LINEスタンプ制作代行サービス・LINEスタンプの作り方!

お電話でのお問い合わせ:03-6869-8600

stampfactory大百科事典

ジパング (大阪府)

株式会社ZIPANG.S.S(ジパング・じぱんぐ)は、大阪府に拠点を置く貸切バス専業のバス事業者である。この項目では、同社の前身である「中央観光バス」及び中央観光バスより事業を引き継いだ「ジェイ・ジェイ交通(後にZIPANG JJに社名変更)」についても記述する。中央観光バス時代にはバスを「旅の主役」として位置付け、豪華な貸切車を多く保有していたことで有名。また、「ZIPANG」ブランドは、以後同社の代名詞ともなっており、現在の社名にも使用されている。豪華貸切車ばかりがラインアップされ、観光バス業界の風雲児と言われた。また、同じ大阪府に本拠を持つ貸切専業バス事業者の中央交通に対抗して、輸入商社として「バルC.S.B商事」を設立、ネオプランをはじめとしてMANやボーバなどの輸入代理店となっていた(ただしボーバは中央観光バス以外には導入事業者は無かった)。特にネオプランは中央交通との間で激しい商戦が繰り広げられたという。三菱ふそうのエアロキングの開発に参加し、特に第3軸目の構造においての技術指導が行われた。しかし、団体旅行の激減、会員募集旅行の増加という観光バス市場の変化についていくことは出来ず、2001年8月8日、事業停止により従業員全員が解雇されることになった。同社の倒産から再生までの道のりを描いた「倒産から奇跡の復活劇」によると、倒産後の混乱期、相次ぐ予約のキャンセル、旧中央観光バス債権者から罵声を浴びせられる、連合系の組合員から退職金の担保として車両の半分近くを引き上げられる等苦難が続いたという。それでも全労連系組合長は「雇用を守る」と、組合員ドライバーが営業マンとしても活躍し、最終的に組合長が社長に就任することで再建の道筋をつけた。担保となっていた車両もトップ会談で「雇用と退職金は保証する」と約束して取り戻した。その後中央観光バス労働組合では『ジェイ・ジェイ交通株式会社』を設立、退職金債権として保全措置を講じていた車両28台とZIPANGの商標を代物弁済として譲り受け、事業を引き継いだ。2002年には『ZIPANG JJ(ジパング・ジェイ・ジェイ)』へ、その後2005年頃に『ZIPANG』が事業を引き継ぎ現在に至っている。一般貸切事業のほか、宿泊先手配・JR乗車券及び航空券の取り扱いも行っている。一時期WILLER TRAVEL主催の都市間ツアーバスの受託運行を行っていた時期があり、2012年現在でも受託するツアーバスは不明であるものの国土交通省作成の「高速ツアーバス運行事業者リスト」に名を連ねている。また、2013年現在では日本水陸観光が大阪市内で運行する水陸両用バス「Legend 零 FOUR」の陸上区間の委託運行を行っている。ZIPANG移行後、千葉県の貸切バス事業者平和交通有限会社(後に三重県の菰野東部交通に事業譲渡)の元社員を中心に千葉県成田市に関東営業所を開設していたが、2008年に撤退した模様である。当初からバスを旅の主役として位置付け、豪華な貸切車を多く保有していた。屋根上の装飾として、はとバスが導入していたスーパーバスの特徴でもあったミサイルのようなエアコンダクトを模した、バス・ロケットを設けた車両もあった。内装についても、スタンダード車であってもシャンデリアを装備するなど、豪華さを強調する仕様となっていた。中央観光独自の仕様として、車体サイズや外装装備品の特注設計に終わらず、車体そのものを基本から設計させたりしていた。同社のバスはジパングブランド以降は星5つがスタンダード、星7つがハイグレード車として区別されていた。1979年には中央交通に少し遅れてネオプラン車を導入。N122/3スカイライナーが豪華サロンバス「エンパイアステートサルーン」として、1982年までに合計26台導入され、N116/3シティライナーも初期型の3軸車体が同時期に少数導入された。1982年後期導入のスカイライナー6台はモデルチェンジによりN122J/3となり、前面のホリゾンタルピラーが細くなるようにデザインが一新され、フロント側のサイドシルエットが「く」の字のような状態となり、フロントスクリーンの傾斜がきつくなった。その後も1983年に「オリエント・エクスプレス」としてN122J/3が9台導入された後も、N326J/3スカイライナーやN116/2シティライナー、N117/2スペースライナーが大量に導入された。これ以外にも、MAN車やボーバ車など、多くの輸入車を導入した。中央観光バス株式会社が倒産した後、これらの豪華貸切車は大半が売却されており、残った車両も通常のスタンダード仕様に改装された上で運用されていた。ZIPANG-JJ時代に、台湾経由でスカニアを導入しようとする動きもあり、現地にスタッフを派遣して車両を買い付けて日本に輸入しようとしたが、仲介をする商社との折衝中に諸般の事情により中断となった。なお中央観光バス時代から、同社から払出されたバスは今でもある程度の台数が存在しているが、ZIPANG-JJ以降はZIPANGの車体ロゴやエンブレムの撤去が、極一部の限られた車両を除いて撤去することが義務付けられており、特に直接購入した車体の場合はジパングとの売買契約書の内容の確認が重要である。ちなみにJJからジパングへは、『経営譲渡』であるので、JJ時代に交わされた売買契約書はジパングになった現在でも有効である。特にハレー以降の払出車両に関しては、車体ロゴやエンブレムの装着を『ジパングから譲渡した人間に限り認めている』事が殆んどであるため、個人売買によってロゴやエンブレムの装着された車体を手にした場合は、その都度ジパングへの確認と契約が必要である。また塗装変更を行なわれた車体を手に入れて、元のカラーリングに戻しロゴを入れたりエンブレムの再装着をする事は認めていない。以下に主な車両の概要を記す。

出典:wikipedia

LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。