『みんなが出るテレビ』(みんながでるテレビ)はテレビ神奈川(tvk)で放送されたテレビ番組で、神奈川県の役立つ情報を視聴者に伝えるべく、視聴者の投稿(口コミ情報)を元に視聴者代表である女子大生リポーターが取材を行い、レポートとして紹介する情報バラエティ番組である。正式タイトルは「みんなが出るテレビ〜ヨコハマ開放区〜」(-ヨコハマかいほうく)で、略称は「みんテレ」、「み'TV」。本放送再放送2004年5月13日に放送を開始。基本コンセプトは神奈川県の役に立つ情報を視聴者に届ける事で、視聴者代表としての女子大生リポーター達が口コミ情報などを元に取材を行いリポート発表を行う番組である。番組開始後、番組改編期にセットや番組内容等をリニューアルしつつも基本コンセプトは変えずに放送された。この番組の前身は1998年8月から2004年3月まで放送された「横浜ウォーカーTV」であり、スポンサーのアサヒビールと、セールスと制作協力をする所謂電通枠を移行する形で始まった。番組は、横浜市のみなとみらい地区にある「ランドマークプラザ」の1階で隔週水曜日に公開収録が行われ、出演者はやまだひさし、女子大生リポーター数名、tvkアナウンサーの佐藤亜樹で番組が作られていた。女子大生リポーターや佐藤亜樹は椅子に座って正面を向いていたが、やまだひさしは常に後ろ向きでディレクターチェアに座り、黒子の姿となっていたため殆ど声のみの出演となっている。佐藤亜樹は番組の進行役を担当していたが、2004年12月で降板し、進行役を女子大生リポーターが兼任するようになった。通常の放送内容は、1回当たり6本の女子大生リポーターのリポート発表がメインとなり、フリースタジオ、SPORTIVO!のコーナーで構成されていた。発表するリポートは、神奈川県内の情報に限られ、女子大生リポーター自らがアポ取り、ロケハン、取材(ロケ)、VTR編集、リポート原稿作成など全ての作業を行っていた。番組開始当初は、視聴者からの投稿も少なかったためか女子大生自身が見つけたネタや情報をレポートしていたが、視聴者投稿が増えたのか、途中からは視聴者投稿を中心にリポートするようになっていた。これ以外に、チャンピオン大会、海外研修報告、CM作成、総集編、ボツネタ特集などの特別編成の放送があった。リポートは、指名された女子大生がリポート発表場所(大型ディスプレイ、テーブルがある場所)に移動し、やまだひさしの合図により開始され、制限時間以内に編集したVTR、フリップ、原稿を使って報告を行う。発表する順番や発表出来る人(ボツの人)は当時エグゼクティブディレクターだったやまだが独断で決めていた。リポートを作成するだけでも大変な上、リポート発表時間は3分7秒と言う短さ、さらにリポート発表後には他のやまだひさしや女子大生からのツッコミがあり、食べ物系のリポートが多くなった事で食べ物系ネタは1週に1個と言う制限が付けられた事もあった。リポート発表後には内容によりリングが貰え、10個集まると「ご褒美」が貰えた。女子大生リポーターは、神奈川県内の大学(短期大学含む)に通う又は神奈川県内に住んでいる現役の女子大生で、「本気でジャーナリストを目指す人」が対象とされていた。この1stステージでは17名の女子大生リポーターが誕生した。リポーターと言っても、素人の女子大生のため、言葉使いや表現についてやまだひさしや佐藤亜樹に注意される場面が多く見られた。2005年3月には、大学卒業と同時に番組も卒業するなどの事情で4人が最後の出演となった。ファーストステージ終了後、スタジオ(横浜メディアビジネスセンター内)での収録となり、セットが大きく変わってしまったが、番組内容はほとんど変わらす女子大生リポーターが視聴者からの投稿を元にリポートを発表する基本的な流れは同じだった。女子大生リポーターの人数は10人に減っていたが、セカンドステージ開始当初に2名が加入し、12名でスタートを切った。ファーストステージからの変化は、番組開始当初多額の借金(番組内でやまだひさしが公言)によりセットが箱馬で組まれたものになってしまった事、リング制度が廃止になりリポートの内容により1軍と2軍に分けられる制度になったこと、「SPORTIVO!」のコーナーが「Yokohama Music Power」に変わったこと、「がんばれ!運動部員」のコーナーが新設されたことである。リポートも神奈川県だけでなく東京や埼玉や千葉など関東近県に広げ、情報を受け付けていたが、実際に神奈川以外の情報がリポートされたのは数少ない。通常の番組では、最初に視聴者からの調査依頼などを1軍がリポートを行う。その後Yokohama Music Powerやがんばれ!運動部員(基本はVTRのみ)のコーナーが入る。後半は2軍のリポート発表を行い、エンディングとなる。特別編成では、ゲストが来たために後半の2軍リポートが無くなったり、ホノルルトライアスロンの報告、総集編の放送があった。セカンドステージの終わりには、Ver.2.5の序章として、当時の女子大生リポーター全員が集められ、今までリポートされた内容に関するテストを行った後、これからどんな事がやりたいのかやまだひさしと面接を行っていた。2ndステージでは、1名が番組から去って行ったが、新たに5名の追加メンバーにより延べ14名の女子大生リポーターが活躍した。セカンドステージまでは視聴者投稿を中心とした口コミ情報のリポートを紹介する番組であったが、このVer.2.5からは女子大生リポーターたちが1人以上でプロジェクトを組み、何かしらの成果を上げる事を目的とした企画に変わった。プロジェクトは、セカンドステージの最後にやまだひさしと面接を行った結果を元に「みんテレ本作成」「商品開発」「お祭り復活」「NPO法人設立」「番組販売(番販)」の5つに分けられた。商品開発プロジェクトはその中でも「みんテレタイピングゲーム開発」「化粧品開発」「寒天開発」の3種のサブプロジェクトに分けられた。これとは他に「Yokohama Music Power」プロジェクトとしてインディーズミュージシャンのサポートも行われた。企画内容は大きく変わったものの、神奈川県民に役立つ情報を伝える番組としてのコンセプトは変わらず、プロジェクトも神奈川中心の考え方で進められた。変わった事はこれだけでなく、1軍・2軍制度が無くなり、全員が椅子に座るようになって、リポート発表時間の「3分07秒」がここで姿を消した。神奈川県に住んでいる若しくは神奈川県内に通勤・通学している視聴者を3人ほどスタジオに呼び「神奈川県民コメンテーター」として女子大生リポーター達が取材したリポートやプロジェクトの進捗状況についてコメントを行うようになった。プロジェクトと言っても、序盤で暗雲立ち込めたり遅々として進まないものがあった。プロジェクトと言っても1人で取材等を行うことも多く、プロジェクト間の格差が大きくなる事となった。そんな中、以前取材した横浜の老舗和菓子屋「銚子屋」との交渉により「いつでもどこでも食べられる寒天」の共同開発が決まったことを機にプロジェクトの進捗具合が一変した。2006年3月で大学を卒業する女子大生が多かった事も影響し、進むプロジェクトと進まないプロジェクトが明らかになって来たが、最後は女子大生達が出来る事だけをやってこの企画は終了となる。そのため、プロジェクトの途中だったものや達成したとは言い難いプロジェクトでも途中で打ち切りとなった。このVer.2.5では、早期の卒業者は居たものの1人も途中で番組を去ることもなく、3人の追加女子大生と共に延べ17名の女子大生が番組に参加し、10人の女子大生達が番組を卒業し旅立って行った。この10人が番組を卒業したことでファーストステージからの女子大生リポーターが全て姿を消したことになり、番組がランドマークタワーで公開収録されていた事を知るのはやまだひさし1人だけとなった。2006年4月からみんテレThe Thirdと名前を改め、視聴者からの口コミを基にした情報を番組で紹介するニュースショー・スタイルとしてリニューアルしたが、基本的にはファーストステージ、セカンドステージとほぼ同じ内容で、ある意味原点回帰を狙った作りになっている。そしてやまだひさしは今までの黒子姿から神奈川県民の声を拾うやまだMICとして引き続き番組に携わることとなる。企画面では一般視聴者が女子大生リポーターと司会進行を務めたり、Ver.2.5で開発したパッと寒天を神奈川県で行われるイベントに出向き、PR販売を実施した。2006年10月に企画は終了した。しかし、2006年10月12日放送から『~The Third』の呼称が外れ、番組の後半に特集コーナーを設けるなどのテコ入れを施したが、途中でレギュラー出演者の理髪店店主による出張散髪企画や、ペット処分や痴漢などといった社会問題について議論を交わす企画などが放送されることもあった。みんテレThe Thirdでは、番組卒業生4名がリポーターとして復帰を果たし(2006年7月まで)、2名が番組を去ったが、8人の追加女子大生と共に延べ19名が番組に参加した(卒業式については後述する)。2007年4月3日、放送時間がこれまでの木曜日夜10時から火曜日夜10時へ移動。サブタイトルこそついていないが、内容そのものはThe Thirdから変わっていない。また、女子大生リポーターも前年度からの在籍メンバー9人と新たに4人が追加され13人でスタート。その後、数回の変動がありながらも延べ19人の女子大生リポーターが活躍した(このうち1名は海外特派員として活動。2名が降板。卒業式についてはThe Third同様後述する)。2008年4月1日、通算4度目のリニューアル(内容としてはThe Thirdの次にあたるが、タイトルにそれを表すものは入っていない)をしたが、それに伴い、番組開始からの筆頭スポンサーだったアサヒビールが降板(降板理由はアサヒビールが昨今の不況による広告費の大幅な見直しを迫られたことと、番組の内容とかつてのコーナースポンサーだったアサヒスーパードライのブランドイメージ(挑戦、アクティブ)が大きくかけ離れたことによるもの。これにより、アサヒビールがスポンサーのtvkの番組はあっぱれ!KANAGAWA大行進だけとなった)し、角川マーケティング(社名変更の経緯は後述)は提供枠からは降りたものの、Yokohama Walkerとの連動は続けていくこととなった。提供スポンサーとしてテロップ表示されているのはソニー損保だけとなった。さらに女子大生リポーターも「将来アナウンサーを本気で目指している人」を対象にしたため、大幅なリストラを敢行。前年度からの在籍メンバーは7人(2008年3月25日放送終了時点では11人いたが、4人が降板した。うち2人は前年度の卒業生にプリザーブドフラワーを作成したメンバーであり、さらにこのうちの1人はver.2.5からの在籍メンバーだった)に減少し、4月1日放送では2人が加わり9人でスタート。その後、4月15日放送で3人(このうち1人は公式HPで紹介済み。またもう1人は前述のアルティメット部の一般参加者)、9月9日放送ではさらに3人が追加(このうち1人はファーストステージ時代の道場破り経験者)された。しかし、8月に1人が降板、9月16日放送で1人が卒業(詳細は後述)。翌9月23日放送からは13人体制となった。2008年11月下旬発売の月刊テレビ情報誌(関東版)の番組表で同年12月での番組終了を発表していたが、番組内ではそれまで終了の事実を公表せず、秘密とされていた。みんテレに投稿されたネタを視聴者の代わりに取材(リポート)して発表する視聴者代表のリポーター。常に10数名のリポーターが在籍。全員神奈川県に在住もしくは神奈川県内の大学に通う女子大生。
出典:wikipedia
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