BOACスチュワーデス殺人事件(ビーオーエーシースチュワーデスさつじんじけん)は、1959年(昭和34年)、英国海外航空(BOAC、現ブリティッシュ・エアウェイズ)の日本人女性客室乗務員(スチュワーデス)が扼殺され、遺体となって東京都杉並区で発見された事件。犯人特定・犯人逮捕には至らないまま、1974年(昭和49年)3月10日に公訴時効が成立、未解決事件となった。1959年(昭和34年)3月10日、東京都杉並区の善福寺川(大宮八幡宮近くの宮下橋)で、BOAC航空(現ブリティッシュ・エアウェイズ)の日本人女性客室乗務員(当時27歳)が扼殺死体で発見された。被害者の交友関係から、カソリック杉並ドンボスコ修道院の会計主任でベルメルシュ・ルイズ神父(ベルギー人、当時38歳)が捜査線上に浮かんだ。弁護人とバチカン大使館一等書記官の立会いのもとでの5日間に渡る事情聴取が行われたが進展がなく、6月11日、神父は病気療養のため、正規の出国手続を経てベルギーに帰国した。出国の許可に当たっては、警察は正規の出国手続きが取られていたことを把握していながら、外交的な措置を求めるだけの証拠を提示できず、神父の出国が許される結果となった。この問題は国会でもとりあげられた。事件は解決のめどの立たないまま、1974年(昭和49年)3月10日公訴時効を迎えた。被害者は前年の12月、BOAC航空がコメット旅客機航路の開始に際して、初めてスチュワーデスに採用した日本人女性のうちの1人だった。そして、この事件の前後にBOAC航空の他のスチュワーデスが金や麻薬などの密輸に関わった事件が発覚している。国際的・組織的な密輸ルートに関わる謀略事件ではないか、という説もある。「殺されたスチュワーデス 白か黒か」は猪俣勝人が自身のプロダクションで製作し、脚本・監督を手がけた。当初は「神と愛欲」のタイトルであった。事件発生の同年1959年10月6日に大映で公開された。フィクションと断ってのストーリーであったが、カトリック教会からの批判などで公開が短期に終わった。その後、名画座等で上映されているが、後半のレポート部分はすべてカットされ、セリフも一部消されたカット版である。なお、猪俣勝人が教鞭をとっていた日本大学芸術学部映画学科のフィルムライブラリーにはノーカット版が保管されている。「小説 日本列島」(吉原公一郎)でも扱われ、「日本列島」(熊井啓)として映画化された。 大橋義輝 『消えた神父を追え! BOACスチュワーデス殺人事件の謎を解く』(2014年8月、共栄書房)
出典:wikipedia
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