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替え唄メドレー

「替え唄メドレー」(かえうたメドレー)は、嘉門達夫のシングルである。ここでは、嘉門達夫のネタである「替え唄メドレー」シリーズ全体についても記述する。嘉門達夫のレパートリーの一つである替え歌メドレー集である。嘉門の楽曲の中で最大のヒットを記録した。1991年の第1弾が好評であったため、同年に「替え唄メドレー2」を、翌年には完結編となる「替え唄メドレー3 (完結篇)」を世に送り出した。その後も続編を発表し続け、現在第20弾まで発売されており、シングル以外のアルバム収録も入れると22弾も制作されている。1992年(平成4年)の『第43回NHK紅白歌合戦』にて「替え唄メドレー〜紅白バージョン〜」を歌唱した。「替え唄メドレー」シリーズは多数の楽曲を扱っており、ライブで歌うなりCDリリースする場合は原曲の著作権者(作曲者・作詞者・歌唱者)の許可を得ている。さらに替え歌の歌詞の中に人物名、商標といった固有名詞が登場した場合、その関係者(人物本人や権利保有者等)にも許可を得ている。逆に「著作権処理が困難」「作詞・作曲の本人が拒否」「歌詞に氏名が出てくる本人が拒否」などの事情によって、CD化には至らない曲もある。許可の範囲は人それぞれであり、全面的許可をする者、歌詞の差し替えを条件に許可をする者、ライブで歌うことのみ許可をする者、一切歌うことを拒否する者まで様々である。当然ながら許可を得られなかった場合には公の前で歌唱は不可能となり、日の目を見なかったお蔵入り曲も多数ある。このような複雑な手続きを処理しなければならないため、嘉門本人も「替え歌をリリースする時、一番大変なのが関係各所に権利関係の許諾を取ること」と発言したことがある。また著作権問題ではないが、NHKで放送する際に、CM曲の使用や商品名などの歌詞が障害となったことがある。『愉快にオンステージ』(1992年1月30日放送)に嘉門が出演した際には「3」発売後にもかかわらず、「2」を披露している。これは「3」がCM曲を含んでいるためと思われる。前述の紅白バージョンではそうした影響が無い替え歌で構成されている。許可を出した有名な人物として嘉門の恩人でもある桑田佳祐率いるサザンオールスターズや小室哲哉が挙げられる。この2組は非常に協力的であり、嘉門は「サザン替え唄大メドレー」「TK替え唄メドレー」というシングルも発売したことがある。その他、米米CLUB、GLAYなどからも快く許可が降りた。また、自ら嘉門にリクエストするケースもある。嘉門の高校の後輩である槇原敬之からは、自作曲を替え唄メドレーに取り上げてもらうようリクエストがあった。事務所との交渉ではNGだったが、本人との直接交渉で同意してもらえた事例がある。主なミュージシャンでは山下達郎がいる。また、サザンオールスターズの「チャコの海岸物語」の替え歌の歌詞に中井貴一が登場したときの話(「替え唄メドレー(第1弾)」に収録)で、CD化に当たってサザンオールスターズの方からはすぐ許可を貰ったが、中井の事務所からはすぐには許可が降りなかったという。かつて嘉門自身も在籍していたコロムビア、それにビーイングに所属する歌手たちの曲は、ほとんど使用の許可が取れなかった。大相撲の力士の名前を織り込んだ替え歌も多数あったが、日本相撲協会から許可が下りずCD化されなかった。但し、「横綱」「力士」といった四股名を特定しない歌詞については了承済みである。例として敏いとうとハッピー&ブルーの「わたし祈ってます」の替え歌(「帰ってきた替え唄メドレー4」に収録)がある。CMソングの替え歌は、企業イメージや商品イメージを損なうものとして、許可をもらうのが難しいという(嘉門本人談)。ローソンのCMソング「開いてます、あなたのローソン」の替え歌として「閉まってます、田舎のローソン」という内容の曲をローソンに提示したところ、「うちは田舎でも開いてます!」と一喝された。洋服の青山では重役会議に招聘されて「要するにアホやわ〜」と披露したものの許可が下りなかった。また、味の素「ほんだし」のCMソングを替え歌にした時(「替え唄メドレー3 (完結編)」に収録)には、CDリリースの許可を得ると同時にCMソング自体が変更された。日本以外の人物との交渉は、日本語歌詞とそのニュアンスが作者に理解してもらうのが難しいため、洋楽の替え歌はライブで歌うのみで発売には至っていない。ビートルズの『イエロー・サブマリン』のサビ部分を「理科室の蛇のホルマリン」としたが、相手側には伝わらなかった。また、『ハッピーバースデートゥーユー』を「履きまっせ、ク〜ツ〜、履きまっせ、下駄〜、履きまっせ、ロンドンブーツ〜、履きまっせ、草履」としたものの原著作権者に意味が理解されなかった。岸田敏志の「きみの朝」のサビをムーミンに結びつけて「カバだ」と歌おうとしたところ、岸田の了解はとれたが、ムーミン原作者のトーベ・ヤンソンの関係者から「ムーミンは河馬ではない」と一蹴された。それを聞いた嘉門側が「カバではないとしたら、ムーミンは何なんですか?」と聞いたところ、「ムーミンは、ムーミンなんです」との答えが返って来た。こういった収録できなかった作品は、ライヴにて「没!替え唄メドレー」として披露されることがあり、またテレビ番組にゲスト出演した際にも「没になった曲」として披露されることもある。アーティストによっては、自らの思い入れが特に強い曲など「特定の楽曲のみ許可を出さない」といったパターンもある。代表例としては松任谷由実が「卒業写真」のみ許可を出さなかった例がある。ただし、これもライブ限定で「歌が途中で変わるシリーズ」の一つとして、「アデランス」と繋げて歌われることがあり、なべやかんの替え玉受験騒動があった頃には歌詞の「卒業写真」の箇所を「入学願書」に変えてアレンジした替え歌をライブで披露している。「恋人がサンタクロース」「守ってあげたい」「春よ、来い」など他の曲については許可が下り、それぞれ「替え唄メドレー(第1弾)」「替え唄メドレー2」「新・替え唄メドレー」に収録されている。フジテレビの『ボキャブラ天国』で視聴者が「卒業写真」の替え歌を投稿し、放送されたことがある。浜崎あゆみは、一度は「Boys & Girls」について許可を出し、これは「替え唄メドレードラゴン」に収録されている。しかし「替え唄メドレードラゴン」もシングルと同日発売のアルバム『かもたつ』に収録されて以来、ベストアルバムなどにも収録されていない。遅れて許可が下りるケースもあり、沢田知可子の「会いたい」の替え歌は「替え唄メドレー3」に入れる予定であったが、「大ヒットしているから今は止めて欲しい」と言われ、やむを得ず「帰ってきた替え唄メドレー4」に入れた。村田英雄の「王将」の歌詞の「吹けば飛ぶような」を「アデランス」と繋げて歌おうとしたが、アデランス側から「企業イメージに関わる」として断られた。しかし、それ以外の曲を「アデランス」と繋げて歌う事は承諾され、「デュエット替え唄メドレー」に収録された。

出典:wikipedia

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