田川 務(たがわ つとむ、1897年(明治31年)12月15日 - 1977年(昭和52年)9月5日)は、日本の政治家。元長崎市長(在任1951年 - 1967年)。長崎県北高来郡小長井村(現諫早市小長井町)出身、弁護士。1951年(昭和26年)4月の長崎市長選挙で現職の公選初代市長大橋博らを破り当選、以後4期16年に及び市長を務めた。市長在任中、1955年(昭和30年)にアメリカ合衆国セントポール市と日本国内では初となる姉妹都市提携を結んだ。また、1958年(昭和33年)に原爆投下時に全壊した浦上天主堂の廃墟の撤去を決定。撤去後の跡地に翌1959年(昭和34年)に被爆前の天主堂を模した新しい天主堂が建てられた。撤去に至る経過についてはカトリック浦上教会#原爆遺構の撤去を参照。1967年(昭和42年)、4期目の任期切れに伴う市長選に出馬せず政界引退。1968年(昭和43年)、勲四等旭日小綬章受章。1969年(昭和44年)3月29日、長崎市名誉市民の称号を受けた。1977年(昭和52年)9月5日、長崎市内の病院で死去(享年79)。同月19日、長崎市公会堂にて長崎市による公葬が営まれた。
出典:wikipedia
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