『鶴瓶の家族に乾杯』(つるべのかぞくにかんぱい)は、NHK総合テレビで1995年8月16日から毎週月曜日の19:30 - 20:43(JST)に放送されている紀行・バラエティ番組。司会を務める笑福亭鶴瓶の冠番組。番組の通称及び略称は「家族に乾杯」。字幕放送、ステレオ放送を実施。2011年度からはデジタル総合テレビのみ解説放送(ステレオ2音声)も実施。「家族をテーマにして」司会の笑福亭鶴瓶とゲストが旅人として各地(田舎が多い)を訪れ、地元の人々と触れ合いながら旅していく番組。『土曜特集』の枠では毎月1回の放送だったが、2005年4月からの定時番組編成からは放送時間が短くなり、1つの旅を2回に分けたシリーズで紹介した。2016年4月から放送時間が73分に拡大され、前編と後編を統合して1回で完結するように戻った。番組のオープニングでは、下記のような番組の主旨が書かれた文章が流れる(まれに「再会編」など放送回によって異なる場合もある)。旅先の待ち合わせ場所にいるゲストのもとへ鶴瓶がやってくるというとシーンで始まる。まず鶴瓶とゲストが一緒に行動するが、後に2人(2組)は別々に行動する。旅先で撮影したビデオ映像を編集し、東京のスタジオに戻って振り返るという構成である。スタジオの司会はNHKアナウンサーの小野文恵、VTRのナレーションは久米明。スタジオでは鶴瓶たちが画面だけでは伝えられなかった細かいエピソードを折り込む。鶴瓶らの旅ロケとは別に、旅の舞台となった町の魅力についてスタッフが改めて取材。また、鶴瓶らが出会った家族のもとへ番組スタッフが再訪問し、感想や後日談、出演者へのメッセージを織り込みながら進行する。制作側はゲストに「どのような場所へ行きたいか」リクエストしてもらい、どこの町に行くかだけを決めて、現地では両人に自由に動いてもらう。収録チームも両人に一組ずつ付く。『さだ&鶴瓶』時代の1、2回目は、途中で出会った人を一堂に集めて最後にさだが歌を披露するというものだったが、3回目で都合により現地でさだと鶴瓶が一度も出会えなかったことが現在のフォーマットにつながっている。なお「家族に乾杯」に移行後も1998年7月18日の山本譲二(沖縄県竹富町竹富島)、2003年5月3日のさだまさし(山形県高畠町)、2010年10月11日の上田正樹(北海道余市町)、2011年12月19日の村治佳織(長崎県平戸市)が現地の人を集めて歌や演奏を披露しているほか、2011年5月30日の「宮城県石巻市 再会編」では、同じ会場で鶴瓶が落語を、さだが歌をそれぞれ披露している。75分時代の前期には、メインのVTRの他に、現地の人にアンケートのように取材したVTRを流すコーナーがはさまれていた。またゲストが今回の旅と関係ない思い出を語ったり、視聴者からの手紙を紹介するコーナーもあった。視聴者からは川柳も募集しており、小野は「温泉の あぶくじゃないよ おならだよ」といった下ネタ系の川柳を毎回発表していた。第25回放送文化基金賞を受賞した。また、笑福亭鶴瓶は本番組への出演で第45回ギャラクシー賞(2008年)奨励賞を受賞している。もともと本番組は、さだまさしにNHK側から「さだと、さだがコンサートで行く地域の人々とふれあう姿をテレビにしたら面白いのでは」という発想のもと番組化され、さだの友人である笑福亭鶴瓶との二人旅という形で始まった。なお、朝日放送プロデューサーの松本修が、これに先立ちさだを起用したまったく同じ企画を考えていたが、放送枠がなくて実現できなかったと著書『探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子』で明かしている。1995年8月に特別番組『さだ&鶴瓶のぶっつけ本番ふたり旅』として放送。当初はさだがメイン、鶴瓶はさだの旅のパートナーとして番組にかかわっていた。第1回は、さだが村の歌を頼まれて作ったが村自体には行ったことがないという岐阜県谷汲村を訪ねるというものだった。『さだ&鶴瓶』では3回(谷汲村、三重県美杉村、熊本県湯前町)放送した。さだが作った谷汲村の歌「風の谷から」の歌詞は「終着駅を降りたら」で始まるが、『さだ&鶴瓶』の行き先は、いずれも鉄道の終着駅があるという条件で選ばれていた(なお、第1回の名鉄谷汲線は2001年に廃止されている)。さらに現在のタイトルになり、鶴瓶と他のタレントとで2回、特番での放送をした。現タイトルでの最初の放送は、鶴瓶と内海好江、大島智子の3人旅であり、舞台は岡山県牛窓町だった(この回のみタイトルは「鶴瓶のにっぽん家族に乾杯」)。その後レギュラー化が検討され、1997年4月に『土曜特集』枠内で、月1回のみの放送形態で始まった。『土曜特集』での第1回は、特番時代メインのさだと鶴瓶の二人旅だった(その後も『土曜特集』時代初年度は合計3回はさだと鶴瓶の二人旅)。しかし、さだのスケジュールの都合で定期的な出演が困難になり、さらにはさだが出演そのものを固辞したため、鶴瓶とゲストとの旅という今の形に落ち着くこととなる(2000年、2003年、2005年にさだがゲスト出演している)。さだは、以後も番組の主題歌「Birthday」を歌っている。『NHK年鑑』には番組の開始は1997年と書かれている。2005年7月15日の鹿児島県喜入町の回では、鶴瓶がさだそっくりな一般人を見つけて、以後の旅にずっと連れて歩いた。なお、さだは現在、NHK総合でほぼ月1回深夜に放送されている『今夜も生でさだまさし』のメインパーソナリティーを務めているが、同番組は『家族に乾杯』の構成作家である井上知幸が構成作家兼アシスタントを担当しているほか、小野文惠もコントVTRなどに不定期で出演している。2008年元日の放送では、オープニングで『第58回NHK紅白歌合戦』の白組司会を終えた鶴瓶が出演した。鶴瓶は自分が紅白の司会に決まると真っ先にさだに「Birthday」を歌うように頼んだといい、紅白では「Birthday」に合わせて画面には『家族に乾杯』(『さだ&鶴瓶』時代と思われる)でのさだと鶴瓶の映像が放送された。2009年秋の放送ではさだが画面から「(正月の番組は)小野さんのスケジュール待ちです」と呼びかけ、2010年元日の番組に小野は、実家へ帰省する切符をキャンセルして出演した。2012年元日は、小野は帰省中にもかかわらずこの番組のために大阪へ往復した。2011年5月23日と30日の放送では、再会編として東日本大震災で被災した宮城県石巻市を再訪。この時、パートナーとしてさだまさしが同行し、6年ぶりに「さだ+鶴瓶」による家族に乾杯が実現した。2015年7月6日と13日の放送では、さだの青年時代を描いたドラマ『ちゃんぽん食べたか』でさだの役を演じた菅田将暉がパートナーとしてさだの出身地を巡り、さだがVTR出演した。当初は45分番組だったが(「家族に乾杯」のタイトルでの第1回は50分、第2回と1997年の年末スペシャルは60分)、1998年4月から75分番組になる。しかし1999年3月に45分番組に戻り、2000年4月からまた75分番組になるという変遷をたどる(この間は、『土曜特集』枠の前半30分が『頭のゲーム脳ビタくん』で後半45分が『家族に乾杯』だった)。スタジオ収録は、番組初期は鶴瓶と相手のタレントだけで進行していたが、1998年4月に75分枠になった際に酒井ゆきえがスタジオ司会となる。しかし酒井は1回のみで降板し、5月はNHKアナウンサーの伊東敏恵が担当した(当時、この回の舞台であった岡山放送局に所属していた)。1998年6月20日放送分から小野が起用されてからは、現在に至るまでずっと固定されている(ただし、1998年12月19日放送分の1回だけは当時甲府放送局アナウンサーの島津有理子が代役登板で出演した。この回に限って鶴瓶は「NHKの歴代の美人アナウンサーが司会をしております」と言った)。なお小野は、それ以前にもナレーターとして登場している(1997年前半まで、1年先輩でアナウンサーの山本志保と交互に担当)。小野の初登場での「アナウンス室の秘密兵器と呼ばれています。最後まで秘密のままで終わる」などといったやりとりは、週刊誌にも取り上げられた。2005年4月からは毎週金曜日20時から45分のレギュラー番組となり、1ゲストで2週間分放送(前編・後編)という形態で放送されるようになった。この当時は地域番組を編成するために差し替えを行うこともあった。特に北海道では札幌放送局制作の地域番組を(原則)毎週放送していた(ただ、2004年度以前とは異なり、同日放送を行った回もある)。地域番組に差し替えた場合、翌日土曜日10時台または翌日以降に時差放送を行った。2006年4月3日放送分からは、これまで『生きもの地球紀行』『地球・ふしぎ大自然』など生物・自然環境の教養番組を放送していた月曜日20時からの放送となった(北海道地方も後日放送ではなく当日放送になった)。ここから視聴率も徐々に上がって15%前後を確保し、同時間帯1位を獲得することも多い。なお祝日は別番組を編成することが多いので放送回数は少なく、3週間に1度のペースでロケを行う。NHKが2006年に公開した「ジャンル別番組制作費」によると、制作費は1本約1250万円かかるという。2007年12月10日と17日の旅の目的地が宮城県になったことにより、47都道府県すべてを回ったことになる。放送が十数年にわたるにもかかわらず栃木と宮城に行っていなかったことに気づき、2007年最後の2回の旅であわてて両県に行ったという。2010年7月5日の放送は当初、過去に放送した場所を再訪する番外編を放送予定だったが、大相撲野球賭博問題に関する『NHKスペシャル』の放送に変更となり、予定されていた番外編は同年9月27日に延期となった。2011年3月11日発生の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に際しては、総合テレビが震災関連の報道体制をとっていたために3月14日以降の放送が休止され、レギュラー放送は5月2日に再開された。これ以降、毎年3月上旬放送分では必ず東日本大震災の被災地の自治体を訪問している。2011年度からデジタル放送に限り、解説放送を開始(ステレオ2。アナログ放送は従来通り解説なし、ステレオのみ)。2016年4月から、前座番組『クローズアップ現代』の放送終了と同番組のタイトル改題による放送枠移動に伴い放送時間が30分繰り上がり19時30分から20時43分までの73分枠に拡大、番組もこれまでの前後編から1話完結にスタイルを改められた。※ここでの表記は、日本時間とする。2009年度までは、地上波での再放送は原則として行われなかった。1998年度には水曜日の17時台に過去の回が再放送されていたが、首都圏はローカル情報番組のため、関西地区はローカル番組の再放送枠のため放送されなかった。2006年度から番組表上はBS2で火曜日16:30 - 17:13に再放送されることになっていたが、年度前半にはほとんど放送されなかった。2006年4月から11月までの8カ月間にはわずか3回しか放送されず、2008年4月から10月までにも3回しか放送されなかった。その後冬になると毎回に近いペースで放送された(国会中継、大相撲中継、将棋名人戦、囲碁本因坊戦の日を除く)。また地域番組を長時間放送するスペシャルのために放送がなかったこともある。放送予定になっていても当日に国会中継が入って中止になることもたびたびあった。BS2で放送される場合、地上波より1週遅れ(2007年2月22日の『スタジオパークからこんにちは』に生瀬勝久が出演したとき、生瀬が出演する『家族に乾杯』の放送日としてBS2も明記されていたが、1週遅れであることが一切示されておらず、さらに実際にはその回が休止になった)。BS2での放送の最後では次回予告が流れるが、総合テレビでの放送日時が、すでに放送日を過ぎているのにそのまま放送される(2008年7月29日からようやく、おことわりのテロップが入るようになった)。番組ホームページにも2007年からBS2での放送日時が明記されるようになったが、放送休止があまりに多いため、「BS2で不定期に再放送」という表現に変わった。2009年度から、BS2での再放送が月曜日の8:15 - 8:58になり、原則として放送休止がなくなった(長時間のスペシャルでも8:15から放送され、後の番組が変更になる)。2010年度からはこれに加え、総合テレビで金曜日の0:45 - 1:28(木曜深夜)にも放送されるようになり、初めて地上波での再放送がレギュラー化された。また編成の都合上、地上波での再放送が次回の本放送より後になった場合は、次回予告を再放送専用に作り直すようになった。なお、難視聴対策放送の終了に伴い、BS2の放送は2011年3月で打ち切りとなった。2011年度の再放送は総合テレビ・NHKワールド・プレミアムとも日曜日の13:05 - 13:48に放送されたが、北海道地方では『世界ふれあい街歩き』(本来放送される金曜日22時台に地域番組が組まれているための時差放送)が組まれるため、本番組の視聴は月曜日初回放送の1回限りとなった。2012年度の再放送は月曜日の16:05 - 16:48に変更され、再び国会中継や大相撲中継期間中および祝日のときは放送されないことになる。ただ、国会中継や大相撲中継期間中および祝日で再放送がない場合でも、深夜の時間帯(曜日は不定)や祝日の午前中に前後編の2本立てで再放送を行うことがある。2013・2014年度の再放送は月曜日の10:05 - 10:48になり、大相撲中継による放送休止はなくなったが、祝日は休止となる。2015年度の再放送は月曜日の14:05 - 14:48になった。国会中継時および祝日は休止。海外でも、NHKワールド・プレミアムで水曜日20:00 - 20:43(日本標準時)、テレビジャパンでは水曜日21:00 - 21:43(アメリカ東部時間)に放送されていた。2016年度の再放送は金曜日の0:10 - 1:23(木曜深夜)になった。2009年から、NHKオンデマンドでも配信され(当初は放送後1週間程度、その後、10日程度、2週間程度と延びる)、インターネットで随時見られるようになった。2012年3月に、東日本大震災被災地での「再会編」を収録したDVDが発売された。震災以前にその場所を訪ねた回と併せて収録されている。実際には話の流れ上、目的地の市町村の外に出ることもたびたびある。その場合、番組テーマとしては出ないが、エンディングの「○○のみなさんありがとうございました」というテロップにより訪れた市町村が表示されることが多い。"右の[表示]をクリックで一覧表示"2016年3月にスタートした、地元で愛される料理を訪ねるコーナー。ナレーションは常盤貴子。この番組では訪ねる自治体を紹介するVTRを後日収録するが、『土曜特集』時代の後期から2006年前半あたりまで、小野自身が収録に参加することが多かった。そのとき、NHKの女性アナウンサーとは思えないコスプレを見せる(2001年3月9日の『スタジオパークからこんにちは』の「アナウンサーにQ」では、小野を語るキーワードとして「コスプレ」と書かれていた。これは家族に乾杯と並んで『ためしてガッテン』でも実験でさまざまなコスプレをしていたからである)。以下に例を示す。他メディアで特に話題になったのは、2000年11月25日の京都府亀岡市の回である。同市の湯の花温泉を紹介するのに、湯船の横で浴衣を着た小野の後ろ姿が映り、それを脱ぐ(画面には、服を着ていない肩から上の小野が映っている)。次のカットでは、小野の足下が映り、そこに脱いだ浴衣が落ちる。そして湯船に入る足が映るというものである。このときバックには、この日のゲストである加藤茶が「ちょっとだけよ」というギャグをやるときにかかる曲「タブー」が流れる。つまり、NHK女性アナウンサーが裸になったということを視聴者に想像させている(VTRでは次のカットは温泉につかっているおじいさんになり、VTR後、小野は「期待しました?」と言った。これに対して鶴瓶は「あのおじいさんの方がよかったわ!」と返す)。1999年2月20日の山口県田万川町の回では、小野が、山口放送局時代の失敗談を延々と話し(高校野球中継で「ピッチャー振りかぶって上手投げ」とか「打った! センターバック! キャッチャーフライです」と言うなど)、鶴瓶が「誰や! 小野文恵を東京に呼んだの」と言った。
出典:wikipedia
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