タロット(Tarot)、あるいはタロットカードは遊戯や占い(タロット占い)などに使用されるカードのこと。78枚1組がもっとも一般的で、その内訳は1から10までの数札、4枚の人物札をスートとした4スート56枚の小アルカナと、寓意画が描かれた22枚の大アルカナに分けられる。日本では、小アルカナは大アルカナに比べ極端に認知度が低く、一般語のタロットは大アルカナのみを指している場合が多い。要出典タロットの起源を古代エジプトや古代ユダヤに求める説もあるが学問的な根拠は無く、発祥は不明である。記録上辿れる限りでは1392年の「シャルル6世のタロット」が最古であるがこれは現存していない。これはシャルル6世が画家ジャックマン・グランゴヌール(Jacquemin Gringonneur)に作らせたものである。これは現存していないため現在のタロットとどの程度似ていたのか、全然違ったものだったのか、まったく不明である。次いで古いのは、1415年にフィリッポ・マリーア・ヴィスコンティ公爵が秘書トルトナに作らせたという「ミンキアーテ版」である。これも当時のものは現存していないが、後世に作られた複製が残っているので内容を知ることはできる。これによると配列順や名称、絵柄が現在の大アルカナとは違っているところもあり、現在の大アルカナの「枚数・順番・名称・絵柄」は当時まだ確立していなかったことがわかる。現存するもので最古のものは15世紀半ばの北イタリアで製作された「ヴィスコンティ・スフォルツァ版」である。これは、様々な博物館、図書館、そして世界中の個人コレクションに散らばる、約15デッキのタロットを総称したものである。このうちには1484年の日付の入ったものもあるが、それよりも古いもので1442年から1447年の間に作られたと推測されているものも存在する。この「ヴィスコンティ・スフォルツァ版」はデッキごとにも微妙な違いがあるが、全体的にも後の所謂「マルセイユ版」とは図柄がかなり異なっており、番号がないために所謂大アルカナに相当するカードの配列順番も現在のタロットと同じなのかどうか不明である。しかし、現在の大アルカナ22枚に相当するカードは少なくとも20枚はあったことはわかる。ヴィスコンティ・スフォルツァ版とほぼ同時期のもので有名なものとしては「エステ家のタロット」と呼ばれるデッキがある。1442年の日付で、北イタリアのフェラーラ侯であった「エステ家」の帳簿の中に「トリオンフィ(Trionfi トライアンフと同義)のカードパックを購入した」との記述に続き、その後も1452年・1454年・1461年の日付入りで「トリオンフィ」に言及した記録があり、15世紀半ば頃には既にタロットカードが一般的に存在していたことがわかる。この頃、フェラーラでエステ家のために作られたと思われるデッキのうち15枚(うち大アルカナ8枚)がイェール大学に所蔵されている。またパリ国立図書館にも17枚(大アルカナは16枚)が残っており、これは1469年から1471年の間に上記のエステ家のボルソ・デ・エステ(Borso d'Este)侯爵のためにフェラーラでつくられたものと推測されている。このデッキの図像は上記ヴィスコンティ・スフォルツァ版とも後述のマルセイユ版とも異なる図案がみられる。当時は、貴族や富豪の為に画家が手描きで描いて作製していた。この頃のタロットは、まだ枚数や絵柄などもどの程度確定していたのか不明であるが、上述の諸々のデッキの構成から、すでに後世でいう大アルカナと小アルカナが合体したものであることは推察できる。一般的には、ゲーム用として用いられその遊びの中の一つとして占いに使うこともあっただろうと考えられている。とはいえゲーム用でも占い用でもない寓意画として観賞されたのかも知れず、正確なところは不明である。その後、16世紀頃から木版画の量産品が出回るようになり、徐々に庶民へ、全ヨーロッパへと普及して行く。特にタロットゲームによるギャンブルは盛んで、風紀を乱すという理由から何度も禁止令が出たという。確実なタロット占いの記録が文献に現れるのは18世紀(後述のエッティラ)以降のことである。フランス最古のタロットは、1557年にリヨンで作られた「ケイトリン・ジョフロイ版」(Catelin Geofroy)だが、このデッキのトランプ(所謂大アルカナ)は図像的にみるとかなり特徴的で、のちの「マルセイユ版」の元祖とは言い難い。いわゆる現在の「マルセイユ版」とほぼ同じ図像、絵柄が確立したのは、1650年頃のパリで発行された「ジャン・ノブレ版」が最初で、これが遡りうる限りでのマルセイユ版の元祖と言い得る。マイケル・ダメットによると、最古のタロット占いの記録は、18世紀前半のタロット占いのやり方を記した手書きのシートである。この記録によれば、タロットカードにはそれぞれの意味が1枚ごとに割り振られていたようであるが、当初はもっぱらゲームに使われていた。この系統のタロットは、18世紀頃にはミラノ辺りでも生産されたが、当時一大生産地となったマルセイユにちなみ「マルセイユ版タロット」と呼ばれる。この頃はまた、ちょうどフランス革命前後の不安定な社会を背景に、占い師エッティラが活躍していた頃に重なり、タロットを神秘的な物と見る風潮が高まって占いにも多用されるようになっていく。アントワーヌ・クール・ド・ジェブランが『太古の世界』を著し、タロットのエジプト起源説を唱えると、それに触発されて、最初の職業タロット占い師でもあるエッティラが新解釈のタロットを作り出した。エッティラは上記のカード占いの方法をつかって最初の体系的なタロット占い術を編み出し、1783年から1785年にかけて『タロットと呼ばれるカードのパックで楽しむ方法』を出版した。かれはジェブランを信奉し、エジプト起源説によってタロットに神秘主義的な意味づけをした。またタロット占いに初めて「逆位置(リバース)」という解読法を加えた他、小アルカナの4スートに、四大元素を当てはめるなどし、さらに、初めてタロットと占星術を具体的に結びつけ、大アルカナから3枚を除いた19枚に7惑星や12星座との関連を与え「机上の占星術」という一面をもたらした。これらのタロット大革命により、エッティラは事実上、現代につながる神秘主義系タロットの開祖となった。また、それとは別に、タロットの順番が長い歴史の間に誤って伝わってきたと主張して、独自の考えに基づいて大幅なカードの順番入れ替えと絵柄の変更を行い、はじめて、占い専用でしかも美麗なオリジナルデザインの「エッティラ版タロット」デッキを作成した。このデッキはヘルメス哲学、錬金術、旧約聖書、ヌメロジーなども取り込んだもので、のちに数多くの独創的なオリジナルタロットが創作される嚆矢となった。フランスでは一時期はタロットといえば「エッティラ版」が主流となり、一般の「マルセイユ版」をほとんど駆逐してしまったこともあった。この後、1854年には、エリファス・レヴィが『高等魔術の教義と儀式』を著し、タロットとカバラ(ユダヤ神秘主義)との関係を体系化し、その中で大アルカナ22枚とヘブライ文字22文字の対応関係を改めて主張した。ナポレオン3世に仕え一世を風靡した有名な占い師エドモンは、このレヴィの説に基づいたオリジナルタロットを使用していた。続いて1889年にスタニスラス・ド・ガイタとともに「薔薇十字会」を設立したパピュスは、カバラの基本文献である『形成の書』のヘブライ文字と世界の構成諸要素を対応させる思想に基づき(各カードを介して)ヘブライ文字を7惑星・12星座と対応させた。小アルカナについてもカバラの象意を配当した。即ちワンド・カップ・ソード・コインのスートに、それぞれヤハウェの名前Y・H・V・H、さらに各スートの1から10までの数札に生命の樹におけるケテルからマルクトまでのセフィラを関連付けた。またパピュスは神秘主義的タロット論『ジプシーのタロット』を著したが、同書に付された22枚のタロットはスタニスラス・ド・ガイタの弟子のオスワルト・ウィルト(オスヴァルト・ヴィルト)の作画であった。これはレヴィやパピュス、ガイタ、そしてウィルトらの説に基づいてヘブライ文字と対応させた最初のタロットでもあった。ここまでの流れはすべてフランスにおける展開であったが、フランスでの潮流に刺激され、英国でもレヴィのカバラ的解釈を継承する魔術結社「黄金の夜明け団」が生まれ、この系統から後にいくつかの名作タロットが生まれた。黄金の夜明け団では、タロットとヘブライ文字との関係付け、タロットと7惑星・12星座との関係付けも改めて行った上、小アルカナについてもワンド・カップ・ソード・ペンタクルにカバラの創世論におけるアツィルト・ブリアー・イェツィラー・アッシャーの四つの世界を、キング・クイーン・ナイト・ペイジにはコクマー・ビナー・ティファレト・マルクトのセフィラと四大元素の火・水・風・地を当てはめている。タロット史の第二の革命は、アーサー・エドワード・ウェイトの黄金の夜明け団の解釈を元にデザインしたウェイト版タロット(「ライダー版」と呼ばれることも多い)である。このデッキは単調な数札であった小アルカナすべてに絵柄を与えるという創作を加えた。これが多くのタロット愛好家に受け入れられ、ちょうどかつてのフランスで一時期はタロットといえば「エッティラ版」をさしたように、一時期の英米ではタロットといえば「ウェイト版」をさすほどであった。現在の多くの創作タロットも数札に絵柄を入れる場合はウェイト版のアイディアに準拠することが多い。またこのデッキは大アルカナの8番と11番を入れ替えていた。またこれまで「愚者」のカードは番号が与えられていないか、22番であったのを、0番の番号を与えた。しかしヘブライ文字の表記自体はカードから消し去っている。他に、黄金の夜明け団の系統としてはアレイスター・クロウリーがデザインした「トート・タロット」も名作とされている。こちらは8番と11番のカードの位置は伝統的な配置のままである。タロット史の第三の革命は、1972年、英国の「アルフレッド・ダグラス版」とよばれるタロットの出現である。このデッキはライダー版(ウェイト版)に準拠しつつも、シンプルで力強い大胆なデザインと原色を基調とした鮮やかな色彩で人気を博した。これより以前、エッティラの昔から、一家言をもった神秘家たちがおのおのの自説に基づくオリジナルタロットを出版することはよくあることだったが、現在のように、魔術系タロットのみならず、考えうるあらゆるものをモチーフとし、自由なアイディアを盛り込んだ多くのオリジナルデザインのタロットカードが無数に創作されるようになったのは、このアルフレッド・ダグラス版の大ヒットから始まったことである。これ以来、映画『007』の小道具として創作された「007タロット」、ヒンズー教のタントラに基づくタロット「ダーキニー・オラクル」、日本風の「浮世絵タロット」、不思議の国のアリスのタロット、サルバドール・ダリがデザインした巨大サイズのタロット、ユング心理学に基づく「ユングのタロット」等、多くの名作タロットが誕生した。まさにアルフレッド・ダグラス版こそがと現代タロット文化の繁栄をもたらしたのであり、現在も珍奇で多彩かつ斬新な数々のタロットが世界中で次々に生み出され続けているのである。大アルカナ("Major Arcana"、22枚)と小アルカナ("Minor Arcana"、56枚)の2種類があるが、小アルカナはカードゲーム以外では余り使用されないため、市販のカードには大アルカナのみのセットも多い。一組のタロットカードのセットを、デッキという。詳細については大アルカナを参照のこと。※1:「0」は番号無表示の場合もある。元々は番号が割り当てられていないか「22」であった。英国のウェイトが初めて愚者を0番としたとの説があるがこれは誤りで、正しくはジェブランである。※2:マルセイユ版など伝統的な物の場合。ウェイト版の影響をうけたタロットでは「VIII」と「XI」が逆になっている。※3:「XIII」は無記名の場合あり。項目小アルカナも参照。以下の4種類に大別され、それぞれ1〜10・ペイジ(Page)・ナイト(Knight)・クィーン(Queen)・キング(King)で構成される。ヨーロッパ大陸部では、タロットは現在でもゲームに使用されている。トランプと同じく様々な遊び方があるが、多くのゲームではトランプのトリックテイキングのルールに従う。特定のカードに得点がある、ポイントトリックゲームである。とくにフランスと、旧ハプスブルク君主国諸地域(中央ヨーロッパのオーストリア・ハンガリーなどの諸国)で盛んであるが、両者でカードのデザインやルールがかなり異なる。フランスでは、78枚のカードがそのまま使われる。切り札以外のスートはトランプと同じスペード・ハート・ダイヤ・クラブで、ジャックとクイーンの間に騎士(cavalier、略号C)が加わるため、56枚になる。切り札は1から21の番号がついており、番号の大きいほうが強い。そのデザインはオカルト用の大アルカナとはまったく異なっている(1=個人の狂気、2=幼年、3=青年、4=壮年、5=老年、6=朝、7=昼、8=夕方、9=夜、10=地・風、11=水・火、12=踊り、13=買い物、14=狩り、15=絵、16=春、17=夏、18=秋、19=冬、20=遊び、21=集団の狂気)。ゲームをプレイするにおいては番号のみに意味がある。愚者のカードは「l'Excuse」と呼ばれ、通常はマンドリンを持った道化師として描かれている。ゲームの上で切り札とは異なる独特の特徴を持つ。中央ヨーロッパでもスートはフランス式のスペード・ハート・ダイヤ・クラブになっているが、トランプのスカートと同様、低位の数字札が存在しない。また、愚者は最強の切り札として扱われ、フランスでのような特殊な役割は持っていない。オーストリアでは通常54枚で、切り札22枚とそれ以外32枚(絵札16枚と高位の数字札16枚)よりなる。数字札は、黒いスート(スペード・クラブ)では数字が大きいほど強く(K > Q > C > J > 10 > 9 > 8 > 7)、赤いスート(ダイヤ・ハート)では数字が小さいほど強い(K > Q > C > J > 1 > 2 > 3 > 4)。これはうんすんカルタにも見られる古い特徴である。40枚しか使わない地域もある(切り札の2・3を使用せず、数字札は黒いスートの10と赤いスートの1しかない)。「ケーニヒルーフェン」というゲームでは、切り札の1・2・3・4は「Vogel(鳥)」と呼ばれ、特別な役割を持っている。イタリアではラテン式スートが保たれており、数札は中央ヨーロッパと同様にスートによって強弱の順序が異なる。切り札のデザインも伝統的なデザインに近いが、順序はかなり異なっていて、天使(=審判)がもっとも強い。フランス式と同様に、愚者は通常の切り札とは別の特徴を持つ。以下はフランスの公式ルールにしたがって述べる。原則として4人で遊ぶ。ゲームは反時計回りに進行する。競りと最初のトリックのリードはディーラーの右隣からはじめる。ディーラーはプレイごとに反時計回りに移動する。手札は18枚で、残り6枚は伏せておく。この6枚を「chien(犬)」と呼ぶ。競技者は順に競りを行う。すなわち自分が立つことを宣言するか、パスする。宣言の種類は以下の4つのレベルがある。レベルの高い宣言はそれ以前のレベルの低い宣言に勝つ。競りに勝った宣言者は、ひとりで残り3人の連合軍と戦う。chienを使用する契約の場合、宣言者はchienを表返してから手札に加え、かわりに不要な6枚を裏返しに出し(切り札は出してはならない)、それからプレイをはじめる。実際のプレイは通常のトリックテイキングのルールに従うが、リードと同じスートのカードを持っておらず、かつ切り札を持っている場合は、切り札を出さなくてはならない。また、切り札を出す場合は、場に出ているすべてのカードに勝てる切り札を持っている場合、それを出さなければならない。勝てる切り札がない場合は、どの切り札を出してもよい。切り札もない場合は、任意のカードを出してよい。愚者はトリックテーキングのマストフォローのルールに従わず、いつでも出せる。愚者は通常もっとも低いカードなので、トリックに勝つことはできないが、愚者のカードはそのトリックに勝利した人ではなく、カードを出した人のものになる。各カードはランクにより異なる点数を持っている。切り札の1・21および愚者の3枚は「oudlers」と呼ばれ、1枚あたり4.5点。それ以外はキングが4.5点、クイーンが3.5点、騎士が2.5点、ジャックが1.5点、それ以外が0.5点となる。全部のカードの点数を合計すると91点になる。最終トリックで切り札の1が出た場合は、追加点10点がそのトリックに勝利した側に与えられる。取らなければならないカードの点数には基本点があり、oudlersがなければ56点、1枚なら51点、2枚なら41点、3枚なら36点になる。宣言者が基本点以上の点数を取ったら宣言者の勝ちとなり、残り3人が点を宣言者に支払う。点数が基本点未満ならば、宣言者が残り3人に点を支払う。支払う点数は (25 + 基本点との差の絶対値 + 最終トリックで切り札の1が出た時の追加点)×(宣言により1・2・4・6のいずれか) となる。全部のトリックを取った場合(グランドスラム)、200点のボーナス点がはいる。あらかじめ宣言しておけば倍の400点になるが、宣言しておいて失敗した場合は200点を支払わなければならない。最初に配られたカードの中に切り札および愚者が10枚以上あったら20点、13枚以上なら30点、15枚以上なら40点のボーナス点がはいる。このボーナス点を得るには最初のトリックで自分の番が来た時にあらかじめカードをさらして宣言しておく必要がある。なお、カードをさらしておきながらプレイに負けた場合は、カードをさらした側のメンバーはそれぞれボーナス点を逆に相手に払う必要がある。フランス語や英語では"tarot"の語尾の t を発音せず日本語の「タロ(ー)」に近い発音となるが、日本語では語尾の t を発音し「タロット」と呼ぶのが一般的である。因みに他言語では(タロッキ、単数形は「tarocco」)、(タロック)となっている。"tarot"の語源は不明である。タロットは占いとしての完成度の高さから、様々な派生品を生み出す要因にもなっている。『タロット大全』伊泉龍一
出典:wikipedia
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