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AKAI professional

AKAI professional(アカイプロフェッショナル)は、電子楽器のブランド名。赤井電機株式会社、およびその電子楽器事業が分離、独立したAKAI professional M.I.株式会社が電子楽器のブランド名として使用していた。赤井電機は2000年に経営破綻し、AKAI professional M.I.は2005年に破綻した。その後、度重なる売却と破綻を経て、現在はアメリカのinMusic Brands Inc.のブランドとして名前が存続している。主にEWI (ウインドシンセサイザー) 等の電子楽器を手掛けていた。1946年設立。当初は創業者である赤井三郎が、養父である赤井舛吉に名目上の社長を依頼(舛吉は赤井プレス工業という会社を経営していた)。自宅の裏庭に建てた小屋を作業場として、主にラジオの部品や電機部品、ソケットの製造を行なう。小型モーターを得意とし、1954年に日本で初めてテープレコーダーの開発に成功。その後、オープン・リール・デッキやカセット・テープ・デッキ等を主軸として、総合電機メーカーとして成長し、東証2部・1部と上場した。海外でも高級オーディオの名門としてAKAIの名は音響機器メーカーとして知られた。1972年に社長の赤井三郎が56歳で急逝(スキー好きであり、競技経験者を優先採用したり、社員をほぼ強制的にスキー旅行に連れて行く人物であった。また亡くなった場所もスキー場であった)。相続の際、総額100億円の遺産のために70億円の相続税が必要になり、赤井家が所有していた2500万株から1700万株を売却、この内900万株が三菱グループの手に渡った。赤井三郎が1代で町工場から上場するまでに育て上げた会社は、皮肉にも遺産相続税のために創業家の手を離れることになった。これにより、急成長していた企業の求心力は落ち始め、また当時オーディオ業界では、CDに代表されるデジタル化が進み、テープ・デッキを得意としていた赤井電機は、デジタル製品への転向が遅れ、経営不振に陥った。その後、経営の立て直しを図るべく異業種への参入を模索していく。1984年新ブランドAKAI professionalで電子楽器市場に参入、ヒルウッド創業者 森岡一夫の設計による アナログ・シンセサイザーやマルチ・トラック・レコーダを発売した。1985年、EMS社やElectro-Harmonix社での活躍が知られるデヴィッド・コッカレルが赤井電機と提携関係を結び、12bitサンプラー S612を手始めに AKAI Sシリーズ全般の設計を開始した。また1986年には、Linn Electronics社倒産後のロジャー・リンを顧問として迎えてMPC60を開発しており、AKAI MPCシリーズは同ブランドの代表的製品となった。同年にはこの他、ウィンド・シンセサイザーの製造ライセンスをEVI、EWIの開発者ニール・スタイナーから譲り受け、AKAI EWIシリーズの製造を開始している。AKAI professionalは、Ensoniq社とともにサンプラー製品の低価格化で大きな成功を収め、同ブランドは電子楽器市場でプロ・ミュージシャンからアマチュアにまで幅広く浸透した。特に1988年発売のS1000は、多数のサンプル・ライブラリが サードパーティから供給され、そのデータ・フォーマットは事実上の標準として他のサンプラー製品も対応するようになった。ちょうど時期を同じくして、巷ではヒップホップやハウスなどのダンスミュージックシーンにおいて、既存の楽曲から一部を抜き出し、新たに別の音楽を創作するという、いわゆるフレーズサンプリングやブレイクビーツという手法が隆盛を極める。手頃な価格と十分な性能を併せ持つS1000の登場は、当時のニーズに合致し、音楽クリエイター達に広く愛用される機材となった。1987年、もう一方の本業であるオーディオ分野では、親会社になった三菱電機と提携し、A&Dブランドを設立。ちなみに「A&D」のAは赤井電機、Dは三菱電機のオーディオ・ブランド、ダイヤトーンから来ている (Analog&Digitalとも言われる) 。A&Dブランドでは、赤井電機の得意分野であったアナログカセットデッキを中心に、家庭用オーディオ製品を製造販売。新規に開発参入したインテグレーテッドアンプやCDプレーヤー、DATデッキなどは一般には浸透せず、思いのほか売り上げが伸びなかったため、1992年頃にオーディオ分野から撤退した。1999年末、経営不振が続く赤井電機株式会社から、黒字経営であった電子楽器部門が独立、AKAI professional M.I.株式会社になる。赤井電機株式会社は、バブル崩壊に伴う高級オーディオ離れにより主力機器の販売が低迷、それによる資金不足によりDVDなどのデジタル機器の開発が遅れ、ついに2000年11月2日、民事再生法を申請した。その後、AKAIブランドは現在も香港資本のブランドとして、名前だけ存続している。その後もAKAI professional M.I.株式会社は存続。当初は黒字であったが、さらに著作権の規制が強まった事によるサンプリングミュージックの衰退、音楽制作の方法の変化、つまり旧来の機材を使う方法から、機材はPCやタブレット端末のみで音楽ソフトを使った制作へと急速にダウンサイジング。その波に乗れなかった事により経営が悪化。報道によると2005年末、輸出不振並びに新製品の開発の遅れなどによる売り上げの減少から、業績の回復が難しいとして事業の継続を断念。12月7日までに東京地裁から破産手続き開始決定を受けた。オランダのプロサッカークラブ「エクセルシオール」のスポンサーを、1970年代前半から2000年まで続けた。1974年にユニフォームの胸に入れた「A」の文字は、現在では一般的になったユニフォームビジネスの走りとも言われる。F1チームのベネトン・フォーミュラ (現:ロータスF1チーム) に1997年から1998年の間、スポンサーをしていた。イギリス出身のモーターサイクル・ロードレーサー、バリー・シーンに1980年代、スポンサーをしていた。

出典:wikipedia

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