石坂 宗哲(いしざか そうてつ)は、江戸時代の鍼医の名跡。特に指定しない場合は、竿斎(かんさい)石坂宗哲を指すことがほとんどである。なお、江戸時代の出版物では「石阪宗哲」と「石坂宗哲」が混在するが、石坂が多い。また、明治あるいは昭和以降の出版と論文では石坂と記述される事がほとんどである。1770年(明和7年)甲府国甲府に竿斎石坂宗哲は生まれた。ただし異説もあり江戸生まれともある。後に石坂家が江戸の大火(後述)にあったせいか幼少の頃はほとんど記録がない。1796年(寛政8年)12月22日、鍼科の創設を命じられ甲府へ赴任し、翌年、甲府医学所を興す。1800年(寛政12年)5月15日、任務を果たして甲府より江戸に戻る。1802年(享和2年)11月22日、寄合医師に進み、禄百俵を給せらる(この時、御目見以上の身分になったものと推定される)。なお、正確な日時は未詳ながら、文化初年に奥医師(鍼科)に進んだものと考えられ、1812年(文化9年)12月16日、法眼に叙せられている。文政年間には、後述するようにフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトと交流した形跡がみられ、そのことから「シーボルトの弟子」と記載される例もあるが、むしろ(多少強引に)シーボルトに鍼を教えていたのは宗哲であり、そういう意味ではシーボルトの師匠(シーボルトおよび宗哲双方にその意志は無いが)というのがふさわしい。なお、シーボルトが帰国する1829年10月(文政12年9月)の直前、「文政十二年三月廿一日の大火記録」によれば「類焼卸医師」の住所氏名に「石坂宗哲 同宗貞」とあり、火災に遭っているようである。シーボルト帰国後は、私塾陽州園を設立して後進の指導に当たった。1840年(天保11年)12月20日、隠居。子の宗貞が先に没していたため、孫の宗元が継いだ。翌年死去、深川増林寺に葬られる。石坂氏は元文年間より江戸幕府に仕えていたが、『寛政重修諸家譜』編纂時点では御家人身分であったため同書には掲載されていない。また、宗哲は世襲名で子孫も襲用しており、そのため伝記には混乱が見られるので注意を要する。石坂流鍼術の創始者で、多くの著書を遺した。1822年にはオランダ商館医「的由児里无吉」(Nikolaas Tullingh)と出会い、東西の医学統合を試みて『栄衛中経図』を著した。同著は、パルへイン(Johan Palfyn)著『人体解剖学書』の血管図を取り入れたものと見られる。また、1820年3月15日にはオランダ商館医として来日していたシーボルトに『鍼灸知要一言』および鍼治療道具一式などを献上しているが、シーボルトは1833年に著した"Niipon"(日本)において、石坂宗哲ともに鍼治療と治療道具一式を2ページにわたって紹介しているほか、帰国後に『鍼灸略説』を翻訳したと思われる論文を学会に発表している。海を渡った宗哲の著作物には"Sotcts"とラテン語表記されていた。住居は、江戸の日本橋濱町山伏井戸(明治期に両国に統合された後に、現在日本橋浜町)である。1776年から同じ山伏井戸に杉田玄白が住んでおり至近距離である。また、安政六年の地図には、石坂宗哲家(この時の名義は子・石坂宗貞)の西4軒隣に杉田玄丹と記載がある。杉田玄白は、1805年に江戸で亡くなっているが、終生この地に住んでいたとすれば宗哲35才の頃までわずか数軒隣に杉田玄白が住居し、塾を開いていた事となる。この山伏井戸は至近距離の薬研堀と共に医者町を形成しており、娘婿の石坂宗桂宅は東北10軒隣に住んでおり、薬研堀の目前である。また、石坂宗桂宅2軒隣の水谷玄丹は一橋家侍医であり、また、宗哲家の道を挟んで3軒となりが一橋家下屋敷である。他にも至近距離に順天堂病院を創立する事となる佐藤泰然、シーボルト門下の竹内玄洞、奥医師多紀法印家、半井策庵、土生玄硯の子である土生玄昌家など当代随一の医者が集中しており、付近で医学会の情報ネットワークを形成していた。石坂宗哲(竿斎)の娘婿で、石坂宗圭を名乗る。後に、石坂宗哲の名前で『鍼灸茗話』(出版年不明)を出版しており、義父・宗哲の談話を書き残している。また、大政奉還後に徳川慶喜が水戸にて謹慎した際の随員名に石坂宗哲が見えるが、彼が宗哲を襲名した宗圭であると推定される。1918年(大正7年)10月21日に東京美術倶楽部で行われた徳川侯爵家の由来品入札(所蔵品売買)では、出品された雪舟の山水画に石坂宗哲添状が添付されており、その後の生活がしのばれる。石坂宗哲の名を襲名したのは他にもおり、町田栄治の著書にわずかながら記載がある。ただし、明治の混乱期であり、石坂流の鍼術を継承する存在ではなかったようである。また、町田著意外に出てくることは無く、業績は確認出来ない。町田家は石坂家の遠縁である。石坂宗哲の書籍は、多くが再版されている。また、多くの研究も進んでいる。
出典:wikipedia
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