アドマイヤベガ ("Admire Vega") とは、日本の競走馬、種牡馬である。1999年の東京優駿(日本ダービー)に優勝した。母ベガは桜花賞・優駿牝馬(オークス)を勝った名牝。全弟にセントライト記念を勝ったアドマイヤボス、半弟に朝日杯フューチュリティステークス・帝王賞などGI7勝をあげたアドマイヤドンがいる。ベガはサンデーサイレンスとの初めての仔を受胎したが双子だった。双子は競走馬として大成しないと言われているため、片方の胎子がつぶされ、もう片方が残された。そして、残された方の胎子から生まれたのがアドマイヤベガだった。生まれたとき、母ベガと同様に左前脚が内側に曲がっていた。1998年11月7日の新馬戦でデビューし1位に入線したが、最後の直線走路で斜行したために4着降着の処分を受けた。次走には未勝利戦ではなく、形の上で格上挑戦となる500万下特別のエリカ賞を選び、スリリングサンデーらを相手に勝利した。3戦目は、ラジオたんぱ杯3歳ステークス(GIII)に出走し、これも優勝し2歳を終えた。1999年、3歳となったアドマイヤベガはクラシック戦線へ向かった。初戦は、皐月賞トライアルの弥生賞(GII)に出走、単勝オッズ1.5倍と断然の1番人気に推されるが、ナリタトップロードに敗れた。しかし、上がり3ハロンのタイムは出走メンバー中最も速かった。次に皐月賞(GI)に向かうが、直前に体調不良を起こし、馬体重を-12kgと大幅に減らして出走した。それでも1番人気に推されたが、テイエムオペラオーの6着に終わった。その後、東京優駿(GI)に出走した。ここで初めて2番人気になるが、馬体重を+10kgと体調を戻してきた。道中は後方に控え、最後の直線で先に抜け出したテイエムオペラオー・ナリタトップロードの二頭を大外から後方一気の末脚でかわし、当時アイネスフウジンが持っていたレースレコードタイ記録(2:25.3)で優勝した。このレースで(前年スペシャルウィークに続いて)武豊は史上初のダービー連覇を達成した。その後、3歳秋初戦として菊花賞トライアルの京都新聞杯(GII)に出走し、再びナリタトップロードを差し切って優勝した。しかしクラシック第3戦菊花賞(GI)ではナリタトップロードの6着に敗れた。その後休養に入り、翌年の宝塚記念(GI)を目標に調整が進められたが、左前脚の繋靭帯炎が発覚し、2000年に引退した。※(*)1位入線後、降着。引退後は、早来町の社台スタリオンステーションで種牡馬となり、2004年には初年度産駒が走り出し好成績を収めた。しかしその年の10月29日に偶発性胃破裂の為死亡。残した産駒は4世代のみで、2005年産の産駒がラストクロップとなった。2006年にキストゥヘヴンが桜花賞を制し、産駒の平地GI初勝利をあげた。2007年度リーディングサイアーは10位となっている。障害競走に秀でた産駒も多く、メルシーモンサンが2010年のJ・GI中山グランドジャンプを制すなど、障害においても優秀な産駒を輩出している。太字はGI級競走
出典:wikipedia
LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。