株式会社オークラ ニッコー ホテルマネジメント()は、ホテルオークラグループのホテルチェーン運営会社。もとは日本航空が出資設立したが、2010年(平成22年)8月よりホテルオークラグループに属しており、2015年(平成27年)10月にはホテルオークラのチェーン運営部門も継承し、株式会社JALホテルズから現商号に変更した。3つのホテルブランドを展開している。『オークラ ホテルズ & リゾーツ』は国内17か所、海外9か所の計26か所、『ニッコー・ホテルズ・インターナショナル(NHI)』は国内19か所、海外17か所の計36か所、『ホテルJALシティ(HJC)』は国内11か所で、店舗数は3ブランドを合わせて計73か所にのぼる(2015年10月1日現在)。1970年(昭和45年)に日本航空開発株式会社として設立され、最盛期の1980年代には、ニューヨーク(エセックスハウス)やメキシコシティ、バンコクやビバリーヒルズ、アトランタなど世界各地にホテル網を築いたが、バブル景気の崩壊後の1990年代以降にその多くを手放し、アジア圏内や国内にホテル網を拡大していく方向に転換した。特にバブル期のホテル拡張は、高金利で資金を調達(エセックスハウス買収に伴う融資資金は年12%と当時としてもリスクマネーに位置する)して買収する強引な経営戦略をとっていたことから、何らかのキックバックの道具として用いられたと見る向きもある。欧米部門は1990年代初頭のJALの経営不振の原因のひとつでもあった。一方で世界都市博覧会の開催を見込んで(1995年に白紙撤回)予定通り1996年(平成8年)に臨海副都心で開業した、リゾートホテル形態のホテル日航東京(現ヒルトン東京お台場は、有利子負債などに悩まされ、2004年(平成16年)に民事再生法を申請。日本航空や米エートス・キャピタルの金融支援によって経営再建を図った。1996年(平成8年)、日本航空開発株式会社から株式会社JALホテルズに商号変更している。親会社である日本航空と関係会社が2010年(平成22年)1月に会社更生法を申請(事実上の倒産)したが、JALホテルズは申請していない。JALグループの中でも業績好調な優良子会社であるとされ、2009年(平成21年)9月に鳩山由紀夫内閣において設置された「JAL再生タスクフォース」の計画で、日本航空がJALホテルズを売却させるとの憶測報道が10月中旬に流れたが、両社とも否定。タスクフォースは同月末に解散した。2010年(平成22年)5月28日、「日本航空が航空事業に経営資源を集中するため、旅行業などの子会社約50社を売却・清算する方針によりJALホテルズをホテルオークラに売却する方向で最終調整に入った」「ホテルオークラに売却後、日航のブランド名を残すかどうかは不明である」との報道があったが、同日日本航空およびJALホテルズは「当社の発表したものではない」、ホテルオークラは「現時点において決定された事項はない」とのプレスリリースを出している。2010年(平成22年)8月6日、日本航空は9月30日に日本航空インターナショナルが保有しているJALホテルズの株式90.7%のうち、79.6%をホテルオークラに売却すると発表した。2014年(平成26年)、中華人民共和国に『ホテル・ニッコー広州』(NHI、411 室)を、2015年(平成27年)には『ホテル・ニッコー蘇州』(NHI、475室)を開業した。2015年(平成27年)10月1日、ホテルオークラからチェーン(オークラ ホテルズ & リゾーツ)運営部門を継承するとともに、株式会社オレンジ マーケティング サービス ジャパンを吸収合併し、株式会社JALホテルズから株式会社オークラ ニッコー ホテルマネジメントに商号変更した。JALホテルズ時代の自社所有施設は「ホテル日航大阪」「銀座日航ホテル(日本航空創業時の本社跡地に開業)」の2か所で、その他は運営受託である。1990年代までに建設されたホテル建物は竹中工務店や佐藤工業による竣工物件が多く、施設によっては所有や出資による資本関係がある。また、銀座日航ホテル・川崎日航ホテルは元々JALホテルズとは別運営(1962年設立の日本航空ホテル株式会社が運営)だった。日本航空ホテルは1999年(平成11年)にJALホテルズに合併されている。なお、JALホテルズが出資によって経営に携わっていた川崎・アリビラ・成田・千歳については、2005年(平成17年)から段階的にゴールドマン・サックス(GS)完全子会社の特定目的会社へ株式持分が100%売却され、ホテル・マネージメント・ジャパンが賃借し、アリビラを除いた各施設はアビリタス・ホスピタリティ(旧 アーコン・ホスピタリティ)による運営支援に移管されている。JALグループの持つ世界的な輸送力と情報ネットワークを背景に協調体制を敷き、世界の主要都市、観光地、リゾートにシティホテルからリゾートホテルまで幅広いニーズに対応した施設とサービスを包含したホテルブランド。シンボルマークは俗に「ファウンテン (fountain)マーク」と言われるもので、噴水から吹き出す水を模ったものである。5つの雫は5大陸を象徴している。1992年(平成4年)12月に誕生した宿泊特化型のホテルブランド。JAL国内線就航地や県庁所在地を中心に展開しており、早期より従来のビジネスホテルとは一線を画し、客室はシングルを主体に通常のビジネスホテルより5 - 6m²広い17m²以上、客室数は150~300室を基本とし、レストラン、複数の小会議室、ビジネスセンターを備えている。シンボルマークは「The Arc of the Sun」(太陽のアーク)をモチーフにしたロゴを使用していた。日航が機体を鶴丸塗装に戻してからも同デザインを使用していたが、2013年9月以降から鶴丸塗装に準じたデザインに変更された。下記ホテルはJALホテルズブランドとの契約を終了したホテル。一部のホテルでは引き続き運営面などサポートを継続している。ファウンテンズクラブは、国内ホテル日航の会員制度である。ホテルJALシティには「JALシティカード」というポイントカード形式の別の会員制度が存在していた。2010年(平成22年)5月に新しい会員制度であるMY JALHotelsが導入され、既存の会員制度は2011年(平成23年)3月に終了しているが、ホテル独自に延長されている場合もある。既存の会員制度に加盟しているユーザーも改めてMY JALHotelsに登録する必要がある。JALホテルズ直営の会社が運営するホテル日航大阪、銀座日航ホテルを除いて各ホテルは運営委託や技術援助で運営されているため、各ホテル毎に会員組織が存在し、特典はホテルにより若干異なるが、全ホテル共通特典としてJALホテルズ内の指定飲食店における定率割引制度や宿泊料金の定率割引制度があり、割引率はシーズンに関係なく一律である。なお共通特典に頻回利用特典(アワードプログラム)は設定されていない。一部の会員特典はJALグローバルクラブやJALカード、JALのFFP(Frequent Flyers Program)と共通している。MY JALHotelsは、2010年(平成22年)5月に導入された、全世界のホテル日航グループに適用される会員制度である。従来のファウンテンズクラブ、JALシティカードの会員も改めて登録を行う必要がある。年間の宿泊数に応じてスタンダード、シルバー、ゴールドのランクに分けられ、それぞれに宿泊特典やレストラン割引などの特典がある。加えて各ホテルごとにオリジナルの特典がある場合がある。One Harmonyは、2013年4月1日から開始された、株式会社ホテルオークラが運営する「オークラ ホテルズ & リゾーツ」の会員プログラム『オークラクラブインターナショナル』と、株式会社JALホテルズが運営する「ニッコー・ホテルズ・インターナショナル」「ホテルJALシティ」の会員プログラム『My JALHotels』を統合した新しい会員プログラムである。宿泊利用1000円に付き20ポイント、レストラン利用1000円につき10ポイントが積算され、貯まったポイントは、宿泊優待、客室のアップグレード、朝食やホテル利用券、各種グルメやホテルオリジナルグッズの交換などで利用可能。海外ホテルトでは現地通貨の利用額に応じてポイントが積算される。また、クイックチェックイン、新聞サービスなどのホテル共通の特典やサービスに加え、ホテルごとに宿泊時のスパ、ジム、プールの優待、レストランでの割引特典などもある。JALマイレージバンク会員は、JMBホテルマイル積算対象宿泊プラン「J-SMART」を利用するとJALマイレージも積算される。その他、利用実績に応じて上位会員として「ロイヤルメンバー」、「エクスクルーシィヴメンバー」が設定され、それぞれポイントプログラムで通常のポイントに加えて25%、50%のボーナスポイントを加算するなどの特典もある。
出典:wikipedia
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