ナン・マトール遺跡(Nan Madol)は、ミクロネシア連邦のポンペイ島にある11世紀〜15世紀の巨石構築物群。ナン・マトールはナン・マタラニウムとも呼ばれ、主に建物と建物の間、つまり「空間」を意味する。総面積40mの92の人工島からなり、伝承によると行政、儀礼、埋葬などそれぞれの島で機能分担していたとされる。これらの伝承や遺物の検証から政治・宗教の拠点となる水城であったと考えられる。11世紀ころオロシ―パとオロソーパという二人の兄弟がポンペイ島にやってきて(どこから来たのかは不明) 祭壇を造るために島のあちらこちらをまわった。そしてチャムウェン島の丘から見える海(カニムイソ)の景色が素晴らしかったためにここに祭壇を造ることを決めたといわれる。この中のナン・ドワスと呼ばれる宮殿は、最後の王シャウティモイの王墓であると伝えられてきたが、最近の調査で王墓ではなく祈りを捧げた祭壇の場所だったとされる。この遺跡については現在でも謎が多く、不明な点が多い。島には柱状の黒褐色玄武岩を縦横交互に積み重ねた囲壁が築かれている。玄武岩は島の北部のジョカージ島(現在のソケース島)から主に運ばれたという説があるが、実際には島のさまざまな場所から運ばれたと考えられる。玄武岩は以前ポンペイ島が火山活動をしていたころ、マグマが地下深いところでゆっくり固まって形成されたものとされ、自然に五角形または六角形に割れるため加工しやすが非常に硬い。これらの石柱はそれぞれ磁場を持っており、一本一本研究すればその石柱が島のどこから運ばれたのかが判明する可能性もある。マタラ二ウムのチャムウェン島の海側に位置し。水路によって98の人工島に分かれたが現在はいくつかの島が堆積物などでつながり92になっている。主にUpper Nan Madol と Lower Nan Madol に分かれ、 ナン・ドワスなどの祭壇はUpper Nan Madol に位置するが サウデロ―ルなどの住まいだったパーン・カディラなどLower Nan Madol にあった。 ペインキチェルという島はオロシ―パとオロソーパ兄弟や後のサウデロ―ルが葬られている。 現在Lower Nan Madol の島々はマングローブが生い茂り訪れるのが困難である。 アクセスには満潮時にボートで直接ナン・ドワスへ行く方法と車で近くまで乗り入れてあとは徒歩でほかの島を通りながらナン・ドワスを訪れる方法があるが、いずれにしろ個人の敷地内を通るため、通行料、入場料がかかる。料金もアクセス方法によって異なる。現在ナン・ドワスはポンペイで一番位の高いナンマルキ(チーフ)が管理されているため訪問者はポンペイのしきたりを守っていただいて、ナンマルキ(チーフ)を尊敬していただきたい。 そのような理由からガイド付きのツアーで訪問していただくことを奨励したい。ナンマドールがムー大陸の名残りなどという説があるが、もし太平洋上にそのような大陸があったとすればポンペイ島に猛獣がいてもおかしくない。ポンペイは蝶類や大型の動物が少なく、最高峰の山、ナンナラウドにはポンペイ固有種の植物も見つかっているのでやはり、大陸とつながっていたわけではなく、孤立した島だったので渡ってこれなかったというのが現実だろう。2016年の第40回世界遺産委員会で登録されたが、登録と同時に危機にさらされている世界遺産(危機遺産)リストにも加えられた。
出典:wikipedia
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