松平 斉韶(まつだいら なりつぐ)は、江戸時代後期の大名。播磨明石藩第7代藩主。直良系越前松平家8代。享和3年(1803年)、先代藩主・松平直周の次男として生まれた。初名は直韶。のち、将軍・徳川家斉から偏諱を受け斉韶に改名した。文化13年(1816年)、父の隠居に伴い家督を相続する。文政4年(1821年)に元服する。天保11年(1840年)に隠居し、家督を養子の斉宣(徳川家斉の二十五男)に譲った。慶応4年/明治元年(1868年)9月8日(慶応から明治への改元日)、66歳で死去した。※日付は旧暦※参考文献:児玉幸多監修・新田完三編「内閣文庫蔵・諸侯年表」東京堂出版 1989年再版映画『十三人の刺客』(1963年)には、暴君として「将軍の弟である明石藩主・松平斉韶」が登場する。2010年のリメイク版も同様であるが、史実の斉韶とは関係がない。ただし、将軍の弟という出自や、参勤交代中のトラブルといった逸話は、跡を継いだ斉宣に見られる。2010年の映画化に伴って刊行された小説版(谺雄一郎作)では、暴君の名を「斉宣」としている。
出典:wikipedia
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