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伊那電気鉄道デキ1形電気機関車

伊那電気鉄道デキ1形電気機関車(いなでんきてつどうデキ1がたでんききかんしゃ)は、伊那電気鉄道(現在のJR東海飯田線の一部)が1923年(大正12年)に新製した直流用電気機関車である。保有事業者である伊那電気鉄道の戦時買収による国有化に伴って本形式も国鉄(当時の鉄道省)籍へ編入され、戦後ED31形と改番された。1923年(大正12年)8月に芝浦製作所(電気部分)および石川島造船所(機械部分)でデキ1形1 - 6の6両が新製された。短い車体の前後に大きくスラントしたボンネットを有する特異な外観を持つ凸型の小型電気機関車である。乗務員扉は車体側面の助士席側のみにあり、ボンネット上面の大きな傾斜が形態上の特徴となっている。制御器は運転室(車体)内に、抵抗器はボンネット内に搭載されている。パンタグラフは車体の中央部に1基が搭載される。窓が小さいために前方の視界は良いとは言えない。製造当初は伊那電気鉄道の電化方式に合わせて直流1,200V対応であったが、買収後に昇圧された際に1,500V対応に改造され、機器も交換された。1943年(昭和18年)の伊那電気鉄道の戦時買収に伴って、本形式も国有鉄道籍に編入された。買収後も伊那電気鉄道時代の番号のまま使用されたが、1952年(昭和27年)の車両形式称号規程改正により、ED31形ED31 1 - ED31 6と改称・改番された。本形式は竣工から国有化後を通して終始伊那松島機関区に配置され、天竜峡以北の飯田線で使用された。1955年(昭和30年)から廃車が始まり、翌年までに全車が除籍された。除籍後は、ED31 1およびED31 2が西武鉄道に譲渡され、1形(3代)1・2として導入された。同2両は多摩川線で砂利輸送の貨物列車牽引に使用されたのち、1960年(昭和35年)に近江鉄道に譲渡され、ED31形ED31 1・ED31 2と国鉄在籍当時の原番号・原形式を再び称した。ED31 3 - ED31 5の3両は直接近江鉄道に譲渡され、国鉄時代の番号のまま使用された。前述した西武鉄道経由で入線したED31 1・ED31 2の導入以降、近江鉄道には5両の本形式が揃うこととなったが、1990年(平成2年)にED31 5が廃車となった後、運用を失って彦根工場内に留置されていたED31 1とED31 2が2004年(平成16年)7月1日付で廃車された。残存したD31 3・ED31 4はその後もイベント列車や工事列車の牽引および車両基地入換用として長らく使用されていたが、ED31 4が機械故障を起こし休車となったのち除籍され、2011年(平成23年)現在ED31 3のみが車籍を保持する。しかし、同機は構造上自動列車停止装置 (ATS) の装備が困難な点、そして電気機関車の運転免許を保有する運転士の数が定年退職などにより減少したことから、事実上本線走行は困難な状態である。なお、除籍された車両を含めて全機とも現存し、ED31 5は台車が同社モハ51形と同じ台車を使用しているため、同じく彦根駅に留置されている他のED31形とは違う外観をしている。ED31 6は1957年(昭和32年)に上信電気鉄道に譲渡され、同社でも国鉄時代の番号のまま使用された。本機は入線時に自社工場にて箱型車体に改造されたうえ、運転台を右側へ移設し、台車と主電動機を同社デハニ1形(の発生品であるブリル27MCBと68馬力(50kW級)のものへ交換されて全く原形を失ってしまった。導入後は上信電気鉄道生え抜きのデキ1形と共に貨物輸送に使用されたが、ATSが装備されていなかったため、ATS導入後は車庫内の入れ替え機として使用された。また後年、台車をDT10へ再度交換した。しかし1994年(平成6年)の貨物輸送廃止後は入れ替え機の任もデキ1に譲り、その後は車籍を残しつつも車両基地の片隅で長年放置され無残な姿を晒していた。外装は2009年にきれいに修繕され、2011年には構内走行も披露しているが、本線走行は難しい状態である。

出典:wikipedia

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