公益財団法人日本体育協会(にほんたいいくきょうかい、)は、日本のスポーツ競技連盟、協会および各都道府県の体育協会を統括する団体。略称 JASA、体協、日体協。発足当時の名称は「大日本体育協会」であったが、1948年に現在の名称に変更した。英語表記は"Japan Sports Association"、この略称は JASA("Ja"pan "S"ports "A"ssociation)である。元々の英語表記は"Japan Amateur Sports Association"でこの頭文字を取ってJASAであったが、2005年に英名からAmateurを除外した。日本語による略称は「体協」が使われる事の方が多い。日本人初の国際オリンピック委員会委員となった嘉納治五郎が、日本のオリンピック参加に向けた組織・体制整備の一環として設立したものである。この事情から、日本オリンピック委員会(JOC)は発足以来協会内の委員会という位置づけであったが、1989年に独立した。上位団体としては「アジア太平洋オセニアスポーツ協議会」がある。さらに日本体育協会への加盟団体の多くは同時に日本オリンピック委員会(JOC) にも加盟している。体協に加盟しないと国体やアジア競技大会には参加できないが、オリンピックに関してはその競技団体がJOCに加盟していてその競技がオリンピックの種目として採用されている限りは出場できる。同様に国際オリンピック委員会(IOC)とは別に国際競技連盟(IF)が主催している国際競技大会への出場に関しても、参加対象になる当該競技団体がそのIFに加盟していれば体協への加盟は必要条件にはならない。各競技団体が加盟し、都道府県単位の下部組織を持つスポーツの全国組織としては、体協の他に新日本スポーツ連盟があるが、両者の接点はなく、お互いの公式サイトでもリンクは設定されていない。ただし、新日本スポーツ連盟の加盟団体に所属する各クラブや選手は体協加盟団体への参加も可能で、両者の公式戦に参加する事が可能である。また、加盟団体を通じた参加者数では体協が新日本スポーツ連盟を圧倒し(特にオリンピック参加が可能な程度のハイクラスの選手層ではほぼ全員が体協系の団体のみに参加)、JOCなどとも深く関連しているため、通常のマスメディア報道などでは注釈抜きで体協が日本を代表するスポーツ団体と見なされている。カッコ内は主な肩書き。太字の人物は現存者特に第二次世界大戦後は保守系の大臣経験者や首長が多く、中でも自由民主党の政治家が占める場合が多い。主に体育指導者としての経歴を積んだのは日本陸上競技連盟(陸連)会長だった青木半治のみで、オリンピックに選手として出場経験を持つ者もいない。ただし、東龍太郎は日本スポーツ医学の草分けと評され、河野謙三(陸上競技)や森喜朗(ラグビー)など学生時代に選手として活動するなど、スポーツに関わりが深い人物も多く、会長の実権やそれに値する知識のない人物が就任して「名誉職」と揶揄されるような例は少ない。公認スポーツ指導者制度に基づき資格認定を行っている。
出典:wikipedia
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