ボディアーマー(body armor)は、銃弾や爆発による破片などから身を守るために使用されるベスト状の身体防護服。フラックジャケット(flak jacket)、バリスティックベスト(ballistic vest)、ブリットプルーフベスト(bulletproof vest)とも呼ばれる。日本では防弾チョッキ、防弾ベスト、防弾衣などの呼び方がある。なお、ボディアーマーの防護性能は使われる素材によって異なっており、砲弾片程度しか阻止できないものから、拳銃弾を防護できるものが一般的である。中には装甲を貫通する目的で作られた小銃用のAP弾(ArmourPiercing)を停止させるNIJ規格レベルIVクラスのものまで存在する。銃弾や、手榴弾、砲弾などの爆発時に発生する破片から身体を防護し、被害を低減するために着用する。近年では、セラミックプレートを装備するなど、条件によっては小銃弾を阻止する事が可能なボディアーマーが主流になりつつある。軍用としてボディアーマーは長い歴史を持つが、朝鮮戦争から80年代までの軍用ボディアーマーは小銃弾ではなく拳銃弾や砲弾の破片から防護する目的で使用されていた。これは、技術的に小銃弾を防ぐことが困難だったことや、戦場で死傷する原因の大半は銃撃ではなく砲爆撃や擲弾の破片によるものであることなどが原因であった。一般に民間では殆ど広まっていない。あるいは着用については、軽いもの、防刃機能のみの場合も多い。これは日本においては、銃器による犯罪がごく少ないことが原因と考えられる。ボディアーマーの素材としては、強靭な繊維を幾重にも織り込んだ「ソフトアーマー」や、金属やセラミック、超高分子量ポリエチレン製の「トラウマプレート」などが使用されている。ただし、金属やセラミックは重量的に難があるため、安全性と機動性のバランスはアーマーの設計の大きな課題である。近年、衝撃を与えると硬化するリキッドアーマーと呼ばれるダイラタンシーを利用したアーマーの研究も進められている。ボディアーマーに使用される繊維としては、最も初期のものは絹や木綿、第2次世界大戦時にはナイロンなどが使用されるようになり、現代ではアラミド繊維や超高分子量ポリエチレン繊維が使用されている。アラミド繊維はデュポン社のケブラーや帝人社のトワロンが有名である。この素材は、鋼鉄の数倍の引張強度を持ち、なおかつ熱に強い、加工や縫製が容易、安価などの利点を持つが、防弾能力は拳銃弾を止める程度が限界であり、小銃弾レベルの防弾にはトラウマプレートと併用しなければならないことや、水分を含むと防弾性能が著しく低下するため防水処置が必要なこと、水に浮かないなどの欠点がある。アラミド繊維の大きな特徴として難燃性があり、自己消火性を有し、他の有機繊維の様に溶融せず炭化するため、熱によって溶けた繊維が皮膚に付着したりするという二次災害の危険が無いという利点がある。このため車両やヘリコプターのエンジンルーム等の高温部の防御にも使用されている。アラミド繊維に続く第2世代の防弾繊維として、超高分子量ポリエチレンから作られた「超高分子量ポリエチレン繊維」があり、DSM社の「ダイニーマ」やハネウェル社の「スペクトラ」が有名である。アラミド繊維を超える耐衝撃性・耐摩耗性を有し、さらに吸水で劣化しない、軽量で水に浮くなどの利点を持つが、熱に弱く135度で溶解してしまう欠点を持つ。超高分子量ポリエチレン繊維は加工方法によっては「ソフトアーマー」だけでなく「トラウマプレート」としても使用することが出来る。特殊な温度制御式超高圧プレス機で圧着して硬度の高いプラスチックの板状にすることが可能であり、この状態であれば小銃弾の阻止も可能である。主に炭化ケイ素や炭化ホウ素を素材として製造されている非金属の防弾素材。加工によっては小銃弾の阻止が可能であり、防弾素材として広く採用されている。米軍のトラウマプレート「SAPI(Small-Arms Protective Inserts)」は炭化ケイ素や炭化ホウ素のセラミックに「スペクトラ」の裏地を当てた板状のもので、5.56mm弾や7.62mm弾を停止する能力を有している。その改良型である「E-SAPI」はさらに厚さを増したセラミックの裏地に防弾不織布(一方向強化ポリエチレン材料)を当てることで徹甲弾にも対応している。繊維系の防弾素材と比べると重いため、米軍のSAPIは体の重要部位のみの防護に留めており、他の部位は繊維系素材のソフトアーマーで対応している。銃が開発される以前から防具として使用されてきた素材であり、繊維系の防弾素材に比して劣化しにくい(旧ソ連が好んで採用していたチタンの場合は海水でも錆びない)という利点があるものの、重量が他の素材よりも重い、跳弾の危険がある、防弾性能が低い、水に浮かないなどの欠点を持つ。一般的に防弾ベストはアメリカ合衆国司法省の国家司法研究所の規格 (National Institute of Justice) のNIJ-0101.04が使われている。貫通しないことが絶対条件であるが、被弾インパクトの凹みであるBFS (Back Face Signature) は44mm以下という基準もある。アメリカの規格なので単位にg/m、グラム/メートル法とgr/ft、グレーン/フィート法が併記されている。ちなみにNIJ基準は米国警察のための防弾基準であるため日本国内で問題になっているトカレフ(7.62x25mm FMJ 弾,SJLC弾,SLSC弾・弾丸速度480 m/s )に対応していない。7.62x25mm弾は薬莢が25mmと長いことから多くの火薬が入り弾丸速度は480m/sを超えることもある。NIJ-3Aの9mm弾の基準速度の425±15m/sの速度を大きく超えることもあり貫通力は高いといわれている。トカレフ対応として3Aプラスという基準がよく言われるがNIJ基準にはトカレフ7.62x25mmの基準はない。世界で最初のボディアーマーは中世の日本において絹で作られていたものだと言われている中世末期にマスケット銃が登場すると鎧が打ち抜かれる事例が多発するようになったため、鎧職人側も対抗するために前面を厚く、背面を薄くしたり、積層装甲などの技術を用いて対抗しようとした。銃が大量に配備されるようになるとマスケット銃の弾が貫通しないことが重要なこととなり、出来上がった鎧を銃で撃つ『試し胴』を行い貫通しないことを証明するようになった。しかし、実際に打ち抜かれないことは稀であり、そのほとんどは火薬を極端に減らした弾を使うか、職人が弾痕に見せかけたへこみを工具で付けていたのが実情であった。銃の発達によって装甲の薄い全身鎧は存在価値を失い、鎧は頭と胴体だけを守る物へと変化した、厚みは中世のものよりも厚くなり、遠距離からの小銃弾や銃剣に耐えられるようになった。このような鎧を身に着けた胸甲騎兵や装甲擲弾兵がエリート部隊として戦場に現れた。しかし、このような鎧も機関銃の登場によって価値を失っていく。1898年シカゴ市長カーター・ハリソンが自宅にいる際にギャングによって機関銃で撃たれ、命を落とすという事件が起きた。シカゴ市民の間に衝撃が走り早急な対策が必要となった。神に仕える人も思いは同じだった。カシミール・ゼグレンはシカゴの教会の聖職者だった。市長の死に衝撃を受け、彼は神聖な仕事として防弾ベストを作る事を決意する。しかし15年間、鋼鉄の削りくずや毛髪を利用して実験を繰り返したものの成果は上げられなかった。次に試したのが絹だった。絹は鋼鉄に比べ弾性があり引っ張ると元の長さよりも30%長くなった。またゼグレンは蜘蛛の巣にも注目。ぶつかった昆虫の運動エネルギーを巣が吸収する原理を応用しようと考えたが、これぞ、といった織り方が見つからなかった。しかしヨーロッパの織物工場を訪れた際、ついに理想的ともいえる四層の織り方を見つけ、防弾ベストを仕上げた。この防弾ベストの効果に疑問を持つシカゴ市民を納得させるため、究極の実証方法を考案する。性能には自信があったため、彼はシカゴ劇場にて自らベストを着用して実演を行なった。人々が見守る中、彼の同僚が彼に銃を向け、発砲した。見事に成功。弾は貫通しなかった。彼は信仰心が厚く、自分のしていることを信じていた。そして心の奥底には「これは、神からの使命だ!神は裏切らない」と心から信じていた。1914年にゼグレンの開発した絹のボディアーマーは800USドル(現在の価格で15000USドル)程度で高価なものだったが、黒色火薬を用いる初速の低い銃弾を防ぐのには十分な性能であった。これを着用できたのは少数の精鋭部隊のみだった。1914年6月、サラエボ事件においてオーストリア=ハンガリー帝国皇太子フランツ・フェルディナント大公はこのベストを着用していたにも拘らず、拳銃から発射された.32 ACP弾で頸部を撃たれ死亡した。この事件はまさに第一次世界大戦勃発の引き金となる。この大戦での塹壕戦では、それまでの皮製のヘルメットなどに代わる鉄兜や、一部では昔の胸甲騎兵のような鉄製のボディアーマーも用いられた。前者はその後一般化していったのに対し、後者は小銃弾に耐えられるように分厚くなっており、重量は30kg前後にもなっていた。あまりに重く、行動を阻害してしまう上に防御が不十分なため、特殊用途を除き廃れていった。ナポレオンの頃と大差がなく、撃たれれば貫通する可能性は高く、何の意味もなかった。塹壕での着用も無意味だった。事実上ボディアーマは、軍で活用されず、その代償を払うのは兵士たちだった。1920年代の後半から1930年代の前半にかけてアメリカでは木綿が詰められた布製の廉価なボディアーマーが犯罪者に用いられるようになった。このボディアーマーは初速が約1000フィート/秒程度の拳銃弾を防ぐことが可能であったため、法執行機関がそれに対抗する目的で.38スペシャルや.357マグナム弾を装備するようになった。第二次世界大戦ではソビエト赤軍のSN-42や日本陸軍の九二式防弾具など、一部で鋼鉄製のボディアーマーが使用されていた。また、イギリス軍の爆撃機の乗員向けにナイロンを用いた対砲弾片用の"flak jacket" が開発され、以後の軍用ボディアーマーの開発に大きな影響を与えた。朝鮮戦争においてアメリカ海兵隊がナイロン製のM1951ボディアーマーを採用して兵士に支給した結果、死傷者が減少したことから、以後アメリカ軍ではボディアーマーが標準的な装備となった。ベトナム戦争中の1967年には、世界初の小銃弾阻止可能なボディアーマーであるT65-2プレートキャリアが開発された。このボディアーマーには当時チキンプレートと呼ばれていたセラミックプレートが装備されており、低空を飛行する危険な任務に当たるヘリクルーに配備されたが、非常に重かったため戦場では不評であった。1980年代になるとPASGTベストなどケブラー製のボディアーマーが主流となったが、ケブラー製のボディアーマーはそれ以前のボディアーマーと同じく拳銃弾や砲弾の破片に対して有効な反面、爆発で発生した大型の破片や小銃弾に対しては完全に無力であった。しかし、1991年にアメリカ軍の特殊部隊で採用されたレンジャーボディアーマーはセラミックプレートを前、後部に挿入することで、それまで歩兵用に採用されていたケブラー製のPASGTベストでは不可能だった小銃弾の阻止を可能とした。その後、PASGTの後継としてインターセプターボディアーマーがアメリカ陸軍と海兵隊で採用され、一般の兵士にも小銃弾を阻止できるボディアーマーが広く普及することになった。インターセプターボディアーマーは首、上腕部、股間にもケブラー製のアーマーが装備されPASGTと比べて大幅に防護範囲が拡大しており、レンジャーボディアーマーで不評だった重量も大幅に軽量化されていた。一方ソビエト連邦軍においてもアフガニスタン紛争 (1978年-1989年)に参戦し現地で対ゲリラ作戦を経験し苦戦した中で独自設計のボディーアーマーの開発に着手し、6Б1、6Б2、6Б3といった幾つかのタイプがアフガニスタン紛争で前線で戦うスペツナズ空挺軍兵士などに装備され使用された。実戦を経て、ソビエト連邦軍もボディーアーマーを装備に追加した近代化、戦闘能力の強化を図っていた。このように90年代から大幅に能力が向上した軍用ボディーアーマーであったがアメリカ同時多発テロ事件を契機としたアフガニスタン、イラクでの対テロ戦争では接近戦の増加や強力な爆弾による待ち伏せ攻撃(IED)が多発し、ボディアーマーの更なる改善が求められた結果、両側面部にもセラミックプレートを追加したIOTVとが採用された。これらの選定時にはまったく新しい概念で作られたドラゴンスキンと呼ばれるボディアーマーも競争相手となったがこちらは採用されることは無かった。対テロ戦争の結果、アメリカだけではなく世界各国でボディアーマーの改善が行われるようになり、日本の陸上自衛隊でも自衛隊イラク派遣時に、当時採用されていた戦闘防弾チョッキでは危険と判断し防弾チョッキ2型を急遽採用して派遣部隊に装備した。しかし、これらの防御力を追求したボディアーマーは重量が増大しているため、兵士の機動性が低下したり疲労や腰痛を起こすことが問題となった。特にアフガニスタンの山岳地帯などで戦う兵士にとってはこれは深刻な問題であったため、アメリカ軍では防御範囲を減らすことで軽量化を行ったSPCやSPCSを採用した。また、防御性能とは直接関係はないが、90年代後半以降に開発されたボディーアーマーにはPALSウェビングが縫い付けられている場合が多い。これにより任意の位置にポーチ類を装着する事が出来、装備の自由度向上に寄与している。銃を所持し自衛することが憲法で保障され銃の入手が容易なアメリカでは毎年一万件を超える銃犯罪が発生しており、結果アメリカはボディアーマーの研究が進んだ国となっている。仕様や性能はアメリカの防犯メーカーや警察、軍が主体となって製作し、それが世界各国にも広まっている。ボディアーマーは防御可能な弾薬の種類に応じてランク付けされている。防弾に用いる素材には、金属やセラミックのトラウマプレートと複合素材の「防弾繊維」の二種類に大別される。それぞれにメリット・デメリットがあり、目的に応じて併用、もしくは使い分けられる場合が多い。複合繊維のみを用いるタイプは、アラミド繊維ケブラーやトワロンや高強力ポリエチレン繊維といった、引張り強度が強く、耐熱、耐摩擦効果の高い繊維で編まれた布を数枚から数十枚重ねることで、銃弾のエネルギーを減衰させることに主眼をおいている。ネットにバレーボールを打ち込むように、繊維が周りにエネルギーを分散させることでダメージを減免するのである。繊維のみを用いたボディアーマーは比較的軽量で動きも束縛しにくいというメリットがある。しかし先端が尖っている貫通力の高いライフル弾、ミニチュアライフル弾(FN-P90等)や、装薬量の多いボトルネック型薬莢を持つ高初速の拳銃弾(マウザー7.63mm・トカレフ7.62mm弾等)や、細身の刃物などは通しやすいというデメリットがある。防刃目的に使われる場合は、強化樹脂や金属のプレートを使用したり、チェインメイル(鎖帷子)を併用したりする。同様の理由で、コンパウンドボウ・クロスボウなどの「弓矢」による攻撃も、プレートなしのボディアーマー単体では防げない。運用年限は3年程度で、製造から5年以上経過すると素材が経年と共に自然劣化して防弾機能が低下してしまう。実際に警察や民間などで更新を怠ったために劣化したボディアーマーが機能せず、メーカーと訴訟に発展したことがある。一度でも銃弾が命中すると命中した場所の周囲が激しく劣化するため、近い場所に二発以上命中すると繊維が裂けて貫通する。規格上は着弾点が4インチ(10.16cm)以上離れていなければ正規の性能が保証されないことになっている。このため、一度でも被弾したボディーアーマーは交換する必要がある。元々、アメリカ西部開拓時代に保安官が着用していたが当時の製品は衣類にしては重すぎ、活動的ではなかったので改良が幾度となく行われた。現在のものは軽量化・高性能化に富み、活動的なデザインと密着感のあるものとなった。ただし、普段全く着用しない者が簡単に着こなせるほど手軽なものではなく、さらに軽量化されているとはいえやはり普段の服装に比べればはるかに重い。ケブラー繊維は水に濡れると防御力が低下するため、ケブラーの部分は防水処理が施されている。このため服としては極端に通気性が悪い。なお、ボディアーマーではないが、ボディーアーマーの一種として、刃物で刺されても影響がないような耐刃防護服(防刃衣・防刃ベスト)が存在する。警視庁は2005年6月27日に新型の耐刃防護服を報道発表し、その後、都内全域にこれを配備した。それまでの耐刃防護服は服の内側に着用する白いものであったが、夏は蒸れるなどの欠点があった。新型は夏でも着やすいように通気性を良くしてあり、出動服の外から着ることもできる、などの特徴がある。広範囲かつ不規則に破片をばらまく爆発物に対しては、防御されていない部分に命中した破片によって致命傷や重傷に至る事態が多発している。主な事例として、主に首の頸動脈、脇の下、股間部分などの動脈が損傷すると止血が難しく、短時間で失血死する危険が高い。これらの欠点を補うために、首を覆う部分や上腕部を覆うアーマーの追加が行われたりしているが、重量増加とコスト上昇、動きにくくなるといった問題もある。誤解されやすい事であるが、元々ボディアーマーは「偶然の飛来物の貫通を防ぎ、致命傷を回避する」ことが目的で、「飛来物の効果を打ち消して、怪我を完全に回避する」ことが目的ではない。現実には、たとえ弾丸がボディアーマーでストップしても、人体には着弾時の衝撃がかなり伝わる。これは、厚手のジャンパーを着ている人間を勢い良く指で突けば、指がジャンパーを貫通することはないが、相手は突かれた衝撃を感じるのと同じ理屈である。したがって、かなり低性能の弾丸でも当たった場所にアザが出来たり軽い打撲を負うことはあり、エネルギーの大きい弾丸では肋骨が折れたり内臓が破裂することさえある。ボディアーマーの内側に、衝撃を分散するパッドを装着することで、幾分か衝撃を緩和できるが、性能への過信は禁物である。なお、ボディアーマーの上に物を付けるのは問題はないが、ボディアーマーの下に堅い物を入れておくのは禁忌である。これは弾丸が命中した時に堅い物が衝撃の分散を妨げて打撲傷や骨折を引き起こすためである。そのため、ボディアーマーの下にはボタンやジッパーのない服を着る必要があり、ポケットなどには物を入れてはならない。実際にドイツでは、女性警察官がブラジャーの金具で負傷するという事故が起きたため、金具のないスポーツブラを支給することになった。また、ベトナム戦争時にはヘリコプターの搭乗員用に防弾パンツが採用されていたが、ベトナムの暑さで蒸れてしまうため戦闘に支障をきたしたり、兵士自ら外してしまうことが多かった。人間の兵士だけでなく、軍用犬などの軍用動物用のボディーアーマーも開発されている。大型犬であっても重量によって機動性が落ちるため、胴体を保護する軽い防刃ベストが主流である。またポケットに少量ではあるが医薬品や弾薬などを入れることも出来る。軍馬などはかなりの重さに耐えられるため、中世ヨーロッパでは狙われやすい胴体と頭部を金属板で覆うなどしていた。警官が使用する場合はボディアーマーを着用していることが外から分かると、一般市民に威圧感をもたらしたり、銃撃戦時に頭部など保護されていない部位を狙われることがあるため、着用時は外観から着ていると分からないように下着の上に直接装着し、その上から制服を着用してボディアーマーを覆い隠すよう指導される組織もある。ただし組織によっては、アウターのボディアーマーを制服の一部として着用している組織もある。なお、同じ組織内でもSWAT隊や強制捜査時など、相手からの反撃が予想されるような部隊や任務の場合にはレベル3以上のアウター型を着用するが、このような外に着る場合は『制服』になるので、PoliceやSheriffなど所属団体や着用者の名前などを縫い付けたりベルクロ止めしている。心臓を拳銃で撃たれたが、大量の紙幣を入れた財布を胸ポケットに入れていたことに救われて無傷だった例がある。これは財布の中に入っていた大量の紙幣がボディーアーマーの幾重にも重なる繊維と同じ効果を発揮するためである。こういった「偶然」に助けられたケースはいくつか残されており、イラクにおいて「胸ポケットに入れたiPod」がAK-47から発射された銃弾を食い止めた事例や、第二次世界大戦における「胸ポケットに入れていたポケット版の聖書とジッポー」が狙撃兵の発射したライフル弾を食い止め、撃たれた本人は助かったという逸話も良く知られたエピソードである(ワールドフォトプレス『ジッポー完全読本』より)。極端な例として、豊胸手術を受けた女性が銃撃された際、手術した胸のシリコンがクッションになり、命拾いしたという例もあり、日本のテレビ番組で紹介されたこともある。アメリカのドラマ「24」においても、ジャック・バウアーが仲間に「空になったマガジンは胸ポケットに入れておけ」と指南したことにより、銃撃戦の際に服自体に防弾性はないものの、銃撃を受けた時にその空マガジンが防弾の役割を果たし、結果として仲間が助かるシーンがあるが、実際には空マガジンで9mm弾を止められるとは考えられない。特に本のような紙の厚い束は高い抗切削性を示すが、これは漫画週刊誌程度でも簡易の防刃ボディアーマーとして十分に利用できる程で、日本では60年安保の際にデモ参加の大学生がハードカバーの本を胸や背中の下に入れたり、暴力団の抗争が盛んになった時期などにやくざが、あるいは抗争に明け暮れた1970年代の暴走族などが胴体に何冊もの漫画雑誌を巻き付けていたという話も漏れ聞かれる。ただ当然のことながら巻きつけた胴体以外は守れないため、日本国内でも防弾・防刃ボディアーマーが入手できるようになると、こういった用法は廃れていった。これらの例は、あくまで角度や距離(および運)に左右される部分が大きく、実際に最小口径である22口径の拳銃弾で厚さ7cmほどの電話帳を10mほどの距離から撃つと、いとも簡単に貫通するので札束やジッポーで命拾いした例は、非常に確率の低い稀な例として捉えた方が確実である。ただ、空のマガジンやライターなども、「弾を止める」効果としてではなく着弾後に「Re-Direct」して、体内の急所以外を通過させる効果は考慮出来るが逆にRedirectして急所へ向ってしまうリスクも抱える事になる。自動車の車体も38口径程度の弾でベニア板並みに簡単に貫通するので(距離によっては22口径でも可)、映画や実際のニュースなど見る『パトカーのドアを盾にした銃撃戦』というのは、あくまでアメリカのパトカーの前部両ドアの内部には防弾材が内装されているという前提がある(一般の自動車でドアを盾にしてもほとんど効果はない)。しかし防弾チョッキもパトカードアの防弾材もライフル弾には効果は無く、実際にでは、警察官達は犯人が乱射するAK47から身を守るためにパトカーのホイールキャップの陰に身を隠した(パトカーのホイールキャップは有事に身を隠すためにアルミニウムやマグネシウム合金ではなく鉄製が標準装備)。
出典:wikipedia
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