魚津駅(うおづえき)は、富山県魚津市釈迦堂一丁目および北鬼江一丁目にある、あいの風とやま鉄道・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅である。あいの風とやま鉄道「魚津駅」と富山地方鉄道「新魚津駅」の乗り継ぎが可能(地下道で接続され、エレベーター有り)。本記事では、当駅西口側にあり、かつては同一駅名であった富山地方鉄道本線の新魚津駅(しんうおづえき)についても詳述する。2015年(平成27年)3月14日の北陸新幹線長野駅 - 金沢駅間の開業による並行在来線の経営分離によって、北陸本線の倶利伽羅駅から市振駅間があいの風とやま鉄道へ移管されることに伴い、当駅も併せて移管された。駅構内にはあいの風とやま鉄道線と地鉄本線を結ぶ非電化の渡り線が設置されている。魚津駅西ロータリーおよび広場は本新町であり、釈迦堂と同じく道下に位置する。JR西日本富山地域鉄道部管理の直営駅でみどりの窓口が設置されていた。特急列車・急行列車の大半が停車した。また、大阪方面への特急「サンダーバード」が1往復のみ(上り10号・下り35号)乗り入れていた。東京方面と宇奈月温泉・黒部峡谷方面の結節点でもある。かつては、富山地方鉄道(地鉄)魚津駅(現・新魚津駅)とJR魚津駅が跨線橋で繋がっていたが、北側の地鉄側に地下道を作り、両駅は切り離された。単式ホーム1面1線、島式ホーム1面2線を合せ、計2面3線を有する地上駅である。単式の1番のりば側に駅舎があり、島式の2・3番のりばへは跨線橋で連絡している。あいの風とやま鉄道・魚津駅の駅前は東口である。西口は富山地方鉄道・新魚津の駅前となる。また、駅舎の北側には、ますのすしの源が運営する売店『魚源商店』(2015年(平成27年)5月3日開店)、南側にはジェック経営コンサルタントが運営する特産品販売・休憩施設『ミラマルシェ』(2016年(平成28年)3月30日開店)および『魚津駅前のうまい水』という水飲み場がある。あいの風とやま鉄道魚津駅または富山地方鉄道新魚津駅から片道100km以上の遠距離旅行(鉄道利用は片道でも可)をする場合、当駅から徒歩約5分の魚津市営魚津駅南駐車場を24時間100円で利用できるサービスがある(通常は24時間310円)。魚津オフレールステーション(略称:魚津ORS)は、JR貨物の駅の通称で、魚津市北鬼江一丁目(旅客駅とは別の場所)に位置する。1面1線のコンテナホーム(ヤード)を有している。2014年(平成26年)3月時点では、貨物列車の代替として、富山貨物駅との間にトラック便が1日1.5往復(当駅発が2本)設定されている。当駅では、12ftコンテナに限るコンテナ貨物のみを取り扱っている。JR貨物魚津駅は、1996年(平成8年)3月16日より貨物列車の発着がない自動車代行駅になり、その後2006年(平成18年)の貨物駅の名称整理の際にオフレールステーションの名称を使用するようになった。貨物列車が発着していた頃は、日本カーバイド工業魚津工場へ至る専用線が1994年(平成6年)まで富山地方鉄道魚津駅側から分岐していた。島式ホーム1面2線を有する地上駅である。ICカード専用改札機が設置されている。2016年(平成28年)9月9日現在、7時から20時まで駅員が配置されている。駅の東西地区は地下道によって結ばれており、新魚津駅入口は地下道の途中にある。新魚津駅の駅前は西口にあたる。1929年(昭和4年)4月から1994年(平成6年)まで使用されていた日本カーバイド工業(使用開始当初は国産肥料会社)の引き込み線(魚津駅開業から1914年(大正3年)春まで使用されていた貨物支線(浜線)の跡地を利用していた)は、山側の国鉄から当線を跨いで海側の工場へ伸びていた。両ホームとも上下両方向の出発に対応している。近年の1日平均乗降人員・乗車人員は以下の通りである。昭和30年代までの魚津駅前(釈迦堂地区)は、駅正面以外は周囲に水田が広がり、約30戸の兼業農家がある集落にすぎなかった。現在の魚津駅前の街路は、1962年(昭和37年)から1970年(昭和45年)3月にかけて区画整理されたものである。この間に、市役所や農協会館などの建物が駅前に建ち並ぶ様になる。一方、駅西については、1981年(昭和56年)度から区画整理され、1995年(平成7年)11月21日に完了した。※「あいの風ライナー」(平日のみ運転)の隣の停車駅は、あいの風ライナーの項を参照のこと。
出典:wikipedia
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