阪急バス茨木営業所(はんきゅうバスいばらきえいぎょうしょ)は、大阪府茨木市上郡二丁目にある阪急バスの営業所。最寄りの停留所は「中河原南口」「茨木営業所前(降車専用、東向きのみ停車)」で、所内には阪急バスの車検整備を担う子会社・阪急阪神エムテックの本社工場が併設されている。阪急バスの親会社・阪急電鉄の前身である『京阪神急行電鉄』から京阪電鉄が分離独立したのに伴い、1950年に京阪バスから譲渡された。譲渡当初は、現在の石橋線の元となる石橋枚方線の一部や、茨木市北部・豊能町・富田などへの路線を運行していた。現在は茨木市や箕面市を中心に、豊中市・吹田市・池田市・高槻市・豊能町まで、幅広い地域をカバーする路線群を担当している。以前は、島本町・摂津市・京都府亀岡市へ乗り入れる路線もあった。1975年から1985年までは、阪急バスがデマンドシステムを改良した業界初となる「ミディバス」(コールモービルシステム)の運行を担当していた。千里中央駅 - 粟生団地間の輸送をベースに、青松園前(山麓線)経由と北千里駅・小野原(国道171号)経由の2種類の系統が中心。そこからさらに外院の里や箕面市北部の間谷住宅、大阪大学外国語学部(旧・大阪外国語大学、2007年10月1日に統合・改称)、勝尾寺・北摂霊園などへと向かう系統に細分化される。千里中央駅 - 北千里駅間を運行する系統はクローズドドアシステムを採用しており、北千里では郊外行きは乗車のみ、千里中央行は降車のみの扱いとなる。また、両者の間にある停留所を全て通過する「直行運転」を行う。粟生団地系統間谷住宅、阪大外国語学部系統外院の里系統小野原住宅系統従来貸切運行していた当時の千里国際学園への輸送と、新たに開始する阪急小野原住宅への輸送を担い、1993年に開設された。2011年8月13日には小野原西五丁目方面への循環路線となる70系統が新設され、従来の78系統も今宮三丁目経由に変更された。「関西学院千里国際キャンパス」停留所は、2010年4月に実施された関西学院と千里国際学園の両学校法人の合併に伴い、「千里国際学園」から改称された。関西学院千里国際キャンパスには外国人の学生が多く通っているため、車内放送や一部の停留所では英語が使われている。千里中央と、青松園・粟生団地の各住宅輸送を行う路線。もとは千里中央 - 萱野小学校前 - (この間無停車、国道171号経由) - 青松園前という系統だったが、箕面山麓線の開通により現在のような形態になった。なお、豊能営業所が運行している北大阪ネオポリス線も、希望ヶ丘 - 千里中央間の最短経路として山麓線を通る。勝尾寺・北摂霊園系統2015年10月16日に運行開始。同年11月19日にエキスポランド跡地にオープンする予定の『EXPOCITY』へのアクセス系統となる。近鉄バス(鳥飼営業所)との共同運行である。ただし、近鉄バスは途中全停留所に停車する各停便、阪急バスはJR茨木 - 日本庭園前間をノンストップとなる急行便で、両社合わせて15分毎(交互に発車)のダイヤとなっている。1984年に開設され、当初は千里営業所が担当していた。1988年に茨木営業所に移管、1997年に系統番号が再編され、現在の体制となった。千里中央 - 茨木美穂ヶ丘系統を主として、阪大病院経由や下井まで延長した系統によって構成される。下井発着便は茨木営業所への出入庫を兼ねている。国道171号を経由して、茨木と石橋を結ぶロングラン路線。京阪バス時代の石橋枚方線がルーツとなる、歴史のある路線でもある。同社からの譲渡以後は従来の路線と結合させ、国鉄茨木から府道67号(西国街道)を経由して石橋、さらに兵庫県西宮市の香枦園浜まで運行されていた。後の長距離路線の整理により分断され、現在の石橋線と豊中西宮線に分断された。阪急茨木 - JR茨木間は道路渋滞が恒常的に発生しており、渋滞による遅延を避けるためJR茨木発着を中心とし、阪急茨木発着は一部便のみである。JR茨木 - 阪急石橋間は約50分弱。他路線との乗り継ぎが可能な停留所が多いことも、この路線の特徴である。「中河原南口」では忍頂寺・サニータウン方面に、「小野原」で粟生団地・間谷住宅方面に、小野原 - 今宮間で北千里・千里中央方面に、「萱野小学校前」で千里中央・箕面・粟生団地方面、「箕面高校前」で豊中・梅田方面(平日のみ)に乗り換えることが出来る。区間便を除き、方向幕には流れ星のマークがあしらわれている。これは千里国際学園に通う学生向けのサインで、最寄停留所である「新家」(石橋方面行き)・「箕面墓地前」(茨木方面行き)では英語の車内放送が流される。臨時系統として設定されているJR茨木 - 豊川一丁目(2008年4月に「道祖本」から改称)系統は、小林製薬中央研究所の社員輸送を目的としたもので、「臨時」と称しながらも2005年頃から毎朝7時台に2便の定期運行を行っている(復路はなし)。また、沿線にある梅花学園で大学入試センター試験などが開催される日にも運行されるが、こちらは復路便も設定される。茨木市街地から郡山団地へと向かう路線。2008年4月のダイヤ改正では急行便を含む運行本数の減回や、「道祖本診療所前」停留所の「豊川診療所前」への改称などがなされた。2015年4月のダイヤ改正で、茨木ヒルズ方面へ一部経路変更、「豊川診療所前」停留所の「豊川四丁目」への再改称などがなされた。道祖本診療所前系統(当時)は、1997年12月22日の茨木・豊能・伏尾台営業所管内ダイヤ改正時に石橋線から編入された。2011年7月1日に開設された、管内では最も新しい路線。茨木側は昼間が阪急茨木発着、朝夕がJR茨木発着となる。JR茨木駅から国道171号を通ってJR摂津富田駅へと向かう。石橋線と並び、営業所黎明期からの伝統ある路線である。京阪バスが運行していた京都線(大阪内本町 - 河原町御池)を吹田水無瀬線・茨木水無瀬線・京都線(水無瀬 - 河原町御池)の3系統に分断し、そのうち茨木水無瀬線の富田 - 水無瀬間を廃止したものが現在の茨木富田線である(1997年12月22日)。千里中央・北千里と箕面市の小野原東地区を結ぶ路線で、1990年に新設。当時は175系統・千里中央 - 小野原東のみであった。1998年に一部の便を富士火災まで延長、2000年に深夜バスの運行を開始、2007年に一部の便を豊川駅まで延長。豊川駅発着便を176系統とした。茨木市街地から市北部の山間地域である忍頂寺や車作地区へと向かう路線。茨木駅 - 中河原南口の営業所出入庫系統もこれに含まれる。以下のうち、忍頂寺系統と車作線は一部の区間で豊能営業所との共同運行を行っている。なお、かつて存在した大岩系統の派生路線として、茨木サニータウン線もある。1997年12月から2015年3月まで、余野系統は忍頂寺にて乗り継ぎとなっていた。別記の「忍頂寺線の乗換方法」を参照。2016年6月6日より上福井 - 馬場間の経路が彩都中部地区を経由するルートに変更される予定。2007年12月10日から運行を開始(当初は11月末頃の予定だった)。茨木サニータウンから茨木市駅への流動に関して、従来の上福井・JR茨木駅を経由するよりも速達性が見込まれるとして、長年茨木市議会で議論されてきたが、安威川ダムの建設工事に伴い府道46号からの乗り入れが可能になったことから、2006年5月に茨木市が阪急バスに改めて要望を出し、2006年度末に運行計画を進め、車作線の桑原橋系統延伸という形だけではなく上穂積系統から桑原橋系統への振り替えも含めて調整を行った。2015年4月1日より、一部の便をJR茨木まで延長。千里中央と大阪船場繊維卸商団地(コムアートヒル)内にある卸問屋『ジェット』を結ぶシャトル路線。前乗り後降りの運賃先払い方式を採用しており、乗車時にジェットの登録カードを呈示すれば無料となる(同伴者も対象)。この路線専用の車両が充当されるが、土日などには一般車も応援に入る。かつては団地を運営するSSOKが自社でマイクロバスを用意し運行していた。1997年に休廃止された、モノレール宇野辺駅付近・富田 - 高槻間を復活させた。JR富田よりも先の各停留所は、この深夜便の降車専用とされており、他の路線は発着していない。その名の通り、茨木と水無瀬の各駅を結ぶ路線。1997年12月22日の改正で水無瀬から富田まで区間が短縮され、茨木富田線(65系統)として運行されている。京阪バス時代に大阪内本町・天神橋 - 京都河原町御池間を結んでいた「京都急行線」が前身。産業道路(府道14号、国道171号と重複)の交通渋滞慢性化や運行効率の悪さから、何度も途中区間で系統が分断され、その中の一部が茨木水無瀬線である。なお、この路線の休廃止により、国道171号内区間のうち国道梶原(現在は高槻市営バスの停留所) - 阪急水無瀬間は他社を含め路線バスの運行がすべてなくなり、阪急バスにとっても京都府内(水無瀬以北)と大阪府・兵庫県内を結ぶ系統はなくなった(後に、高槻市営バスが2013年4月1日より上牧駅乗入を開始し、国道171号線の路線空白区間は阪急上牧 - 阪急水無瀬間に短縮されている)。現在は路線名にも採用されている車作地区で折り返しているが、かつては京都府亀岡市の南掛まで運行されていた。乗客減少のため、1997年12月22日のダイヤ改正で系統番号を「79」に改めた上で、亀岡市との府境付近にある竜仙峡までの短縮および休日のみの運行になった。2007年6月24日をもって、安威川ダムの工事にあわせ府道46号の架け替えが行われることから、同年7月1日以降は現在の車作行き(89系統)として運行されている。クローズドドアシステムを採用しており、阪大外国語学部行は乗車のみ、各駅行は降車のみ扱われる。また、下記に挙げた停留所のみに停車する。大阪外大(当時)側から増便や石橋線のJR茨木 - 小野原系統の延伸が要請されていたが、実現には至っていない()。1997年12月22日から2015年3月まで忍頂寺線・余野系統は「忍頂寺」停留所を境に阪急・JR茨木寄りと余野寄りで運行が分断され、忍頂寺をまたいで利用する場合は乗り換えが必要であった。ただし、いずれの便も忍頂寺で乗り継ぎができるようにダイヤが組まれており、以下の方法を利用すれば通し運賃で乗車できる。茨木営業所や阪急茨木・JR茨木の各駅などでは、この連絡制度専用の紙製の連絡回数券(10 - 90円券)を販売している(泉原などの一部商店では磁気タイプの回数カードのみ販売していた)。忍頂寺線内では、忍頂寺以外にも「千提寺口」で北大阪ネオポリス線との乗り換えが可能だが、この制度の対象にはならない。なお、阪急バスの各線で忍頂寺線の他に通し運賃で乗車できる路線は東能勢線の池田 - 妙見山上系統のみ(正月三が日のみの運行)。大型車が主体で、最近は中型ロング車も数を増やしている。保有車種は国内大手4メーカー全て揃っており、天然ガス車やハイブリッド車等の低公害車も在籍する。忍頂寺線・車作線・安威団地線・茨木富田線(これらを総称して「山線」と呼ぶこともある)に使用される車両は山間部を走行するため、車体後部にバックアイカメラを備えており、大型車については短尺車両を使用している。山線で使用された短尺車の一部は、カメラを撤去した上で茨木美穂ヶ丘線などで転用されていた。また、メゾン千里丘線と箕面山麓線では基本的に中型車が使用される。また阪急・JR茨木発着系統ではほぼ全て、千里中央発着系統も順次ノンステップあるいはワンステップ車が主体となっている。
出典:wikipedia
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