サッカーギリシャ代表()は、ギリシャサッカー連盟 () によって編成されるギリシャのサッカーのナショナルチーム。UEFA欧州選手権1980予選においてハンガリー、ソビエト連邦、フィンランドと同じグループに入り、2連敗スタートを喫するが、残りを3勝1分で切り抜け一位突破を果たし、初めて主要国際大会への出場を果たした。本大会では1分2敗でグループ四位に終わったが、そこで優勝を達成する西ドイツとグループステージ第三戦で引き分けた。1994年のワールドカップ・アメリカ大会に出場。ナイジェリア、ブルガリア、アルゼンチンと対戦したが、ヨーロッパ地区予選を一番乗りで突破した時間差アドバンテージを全く活かせないまま3戦全敗(0得点10失点)でグループリーグ敗退を余儀なくされた。1998年のワールドカップ・フランス大会の欧州予選グループ最終戦は勝てば出場権獲得というホームのデンマーク戦だったが、0-0に終わり、グループ三位で突破を逃した。その後、しばらくは国際大会への出場機会がなかったものの、2004年のUEFA欧州選手権2004では開催国ポルトガルやフランス、チェコといった強豪を抑えて初優勝を成し遂げた。ユーロ2004を制したことで、2006年のワールドカップ・ドイツ大会への出場も期待されたが、ヨーロッパ予選でウクライナ、トルコ、デンマークに次ぐ4位に終わり予選敗退に終わった。2006年7月3日から10日間FIFAからサッカーの国際活動を禁止された。UEFA欧州選手権2008予選は、ドイツW杯予選でも同組になったトルコをはじめ、ノルウェーなど実力が拮抗したと見られるグループCに入った。緒戦3戦は僅少得点ながら無敗を続けたが、第4戦となる2007年3月24日アテネでのトルコ戦にて1-4の大敗を喫する。翌3月25日がオスマン帝国からの独立記念日(1821年、ギリシャ独立戦争の開戦日)にあたっていた事もあり、トルコのメディアからは屈辱的な報じられ方をされたという。この敗戦はギリシャ代表にとって少なからぬ危機となったが、その後立て直しに成功し10戦目となる10月17日のアウェー戦・イスタンブールではヨアニス・アマナティディスのループシュートで0-1の勝利を収め、ホーム戦での雪辱を果たすと共に予選通過を果たした。結局敗戦はアテネでのトルコ戦のみ、10勝1分け1敗の勝ち点31で予選首位通過を果たした(なお、予選で勝ち点30を上回ったのはギリシャだけである)。2008年6月のUEFA欧州選手権2008本大会ではスウェーデン、ロシア、スペインに敗れ3戦全敗でグループリーグ敗退に終わり、大会連覇は成らなかった。2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選ではプレーオフの末にウクライナを下し、1994年大会以来2度目のワールドカップ出場を果たした。2010年6月に南アフリカで行われた本大会ではグループリーグ初戦で韓国に0-2で敗れたが、第2戦のナイジェリア戦ではディミトリオス・サルピンギディスとヴァシリス・トロシディスの得点で2-1と逆転勝ちを収め、ワールドカップ初勝利をあげた。しかし第3戦のアルゼンチン戦は0-2で敗れ1勝2敗でグループ3位、1994年大会に続いてグループリーグ敗退となった。2012年6月のUEFA欧州選手権2012本大会では、グループリーグ最終戦でロシアに勝利し、グループA2位で2大会ぶり2度目のベスト8へと進出したが、準々決勝でドイツに敗れた。2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選ではグループ2位でプレーオフへ進出し、ルーマニアと1勝1分けで2大会連続出場を決めた。本大会ではグループCを戦うこととなった。初戦コロンビアに0-3で敗れるも、続く日本戦は前半に退場者を出し数的不利の中0-0で引き分ける。勝利が絶対条件で迎えた第3戦コートジボワール戦は後半ロスタイムにPKを決め勝ち越し2-1で勝利し、初のグループリーグ突破を決めた。ラウンドオブ16でコスタリカに延長引き分けPK戦の末大会から姿を消したものの、前回大会を上回る成績を残した。UEFA欧州選手権2016は、予選で当時FIFAランキング187位のフェロー諸島に2連敗した他、最終戦まで勝利がなく、1勝6敗3引分で敗退した。古代ギリシャのファランクスを彷彿とさせる典型的な堅守速攻型のチームであり、主にディフェンスに固めた超守備的サッカー(現代サッカーで基本の守備戦術とされているゾーンで守るという事をせず、マンツーマンで守る)を展開する。その反面、得点力不足が課題とされており、(2014年ワールドカップヨーロッパ予選も)攻撃はロングボールやハイクロスを多用し、高さを活かした戦術を採っている。
出典:wikipedia
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