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地主神社

地主神社(じしゅじんじゃ)清水寺の清水の舞台を出て直ぐ左手にある神社で、江戸時代までは清水寺の鎮守社であった。大国主を主祭神とし、縁結びの神さまとして若い女性やカップルに人気のスポットである。大国主命を主祭神として、父母神の素戔嗚命・奇稲田姫命、奇稲田姫命の父母神の足摩乳命・手摩乳命を正殿に、大田大神(芸能と長寿の神)、乙羽竜神(旅行・交通安全の神)、思兼大神(知恵と才能の神)を相殿に祀る。ただし「地主神社」という社名から、本来は当地の地主神を祀る神社であるとする説もある。社伝によれば、創建は日本建国以前の神代とされる。実際、境内の「恋占いの石」は原子物理学者博士による科学的な年代測定で縄文時代のものであることが判明している。平安時代には嵯峨天皇、円融天皇、白河天皇が行幸した。天禄元年(970年)、円融天皇行幸の際、勅命により臨時祭が行われた。これが今日の当社例大祭「地主祭り」の起源である。明治に入り神仏分離令により清水寺から独立し、近代社格制度のもと郷社に列格した。第二次世界大戦後は、京都周辺の旧民社を中心とする神社が加盟する神社本教に所属しており、平成11年(1999年)からは当社宮司が神社本教主管(代表)を務めている。現在の社殿は、徳川家光が寛永10年(1633年)に造営したものである。本殿、拝殿、総門は国の重要文化財に指定されており、平成6年(1994年)には、歴史的経緯から清水寺の一部という形で世界遺産「古都京都の文化財」に登録された。境内には10メートルほど離れてたつ2つの守護石「恋占いの石」があり、目をつぶって、その石から石に辿り着けば恋が叶うとされている。境内は「地主桜」と呼ばれる桜の名所で、弘仁2年(811年)に嵯峨天皇が行幸した際、一重と八重が同じ枝に咲いていた地主神社の桜の美しさに3度車を返したことから「御車返しの桜」とも呼ばれ、以後、嵯峨天皇は地主神社に桜を毎年献上させた。当時の貴族社会では花見の花としては梅が一般的だったが、弘仁3年には嵯峨天皇が桜の花宴を開いたという記述が『日本後紀』にあり(日本初の桜の花見の公式記録)、これが日本人の桜好きの原点と言われる。謡曲『田村』(清水寺創建の縁起物語と坂上田村麻呂の蝦夷征伐を描いた作品)で「地主権現の花盛り、それ花の名所多しと言えども、この寺の地主の桜にしくはなし」と歌われたほか、『熊野 (能)』『梁塵秘抄』『閑吟集』などでも地主桜の美しさが称賛されている。「えんむすび祈願さくら祭」では白川女による献花と『田村』『熊野』の奉納が行なわれる。現在見られる境内の桜は後年に佐野藤右衛門が移植したソメイヨシノ。春にさくら祭りが開催されている。毎月第1日曜日14時より「えんむすび地主祭り」が行われている。

出典:wikipedia

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