株式会社 テレビユー福島(テレビユーふくしま、"TV-U Fukushima, Inc.")は、福島県を放送対象地域としたテレビジョン放送事業を行っている、特定地上基幹放送事業者である。略称はTUF。データ放送を実施しており、番組表サービス「Gガイド」を配信している。TBSテレビをキー局とする、JNN系列に属しており、同系列のフルネット局である。コールサインは、JOKI-DTV。1983年(昭和58年)12月4日、福島県内で4局目(UHFでは3局目)の民放テレビ局として開局。福島県では、3・4局目の民放テレビ局が割り当てられた際、郵政大臣を務めた経験がある田中角栄の裁定により、3局目をテレビ朝日(ANN)系列局の福島放送(1981年(昭和56年)10月1日開局)、4局目をTBS系列局のテレビユー福島として開局させることになった。福島県では、1983年3月31日まで福島テレビがJNNに加盟していた。福島テレビは、翌日の4月1日からフジテレビをキー局とするFNN系列にネットチェンジ(FNSにはクロスネット時代から加盟。JNN脱退でFNNにも加盟し、報道番組がJNNからFNNに変更)されるが、TBSのネット番組は視聴者保護のため10月1日にフジテレビの完全ネット局になるまでJNNの報道番組を除いて大半が同時ネットで放送された。福島テレビがフジテレビのフルネット局になってから、TUFが開局するまで、福島県では2か月間TBSの番組が一部を除いて見られない事態が続いた。JNN結成後に新規開局する後発フルネット局では、加盟に県域紙を手掛ける地元新聞社の後援が前提になるため、福島民報社とその親会社である毎日新聞社も出資しているが、TBS元社長の濱口浩三が開局を主導したという経緯もあって筆頭株主は一貫してTBSであり、持分法適用関連会社の要件を満たしていた時代もあった。このためTBSは2005年、マスメディア集中排除原則による厳重注意処分を受け、直接保有部分を10%以下に抑えるべく、間接保有への切り替えや系列準キー局毎日放送へ一部株式を譲渡するなどの処理を行った。東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の余波でアナログ放送終了が延期となったが、県内最後発ということもあってもともと厳しい経営状況に置かれていた事情から、アナログ放送は当初の終了予定日以降「デジ・アナ変換」に切り替えたほか、エリアが隣接するTBSが全面的支援にあたっていた。企業・団体の名称、個人の肩書は当時のもの。出典:認定放送持株会社に移行する前のTBSの時代には、最大で24.35%を保有し持分法適用関連会社の要件を満たしていた時代もあった。2005年、TBSはマスメディア集中排除原則による厳重注意処分を受けたことから、本体での株式保有比率を10%以下に抑えるべく5%分をMBSに、9.35%分をTBS企画に引き渡した。しかし、TBS企画はTBSHDの完全子会社であることから、これを間接保有分とみなせばTBSグループの株式保有比率は19.35%に達し、引き続き経営の主導権を握っていることになる。開局当時、○にuの文字が入ったシンボルマークがあったが、1991年(平成3年)12月に廃止している。TUFによると、開局10周年を迎えるにあたり現代のイメージにそぐわないということがその理由という。開局25周年を機に2007年(平成19年)12月にイメージキャラクターが発表。その後一般公募の結果、翌年の1月29日に「ロッキュン」という名前が正式に決定。これでNHK福島放送局含む全ての福島県域のテレビジョン放送局でイメージキャラクターが設定されたことになる。なお、どちらのスタジオも2006年春、福島県の放送局では一番早くスタジオHD化を達成した。※ 殆どの番組はFTVがフジ系単一系列になってからTUF開局までの2ヶ月間、福島県内では非放映であった。OP前には「ライブアイ」という福島市内のお天気カメラからの映像が洋楽をBGMに5 - 40分ほど放送されている。地デジ開局前にはカラーバーにエリック・クラプトンの「Change The World」、FIELD OF VIEWの「ドキッ」などの楽曲をつけて放送していた。ちなみに、福島県の民放ではFCT以外の局で放送開始前に音楽が流れている(以前はFCTでも放送していた)。2012年3月31日終了
出典:wikipedia
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