高嶋ひでたけのお早よう!中年探偵団(たかしまひでたけのおはよう!ちゅうねんたんていだん。過去のタイムテーブルでは「お早う」とも)は、元ニッポン放送アナウンサーの高嶋ひでたけがパーソナリティを務めた、19年間続いた朝の名物情報番組。通称:「中探(ちゅうたん)」 高田文夫のラジオビバリー昼ズ・鶴光の噂のゴールデンアワーと並ぶ、ニッポン放送の看板番組であった。なお、マイクネーム変更前の1998年までは『高島ひでたけのお早よう!中年探偵団』と表記されていた。1985年4月8日に放送開始。当時は7:00 - 9:00の放送であった。それまでは月〜金曜8:00 - 9:00の枠で「高島ひでたけの今日も快調!朝8時」を担当していたが、当時月 - 金曜7:00 - 8:00に放送されていた「山谷親平のお早ようニッポン」のパーソナリティ山谷親平が亡くなったことに伴い、放送時間を7:00 - 9:00に再編してスタートした。その後2度の放送時間変更やコーナー・コメンテーターの入替を繰り返しながら、放送開始から19年となる2004年3月19日に放送を終了した。1時間以上のワイド番組は「大入りダイヤルまだ宵の口」以来。なお、高嶋は番組放送中の1990年に同局を退社し、フリーアナウンサーとなっている。
また、前述通り、1999年にマイクネームを「高島ひでたけ」から「高嶋ひでたけ」へと変えている。終了の理由としては当時、ひでたけが「早朝型の生活で体力的な限界を感じもう出来ない」と、勇退したことによる(ただしニッポン放送側は中探として朝をやってほしいと慰留したが、ひでたけは首を縦にはふらず断った)。終了が3月最終週ではなく中旬なのはそのことからである。同番組終了後は、毎週木曜のコメンテーターであった経済評論家の森永卓郎がパーソナリティの「森永卓郎の朝はモリタク!もりだくSUN」→「森永卓郎 朝はニッポン一番ノリ!」→「森永卓郎と垣花正の朝はニッポン一番ノリ!」に一部コーナーと共に引き継がれたが、番組は3年半で終了。2007年10月からは国会担当記者や「出たとこ新聞」のコーナー担当として出演経験のある上柳昌彦(ニッポン放送アナウンサー)がパーソナリティの「上柳昌彦のお早うGoodDay!」がスタートした。なお同番組には、当番組の3代目アシスタントを務めた石川みゆきが月・水・金曜担当のアシスタントとして出演、8年ぶりにこの時間帯に返り咲いたが、この番組も中探、前番組の歴史を遥かに下回る2年9ヶ月で終了した(もっとも、「早起きGoodDay!」と共に好評ではあったと言われているが、大型改編期を待たずに終了したのは、ニッポン放送が新社長を迎えるにあたってマイナーチェンジを図ったため)。また、高嶋は当番組の5代目アシスタントを務めた冨田憲子(当時はのりこ)(ニッポン放送アナウンサー(当時)、現フジテレビアナウンサー)とともに「笑顔満開!ひでたけ・のりこの大吉ラジオ」を担当(朝は無理だが、夕方ならとひでたけが承諾したため)。その後「笑顔満開!ひでたけ・よしこの大吉ラジオ」(2005年10月 - 2006年3月)を担当し、2006年4月からは当番組の4代目アシスタントを務めた小口絵理子とともに「高嶋ひでたけの特ダネラジオ 夕焼けホットライン」(月 - 金曜15:30 - 17:25)を担当。同番組は2010年6月25日をもって終了した。そして2010年6月28日より新番組「高嶋ひでたけのあさラジ!」(5:00 - 8:00)がスタートし、当番組と直接の関係はないものの、6年3ヶ月ぶりに平日早朝時間帯に返り咲いた。※番組スタートから3年間はアシスタントが存在しなかった。当初は当時間帯の前番組「山谷親平のお早うニッポン」に倣って、アシスタントは時刻出しとコーナータイトルの読み上げ程度での出演であった。
高嶋とともにスタジオに入ってトークに参加するようになったのは3代目の石川みゆきからである。番組として正式にコメンテーターを置くようになったのは、1997年10月のリニューアル以降である。
それ以前は金曜日のみ野末陳平がゲストコメンテーターという形で務めるぐらいであった。他コーナー担当でレギュラー出演した場合のみ。ニュースデスク担当や記者としての出演経験は除く。他(月:弘兼憲史、火:大宅映子、水:住田良能、木:須田慎一郎、金:野末陳平)7時のニュースゾーン
出典:wikipedia
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