その後、徳井からコンビ解散の話を聞いた親友でもあった福田が、徳井をお笑いの道へと誘う。徳井は快諾するものの共に行動力がなかった上に次の一歩が踏み出せず、さらに「会ったら真剣にいろいろと話をしなくてはいけない」ということが当時学生だった自分たちにとって重かったことから、それまで毎日会っていたのに急に連絡を取らなくなり二人は疎遠に。しかし3年後、大学4回生の春に社会人になるのか芸人を目指すのかを再び話し合い、就職難も相まって1998年3月に正式にコンビを結成。そのとき大学在学中だった彼らだが、芸人になりながらも福田は大学を卒業、一方徳井は4回生の時点で2単位しか取っていなかったこともあり芸人になることを決めた後、中退した。は昔話や教科書などをテーマにしたオーソドックスないわゆる「正統派しゃべくり漫才」を芸としていたが、2005年頃からは漫才の途中で徳井のテンションが豹変し、様々な妄想をエスカレートさせていく。この漫才は「妄想漫才」と称されM-1グランプリをきっかけに有名になった。メンバーいわく2人とも飽き性で妄想漫才だけのイメージになるのを避けたかったことや、他にもたくさんのパターンのレパートリーがあることもあり、近年は以前の正統派漫才を披露することが多い。テレビ番組や単独ライブなどではコントを披露することもある。徳井扮する変人に福田が振り回されるというストーリーが多く、漫才よりもシュールなネタが多い。また初期のテレビ出演については、正装という事で徳井が白のタキシードを着て漫才を行うこともあった。漫才やコントなどのネタの他、単独ライブの演出やブリッジVTRなども、すべて徳井が一人で作っている。M-1グランプリの決勝戦には過去3回進出。2002 - 2004年度は準決勝敗退、2006年度以降は出場していない。IT'S UP TO YOU / POLYSICSコンビ出演作品のみを記載。徳井個人の出演歴については徳井義実を参照。2000年2001年2002年2003年2005年2006年2007年2008年2009年2010年2001年2002年2003年2004年2005年2006年2007年2008年2009年2010年2012年2015年

出典:wikipedia

LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。